第四十一話:第一戦果
日本海軍の夜襲によって、旅順艦隊は以下の三隻が雷撃の被害を受けた。
戦艦
『ツェナレーヴィッチ』
『レトヴィザン』
防護巡洋艦
『パルラータ』
最初の攻撃を受けた艦の爆発の明かりが後続部隊に次なる標的を示してくれる。
日本海軍の駆逐艦は二本の魚雷を発射したら一目散に逃げていく。ロシア艦隊の各艦は備え付けられている探照燈で暗い海面を照らし、敵を見つけだそうとした。
だが、雷撃を受けた三隻の軍艦は火災の鎮火に手一杯で敵の索敵どころではなかった。
駆逐艦『東雲』が攻撃準備に入った時には、9隻の友軍の駆逐艦は戦線から離脱していた。
現場を見て、ふと兒玉十五朗は疑問を持った。雷撃によって三隻の軍艦が被弾して火災が起きている。だが、沈んではいない。
作戦では数隻の撃沈は可能と考えられていた。作戦通りならば、三隻以上の軍艦が船体を大きく傾けて沈み始めている筈である。
しかし、現場では沈みかけている軍艦が無い。
敵艦隊に大打撃を与えて翌日の艦隊決戦に優勢にして勝利する計画が、脆く崩れてしまったと十五朗は悟った。そして今、ロシア軍の混乱ぶりを見て、旅順艦隊は旅順口外港から勝機を見いださない限り出てくる事はないだろうと頭によぎった。
『東雲』の接近にロシア艦隊が気いて各艦が速射砲を発射する。だが、射撃盤の無い速射法では小さな船体で高速に動く駆逐艦を狙った正確な射撃は行えなかった。
さらに指揮系統の乱れもあって、海面に所々に上がる水柱がどの艦が発射した砲とも見定められない。
「攻撃は、まだでしょうか!?」
と、緊張を隠せない若い砲雷長に十五朗は落ち着いた口調で答えた。
「まだだ。十分に接近して敵艦一隻を確実に仕留める」
口にはしないが、戦艦を沈めるためなら小さい自艦が相討ちとなっても構わないと考えていた。戦艦の損害に比べれば駆逐艦の損害は安いものだ。
十五朗は、正面で燃え上がる敵艦を睨み姿勢を微動だにしない。いよいよ敵の攻撃の激しさが増してきた。砲弾の数も多くなり、近くで着弾する水柱で船体左右に激しく揺さぶられる。
そして、何より敵艦隊の陣容がはっきりと分かる。巨大な船体の上を走り回る水兵たちの顔がはっきり見える。
「攻撃用意!」
本来なら、駆逐艦は目標に一定の速度で進み時間を計って距離を出すが、今の状況からでは十五朗の目測に判断を任せていた。
燃える軍艦の形がよく分かる。『東雲』は、開戦前の演習で行った以上に目標に接近していた。そうでなければ、確実に敵艦一隻を沈める事ができないからだ。
面舵を取り艦首を右に傾け、ロシア艦隊と並ぶ。攻撃目標は戦艦『ツェナレーヴィッチ』に絞られた。
「撃てぇっ!」
十五朗の号令に合わせ、『東雲』の船体から二本の魚雷が音を出して飛び出した。海面に着水した魚雷は波を切って前方を進んでいった。
『ツェナレーヴィッチ』に再び轟音と共に二本の巨大な水柱が上がり、大爆発が起きるのに一分も掛からなかった。今度の被弾は巨大な戦艦に致命的な損傷を与えた。
炎に覆われた戦艦は船体を横に大きく傾け、艦上の火災が海水に触れて真っ黒な煙りを上げる。
冬の冷たい海面には命からがら脱出した水兵や戦艦の残骸が漂う。
この日本海軍の襲撃により、旅順艦隊は一隻の戦艦を喪失した。そして、被害の混乱が善し悪しを問わず以後の日露両海軍の作戦行動に影響が及ぶ事になる。