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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第四十話:旅順口夜襲

 連合艦隊第1艦隊は黄海を目指していた。第1艦隊は以下の艦隊と艦艇によって構成されている。


第1艦隊

 第1戦隊

  戦艦『三笠』

  戦艦『朝日』

  戦艦『初瀬』

  戦艦『敷島』

  戦艦『富士』

  戦艦『八島』

  通報艦『龍田』

 第3戦隊

  防護巡洋艦『千歳』

  防護巡洋艦『高砂』

  防護巡洋艦『笠置』

  防護巡洋艦『吉野』

 第1駆逐隊

  駆逐艦『白雲』

  駆逐艦『朝潮』

  駆逐艦『霞』

  駆逐艦『暁』

 第2駆逐隊

  駆逐艦『雷』

  駆逐艦『朧』

  駆逐艦『電』

  駆逐艦『曙』

 第3駆逐隊

  駆逐艦『薄雲』

  駆逐艦『東雲』

  駆逐艦『漣』

 第1水雷艇隊

  水雷艇『第69号艇』

  水雷艇『第67号艇』

  水雷艇『第68号艇』

  水雷艇『第70号艇』


 連合艦隊唯一無二の戦艦部隊に戦闘支援の巡洋艦部隊は艦隊の主力だ。二つの戦隊の艦は第1戦隊旗艦を先頭に単縦陣となっている。


 艦隊の脇には補助戦力の駆逐艦部隊と水雷艇部隊があった。


 日本海の高い波が小さな駆逐艦の船体を揺らし、海水が何度も『東雲』の艦上を濡らす。船員は既に水浸しだった。露天式の小さな艦橋から水平線の向こうを双眼鏡で覗く兒玉十五朗がいた。


 「今の所、不足の事態は無いようだな」


 『東雲』型駆逐艦は明治32(1899)年からイギリスより購入した日本海軍最初の駆逐艦で、6隻の同型艦を運用する。コストの安さと建造期間の短さは、増強を急ぐ日本海軍にとってせめてもの数埋めであった。ロシア海軍も駆逐艦や水雷艇などの補助戦力を整備していたが、日本海軍の方が数的に上回っている。


 かつて、日清戦争の終盤で北洋艦隊が籠もる山東半島の威海衛に日本海軍の水雷艇部隊が夜間に乗じて港内に忍び込み、魚雷攻撃により北洋艦隊を壊滅に追いやる大戦果を挙げて連合艦隊主力艦部隊の見せ場を奪ってしまった。


 この威海衛の海戦で用いた夜襲戦法をロシア海軍との初戦で用いろうとするのが連合艦隊の作戦であった。


 駆逐艦部隊で旅順口港内に留まるロシア艦隊に夜襲を行い出来る限り損害を与え、翌日の洋上での艦隊決戦を優位に運ぼうとするのが作戦を計画した連合艦隊作戦参謀秋山真之の戦略である。


 その夜襲を行う駆逐艦部隊は第1駆逐隊、第2駆逐隊、第3駆逐隊に所属する10隻の駆逐艦で、戦列の中に『東雲』の艦名も入っていた。


*****


 2月8日、陽が西の水平線に沈んでいき周囲が暗くなり始めた。


 午後6時、『三笠』のマストに信号旗が上がった。作戦を開始せよ。連合艦隊旗艦からの発令だった。第1駆逐隊『白雲』には第1艦隊駆逐艦部隊の最高指揮官である浅井正次郎大佐が同乗していた。


 「これより作戦を開始する。『三笠』に伝達!」


 『白雲』から『三笠』に、作戦を開始する。と意味する信号旗マストに掲げる。そして、作戦に参加する艦艇が動き出して戦列を整えた。


 駆逐隊ごとに縦隊となった。10隻の駆逐艦は速度を上げて艦隊から離脱していく。


*****


 日本軍が作戦の準備から結構を着々と進めてきていたのに対し、ロシア軍は油断しきっていた。


 ロシア皇帝ニコライ二世は、三国干渉後の日本が軍備拡張の動きを活発にさせていながらも対露開戦に踏み切るだろうとは考えていなかった。ロシアだけでなく、日露対立を伺う列強も日本寄りのイギリスを覗いて国力と軍事力で劣る日本がロシアとの戦争に踏み切る筈が無いと推測した。


 もし日露戦争が起きるとすれば、それはニコライ二世が開戦を選択した時であると言うのが大方の推測だった。この考えが、ロシア政府内にも浸透しきっていた。軍部では日本の動きを注意して対日戦争の計画を立てニコライ二世の承諾を得ていたが、最前線の満州朝鮮方面の行政軍事を一任する極東総督のエヴゲーニイ・アレクセーエフ海軍中将は対日戦争計画の準備を怠った。彼も軍人の観点からでなく政治家の観点から日本からの対露開戦はあり得ない事だと判断していた。


 そしてこの日は、マリア祭と呼ばれる祝日で『マリア』の名のつく女性を祝う。旅順のロシア軍には陸軍の軍医長夫人に旅順艦隊司令官夫人が『マリア』であった。そこで陸海軍の上級将校が官舎に集まり盛大な宴が催され、艦隊を束ねるのも階級の一つ低い将校が担う。


 旅順はロシアの南下政策に重要な不凍港である。旅順の港から約1km先に老虎尾半島が西から伸びている。その半島の先には旅順口と呼ばれる海峡があり、幅約200m前後の狭い海路だ。この海路を境に内港と外港を分かつ。旅順の内港は潮位の変化で大型の艦船の出向が出来なくなる欠点があり、ロシア海軍の旅順艦隊は旅順口の外港に停泊していた。


 そして午後8時を過ぎた頃、日本海軍の駆逐艦10隻は旅順に接近した。それぞれの駆逐艦には魚雷を2発ずつ搭載していて合計20発の魚雷で旅順艦隊を攻撃する。


 旅順艦隊の背後に聳える老虎尾半島と黄金山の砲台が黄海に向けて並べられているが、探照灯も照らされておらず警戒網は外港周辺を哨戒する2隻の駆逐艦だけだった。


 隊列を組んで進む駆逐艦部隊の将兵は、哨戒するロシアの駆逐艦に発見されるなと願うばかりであった。しかし、その願いむなしく哨戒する駆逐艦は日本の駆逐艦部隊に知らずと接近してきて探照灯を当てた。これによって忽ち10隻の駆逐艦は回避行動をとって散開した。隊列は完全に乱れてしまい、攻撃の手順が狂ってしまった。


 この時、『東雲』に僚艦がぶつかり針路を大きく逸らしてしまった。駆逐艦に大きな衝撃が起きて十五朗は尻もちをついた。


 「被害状況を確認して知らせろ!」


 機関や魚雷発射管が壊れれば一大事だ。


 「艦尾に損傷を負ったものの航行に支障無し。魚雷発射管は無事です」


 「全員無事か?」


 「数人が負傷したももの命に別状ありません」


 報告の結果に安堵して十五朗は痛む尻をさする。そして、一息ついて辺りを見渡した。


 暗い真っ暗闇の中、味方とはぐれてしまった。敵の駆逐艦も見当たらない。


 方角の見当もつかなかった。衝突前の進路を思い起こしても陸地からの明かりは見えなかった。下手に進んでしまえば陸地に座礁しかけない。


 「現在地が分からなくなった。だが、何とかなるだろ」


 と、十五朗は口にした。それから程なく、目的地の方角から明かりと共に爆発音が響いた。


 味方の夜襲攻撃が始まった。

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