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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第二十六話:若き獅子

明治34年 

 児玉十三朗は、東京平川町の自宅に帰ってきた。


 「今帰った」

 と、家の玄関の戸を開け、声を出して帰宅を告げる。暫くすると、着物を着た若い女性が急ぎ足で十三朗の前に現れて膝を下した。


 「お父様、お帰りなさい」

 そう言って、女性は両手を床に着けて頭を下げる。笑顔であった。


 「ヤエか。お母さんはどうした?」


 「今、伯母様のお見舞いに病院の方に行ってます」


 「そうか。いやはや、また暫く見ん間に大きくなったなぁ」

 十三朗は微笑み、久しぶりに会う娘の成長を喜んだ。そして、玄関の前に座って履いている靴を脱ごうとした時、下に置かれている靴の数が一人分多い事に気付いた。


 「誰か客人でも来ているのか?」


 「はい、お兄さんが士官学校のお友達を連れてお父様の書斎で勉強をしています」


 「ほう。友達か」

 荷物をヤエに預けて書斎に通じる廊下を進んだ。すると、書斎の方から陸軍の下士官服を着た二人の若者が出てきた。


 「帰って来たかい。父さん」

 と、若者の一人は笑顔で十三朗を出迎えた。


 「あぁ、帰ったぞ。白朗」

 十三朗は笑った。


 白朗、本名を兒玉白朗と言い、十三朗の長男である。明治14年に産声を上げた二十歳の若者である。彼と長女のヤエの他に次男と三男の幼児がいるが、今は母親に連れ添われて家にはいない。


 「君は?」

 次に、息子の横に立つもう一人の若者を尋ねた。


 「始めまして閣下、乃木保典のぎ やすすけと申します」

 そう言って十三朗に頭を下げた。乃木と言う名字を聞き、若者の顔を見ていると脳裏に乃木希典の顔が浮かんだ。


 「もしかすると君は乃木希典中将の倅かね?」


 「はいっ。乃木希典は自分の父です」

 それを聞くと、十三朗は大きく頷いた。乃木保典は、乃木希典と静子夫人の次男である。巷では、父親と母親の良い所をたくさん遺伝した好青年と言われており、現に士官学校に入ってからは同期生で同い年である白朗とは無二の親友となっている。兄には軍士官学校第13期生である乃木勝典かつすけがいる。


 「そうかそうか。乃木さんの倅か」


 「はい。父から閣下の事を伺っておりました」


 「そうか。ところで二人は書斎で何をやっていた?」


 「士官学校の仲間と対露戦術の話しをしてな、乃木と一緒に具体的な戦い方を考えておったんだ」

 と、白朗は言った。


 「それは感心だ」


 「それで、閣下が帰って来てくれたので、一つ戦術の伝授を受けたいのです」

 保典が白朗に続けて言う。


 「あぁ、良いとも」

 十三朗は二つ返事で受け入れた。


 書斎は八畳ほどの部屋で、中には古今東西の軍事に関する本が山の様に詰まれており、本の山が二三箇所ある。その奥の端に小さな机が二つ置かれている。二人はそこで日夜勉強や研究に励んでいたのだろう。


 軍人である以上、私情を捨て国家に尽くすのが常である。だが、そのため家庭を疎かにしてしまう。知らぬ間に子ども達が成長してそれぞれの道を歩む姿を想うと父親としては頼もしく思い、何もしてやれなかった罪悪感、寂しさなど様々な感情が交差した。


 「父さんならどういった戦い方を講じるんだい?」

 白朗が尋ねた。どの軍学書にも集団を用いて相手の集団を倒す方法や記録は書かれている。しかし、これらは集団を束ねる将官程の階級者が必要とする知識であり、白朗や保典のような小隊規模の小部隊を指揮して敵兵と直接撃ち合い斬り合いをする者達にとっては、どうやって確実に個人が個の敵兵や小部隊に勝っていくかの知識が欲しかった。しかし、軍学書にはそう言った個人の必勝法などを書いた本は皆無だった。


 「わしなら、機関銃の火力で敵を制圧する」

 と、十三朗は言った。現在日本軍は日露戦争に備えて機関銃の大量生産と配備を進めていた。将来的には、各歩兵小隊に機関銃を数挺装備をした『機関銃分隊』の編成が予定されている。


 「『動かざること山の如し』だ。敵が攻めてきても、白兵戦に持ち込ませず陣地内で火力を持って敵を撃退する。そうすれば味方の被害は最小限に出来て敵は手痛い被害だけが出る」

 日本陸軍は、士族の反乱の頃からガトリング砲を運用してきた。日清戦争でも同様である。が、あくまで歩兵の突撃支援のための射撃を目的としてきた。しかし、日露戦争に備えて戦術構想が一新され、新しく製造が開始された機関銃を歩兵戦の主要火器としてロシア陸軍と戦う戦術が立てられた。


 白朗は頭に手を当て苦笑した。


 「なんともはや、お父さんらしい考えと言うかなんと言うかだなぁ」 

 自分達の考えた方法とは見当が違っていても、確実に的を射っている考えを聞き納得と父に負けた小さな敗北感が込み上がった。


 「何ね、勝てば官軍だ」


 「確かに閣下の戦術は一理ありますね」

 白朗と保典には返す言葉がなかった。十三朗が若き日の頃から戊辰戦争、西南戦争、日清戦争などの大戦争を戦って勝利して来た実力をわきまえていた。


*****


 「お茶菓子を持って来ましたよ」

 ヤエが茶とようかんを持って来た。


 丁度良いな。と、言いながら十三朗と白朗は茶を飲み、ようかんを食べた。


 「はい、乃木さんもどうぞ」

 と、ヤエは茶を保典に差し出す。


 「ありがとう」

 そう言って保典がヤエから茶を受け取ろうとした時だった。


 保典の手がヤエの手に少しだけ触れた。


 「あっ」

 触れられた途端、ヤエが小さく間の抜けた声を零してしまった。まだ16歳の少女であるヤエにとって男性と手が触れ合う事に対する慣れない戸惑いと恥ずかしさが声になって出たのだ。


 その小さな声を聞いた保典は、ごまかすようにヤエから目を逸らして受け取った茶をすすった。まず聞く事の無い女性のか弱い声を聞いた保典の胸の鼓動が高まっていた。また、ヤエも保典から目線を横に逸らした。笑顔を崩さなかったが、両頬が赤く染まっている。


 十三朗と白朗は気づいていなかったらしいが、気づいていたら二人はどうなっていた事か。

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