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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第三十九話:連合艦隊出動

 長崎県佐世保の軍港に日本海軍の軍艦が集結していた。大小の軍艦が海に浮かんでいて、やはり一際目立つのが戦艦であった。


富士型戦艦

 『富士』

 『八島』


敷島型戦艦

 『敷島』

 『朝日』

 『初瀬』

 『三笠』


 この6隻のイギリス製の戦艦が日本海軍がロシア海軍との決戦に挑むために導入した切り札であり、全てが就役から十年未満の若年艦だ。


 内、『三笠』は最後に就役した最も新しい戦艦で、日本艦隊の戦時編成『連合艦隊』の旗艦を務める。これら全ての戦艦が第1艦隊の第1戦隊に配備されている。


 船体、排水量、速力、火砲においては、かつて清国海軍北洋艦隊に所属し、日清戦争後日本海軍に籍を移した当時東洋最強の戦艦と呼ばれた『鎮遠』を凌駕していた。


 2月5日、日が暮れて暗くなり始めた港内に1隻の小さな連絡用の艦載艇が動いて、『三笠』に向かっていた。乗っていたのは海軍軍令部作戦班長の山下源太郎大佐である。『三笠』に乗艦すると、艦後部にある長官公室へ向かった。


 艦隊及び戦隊司令部要員の会議室を担う場所には連合艦隊司令長官の東郷平八郎大将以下、連合艦隊首脳がそこにいた。


 「封密命令を持参してまいりました」


 と、山下は脇に挟む鞄の中を開き封筒を出して東郷に渡した。


 「御苦労」


 受け取った東郷は直ぐに封を開けようとはしなかった。封密命令は決められた場所と日時に合わせて開けなければならない決まりがある。東郷の下には、まだ封密を開ける知らせが来ていなかった。すると、長官公室に早足で士官が入って来た。


 「どうした?」


 尋ねたのは連合艦隊参謀長の島村速雄大佐だった。


 「軍令部より通信文です」


 そう言って、士官は通信文の内容を告げた。


 「2月5日、午後5時に封密命令を開示されたし。以上です」


 東郷を除く、その場にいた幹部達は時計を見た。分を示す時計針が丁度12の数字に達し、午後5時となった。


 「長官。5時になりました」


 島村の言葉に東郷は無言のまま頷き封筒を開けた。中には紙が縦に折られた状態で入っていた。


 紙を広げると、『大海令第一号』と右端に書かれた大きな文字に目が入る。


 『第1艦隊及び第3艦隊は直ちに出動し、東洋にあるロシア艦隊を撃破すべし。第1艦隊は旅順方面のロシア艦隊の撃破にあたり、第3艦隊は朝鮮鎮海を占領せよ』と、書かれてあった。


*****


 2月6日、日付が変わったばかりの深夜の佐世保軍港内に、各艦隊の司令官や艦長を乗せた艦載艇が『三笠』に続々と集まってきた。先着順に将校が旗艦に乗艦していく。その中に兒玉十五朗の姿もあった。彼は今、第1艦隊隷下の第3駆逐隊所属の駆逐艦『東雲(しののめ)』の艦長をしていた。


 当時の駆逐艦は戦艦と船体の大きさを比べれば大魚と小魚と言ったところだった。船体が小さいと居住性も悪く、遠洋航海に苦労を強いられる。艦橋も露天式で船外にいる者は必ず海水を浴びて服が濡れてしまう。だが、30ノット前後の速力は戦艦や巡洋艦を上回り、航続力も長い。そして軍艦にとって脅威的な破壊力を持つ魚雷を装備しており、小型と速力を活かした近距離からの雷撃攻撃を可能とする。


 しかし、海軍将兵にとって戦艦や巡洋艦などの花形軍艦への配属が人気であったのに対して主力艦の補助的役割であった駆逐艦や水雷艇は人気は無く、外れ者の行きつく先とも言われる始末であった。例えば能力の高い水兵は戦艦や巡洋艦への配属が高いが、そうでない者は駆逐艦か水雷艇だ。だが、将校にとって居住性の悪さを我慢すれば下級階級の内に戦闘艦艇の艦長になれる。と、言う訳で十五朗は上手く手を回して駆逐艦の艦長となっっていた。


 将校達は長官公室に集められ階級順に並んだ。全員が揃って暫くしてから連合艦隊首脳部が入室し、司令長官の東郷が集まった将校達の前に立った。


 「東京より大命が下りました」


 と、東郷は言った。連合艦隊の総大将で戊辰戦争から日清戦争の戦争経験者であるが、豪勇や知将という言葉は当てはまらない。落ち着きのある老紳士と言ったところだった。


 次に参謀長の島村が前に出て、先の封密命令書を掲げて読み上げる。将校達は対露開戦命令が下るだろうとは予想していたが、それが現実のものとなると何かしら挙動に動揺を見せた。十五朗も例外でなかった。彼は連合艦隊参謀の列に並ぶ友人を見た。作戦参謀の秋山真之である。秋山はどこかを見ている様でなく、無表情のまま何かを考えている様子であった。


 島村が読み終えると、室内に洋酒を持った下士官らが入って来て、一人色々に洋酒の入ったグラスを配って行く。全員に酒が行きわたると再び東郷は話し始めた。


 「我が海軍が創設され三十余年、日清の役を勝ち得、列強と並ぶ力を持った。これは一重に全ての将兵が日本を守る意志の下で日夜鍛練を重ねて来たために他ならない。ロシアとの戦争は、まさに国家存亡の分かれ目である。願わくば、貴官らの健闘を必要とする。今、全将兵の武運と作戦の成功を期して杯を交わす」


 と、東郷がグラスを上げると、その場にいたグラスを持つ将校達もグラスを上げ、酒を口に流し込んで一息で飲み込んだ。


 連合艦隊は、6日の昼間に全力が佐世保港を出港して朝鮮と黄海にそれぞれの艦隊が針路をとった。


*****


 2月6日、ロシアの駐日公使ロマン・ロマノヴィッチ・ローゼンは要請によって東京の外務省を訪れた。ロシアと満州朝鮮を巡って対立する日本との直接的な交渉を受け持ち、幾度となく外務大臣小村寿太郎と協議を重ねて来た。が、それぞれの国家方針に基づく主張は両方が受け入れられるものでなく、協議には付くが譲歩を得られずに終わっている。


 外務省の職員に案内された一室には小村寿太郎が窓の外を眺める様にして立っていた。


 「閣下、本日はどの様なご用件でしょうか?」


 と、ローゼンは小村に尋ねた。この時までは、今後の外交協議の日程合わせについての段取りだと思っていた。


 「ローゼン行使、これを貴国政府に通達して欲しい」


 そう言って、小村はローゼンに丸めて紐で止めた用紙を手渡した。


 「内容を確認しても?」


 「どうぞ」


 紐を解き、丸まった用紙を広げたローゼンは中身を確認した途端、目を丸め度肝を抜いた。


 「…これは!?」


 行使の動揺とは裏腹に小村は冷静に本題を告げる。


 「それに書かれてある通りですローゼン公使。本日をもって我が大日本帝国はロシア帝国との国交を断絶する」


 「閣下、国交断絶とは日本はロシアとの戦争に踏み切るおつもりですか?」


 「…いや、まだ戦争では無い」


 それから5日後、ローゼンは家族と共に日本からの国外退去する事となる。

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