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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第二十七話:病床の人

明治34年9月

 東京豊多摩郡-現在の新宿区-に陸軍軍医学校があった。陸軍の軍医を育成する場であり、陸軍の病院としても機能していた。


 患者が入院している病室に繋がる廊下を兒玉十三朗と兒玉源太郎、陸軍大佐の田村怡与造たむらいよぞう、そして陸軍大将の大山巌が歩いていた。


 「あったぞ。ここだここだ」

 と、大山が病室の札を見て目的の人物がいる部屋を見つけた。札には『川上操六』と書いてある。


 川上操六は、参謀総長としての職務と並行して日夜対露戦略を思案していた事が祟り、過労のため体調を崩してしまい入院する事となった。


 四人が病室に入るとベッドで寝ていた川上が体を起こして訪問者を迎えた。体調を崩して軍医学校に運ばれた時に比べれば顔色は良くなり、順調に回復していた。


 「川上さん、調子はどうだ?」

 と、兒玉源太郎が体調を尋ねた。


 「大分良くなった」


 「今の陸軍におはんが頼りです。ゆっくいと休養してから戻って来やったもんせ」

 川上の上官であり、同郷の大山巌が満面の笑みを浮かべて言った。その笑顔には野心も無い純粋なもので、誰もが引き寄せられるような人徳が備わっていた。


 「ありがとうございます。とこいで」

 と、川上が切り出した。最近のロシアの動向を尋ねて来た。


 昨年の明治33年6月から今月までの間、清国で動乱が起きた北清事変、またの名を義和団事件とも言う。


 19世紀後期、列強は清国に進出して権益を搾取して行った。義和団とは、海外勢力を追い払う排外運動を山東半島を中心に行っていた秘密結社である。


 『扶清滅洋』を唱える義和団は、1900年5月に北京に入り、排外運動は勢いを増した。清国政府は、外国との関係を考えれば義和団の鎮圧が当然であったが、義和団はあくまで外国勢力を排除して清国を擁護する立場をとっていた。鎮圧すれば国内の批判を浴びるため有効的な対処がとれなかった。むしろ、西太后などの有力な権力者は義和団に同調する立場を取ってしまった。


 6月20日に清国政府は、義和団の実力を利用して日本を含む欧米八カ国に宣戦布告をする。


 日本政府は、直ちに広島の第5師団を北京に派遣する。また、清国から宣戦布告を受けた七カ国軍とも合流して日本軍を主力とした連合軍が北京に入り義和団を鎮圧した。その後、八カ国は清国に多額の賠償を要求する。当然の成り行きである。しかし、問題は義和団の鎮圧後に起きた。


 八カ国連合軍に加わったロシアは、北京に軍を派遣する一方で満州にも軍を派遣して瞬く間に各主要都市に兵を配置した。名目は権益の保護である。


 朝鮮や日本の軍事的脅威が高まった事は言うまでもない。


*****


 「特に目立った動きはありません」

 と、田村は言った。


 「そうか。では、対露戦略の方は?」

 川上が入院して以来気にかけていたのが対露戦略である。後任に、『今信玄』の異名を持つ秀才の田村が引き受けた。そして、田村を補佐したのが十三朗である。


 「十三朗さんのおかげで順調にはかどっています」

 田村は言うが、


 「何、わしは田村に教えるだけで、決断をするのは田村だよ」

 そう言って十三朗は、自分には手柄が無いように振る舞った。


 川上は、十三朗らしい。と思いながらニヤリと笑みを浮かべた。


 「話は変わるが、暫くしたら、わしは天津に行って駐屯軍の様子を見て来る。ついでに現地のロシア軍司令官にも合って来るよ」

 十三朗が言った。


 北清事変の後、各列国は自国民保護を名目に清国に軍を駐屯させた。日本も、清国駐屯軍を編成して天津に駐屯させていた。


 「今の清国で一番力を持っているのは、袁世凱だ。上手く行けば今後の清国での日本の立場が変わるかもしれん」

 そう言って、兒玉源太郎が話に入った。


 袁世凱は清国の軍人であり、李鴻章の下で手腕を発揮する政治家でもあった。


 日清戦争以降、軍の近代化と制度改革に力を注ぎ、義和団の乱の際には、西太后の圧力で清国政府が義和団を支持する中で、袁世凱は政府の方針を無視して自分の直轄する軍を動かさなかった。そして、八カ国連合軍に義和団が鎮圧され、清国政府の求心力が低下をすると、袁世凱は自然と政府に対する影響力を強めてた。


 「確かに、袁世凱は今後の清国を引っ張って行くだろうな。それか、清王朝に代わる新しい支那の国の皇帝になるかもしれん」

 十三朗は呟いた。


 日本とロシアが戦争を繰り広げる舞台となるのは主に朝鮮半島と満州である事は一目瞭然である。もしも、ロシアが清国を丸め込み、日露開戦と同時に清国軍が日本軍を攻撃する事態が起きればー実現身のない事であるがー戦争どころではなくなる。


 また、戦地での軍の駐屯地と交通路の確保、地元民の協力は欠かせない。そのため朝鮮と清国の両国を日本の味方に組み込まなければならない。朝鮮はまだしも、清国は事前の準備が必要である。


 「では、清国から十三朗さぁが朗報を届ければ川上さぁの体はもっと良かなりもすな」

 と、大山がゆっくりとした口調で言った。


 「確かに、医者の飲ませる薬よりは特効薬になりもす」


 戦略家の川上にとって最高の薬は、『体の病』を治す薬より『気の病』を治す薬が良いのかもしれない。


 「わかったわかった。わしが朗報を届けてやるすけ、大船に乗った気でいてくれや」

 そう言って、十三朗は自身の胸を力強く叩いた。

史実の川上操六は、明治32年に対露戦略の思案の半ば過労のため死去していますが、この話の中では兒玉十三朗の助力により史実よりも心身にのしかかるプレッシャーが軽減したため病状も軽く済み、これからも生きて活躍していきます。

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