第四十九話:突破口
「伏せろ!」
兒玉白朗は叫んだ。途切れない銃声の連射音は突撃する日本兵を襲う。部隊は匍匐前進に切り替えるも、何人かの兵士は倒れたまま動かない。
地を這って前に進むのは容易ではない。躍進の速度は遅れてしまい、敵の銃線に入れば容赦の無い攻撃に晒される。一人、また一人が凶弾に倒れる。誰が倒れたか振り向く間はない。感情の入る余地はなく、皆が機械のように命令のまま進んだ。
いよいよ、中隊は敵陣地を目の前に前進が止まってしまう。その間、突撃開始してから兵力が三分の一にまで減っていた。
「伝令、第1小隊は左翼より迂回して攻撃せよ!」
と、白朗の下に中隊伝令が命辛々やって来て言った。しかし、迂回をするにも遮蔽物は途切れ途切れにしかなく、大勢で進めば絶好の的になってしまう。
「2、3分隊は小隊長の合図で小銃射撃を開始!1分隊は小隊長と共に左翼に迂回する!」
そう叫んでから白朗は、ロシア軍の射撃目標が別の方に向いたのを見計らい射撃号令を出した。二つの分隊は下士官、兵は身を晒して三十年式歩兵銃の引き金を引いた。
ロシア軍の露天式陣地の側に小さく銃弾が当たって砂が舞う。機関銃の様に激しい射撃で無いにしろ、姿をだしていたロシア兵二名が血飛沫を挙げた。残った兵は急な不意打ちに驚いてしゃがんで身を隠した。
「一分隊前え!」
白朗の合図で選ばれた十人に満たない男たちは一斉に遮蔽物の途切れた場所を横切った。何時、うち始めるとも分からない恐怖が顔に現れて必死の形相として浮かんでいた。
そして、最後の一人が渡りきってからロシア軍の銃弾が降り注いできた。一分隊の兵士たちは、肩に吊るす雑嚢から細い円形棒の束を取り出した。陣地破壊用のダイナマイトだ。
再び一分隊は白朗を先頭に匍匐前進をして前に進んだ。カーキー色の軍服に、砂埃が混じり合い完璧な擬装が出来ていた。迫り来る日本兵に機銃弾を必死になって撒き散らすロシア兵の目を誤魔化せた。
前方の遮蔽物から日本兵たちの小銃射撃が続く。機関銃の射撃速度で大きく劣るものの、肉迫する味方を敵の目から遠ざけるだけの効果は十分にあった。ロシア兵が近接する日本兵に気付いたときには、導火線に点火されたダイナマイトが放り投げられた時であった。
敵陣地内から強力な大爆発が起こる。中にいた人間は跡形もなく吹き飛び、多くの死傷者を出した。ロシア軍の射撃が消えた。日本兵は遮蔽物から一斉に飛び出して突撃する。
我先にと陣地内に飛び込み、死にかけた敵兵に銃剣で一突きにする。殺すことに躊躇う感情は無く、憎い仲間の仇を銃剣で刺していく。敵を全滅させるのに時間はかからなかった。
生き残った敵がいないか陣中を駆け回っていた乃木保典が白朗と再会した時には、二人の軍服は敵兵の返り血で汚れていた。互いに友人が生きていたことに安心したが喜び会えなかった。大事な部下たちを大勢失ったのだから。