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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第二十一話:海軍の凱旋

 月日は明治28年(1895)3月の末、日本軍は黄海に突き出る二つの半島の一つである山東半島港湾都市の威海衛を攻め、これを占領する。


 威海衛には、先の黄海海戦で甚大な被害を被った北洋艦隊が居座っており、これに完全な止めを刺す事となった。


 こうして、戦争の主導権は日本の揺るぎないものとなった。しかし、まだ戦争が終わる気配がしない。


 第1軍が満州の占領地を順調に広げて奥地まで軍を進めていた頃、兒玉十五朗は佐世保にいた。昨年の黄海海戦で、彼は左手の指二本と左目を失う重傷を負い、治療のため内地に帰国していた。




佐世保鎮守府

 海軍はこれ以上の大規模海戦は生じないと判断し、連合艦隊が佐世保に凱旋させた。


 艦隊の中に、巡洋艦「筑紫」の姿があった。


 筑紫は、イギリスのアームストロング社が、1880年進水させた排水量1350tの小型の巡洋艦である。武装は、25口径25.4cm単装砲2基を主砲とする砲7門と魚雷発射管を2門装備する。


 日清戦争の際、連合艦隊の主力戦隊に組み込めてもらえず、偵察や哨戒活動に使わされていた。


 この筑紫に、秋山真之が乗艦していた。真之も、十五朗が黄海海戦で負傷した事を耳にしていたが、会う機会に恵まれずにいた。


 港では、大勢の民衆が戻ってくる各軍艦に万歳、万歳と声を高々と出し、手を振って出迎えているのが見えた。


*****


 真之は十五朗に会い、彼の姿を見て驚いた。


 左目には眼帯を付けており、顔の両頬には魚の骨の様な傷跡が残り、左手の指二本が欠けている。


 「たまげたか?」

 と、十五朗は真之の心中を察して笑いながら言った。


 「あぁ、酷い姿になったのぉ」


 「まぁ、黄海海戦でいっちゃん被害を受けたんは『赤城』だったすけなぁ」


 「…」


 「俺の部下がいっぺぇこと(大勢)死んじまった」

 そう話すと、十五朗は急に沈んでいく。




 黄海海戦の時、北洋艦隊の執拗な砲撃を赤城は受けた。そのうちの一発が十五朗の近くに着弾して爆発し、彼を含むそこに居た兵全員を吹き飛ばした。


 十五朗は壁に強く打ち付けられた際、暫く気を失った。そして意識が回復して体を起こし、頭が惘惘とする中で十五朗の視界に入ったのは、煙りを上げながら無造作に開いた大穴の先で燃え上がる北洋艦隊。そして、血で真っ赤に染まった艦の床や壁である。


 (赤城が血を噴いた?)

 と、目覚めたばかりで思考が鈍っていた十五朗は最初にそう思った。しかし、そうではない。


 辺りを見渡すと血まみれになって血を流し倒れている部下や肉片でがあった。


 直後、自身に激しい激痛が全体に走り渡った。この時初めて自身も片目と指二本を失い、体中の傷口から血を流して全身が血まみれになっていた。自身や部下の血で一帯を赤く染めていたのだった。




 「…と、まぁあん時は本当に敵の艦砲に撃たれた赤城が血を流したと思った。とにもかくにも馬鹿酷い戦だったわい」

 十五朗は黄海海戦の時の惨状を語った。


 今、二人は軍港をあてもなく歩いている。


 「全くだな、北洋艦隊の主力隊が赤城一隻に集中砲火をするとは清国海軍も落ちたもんぞな」


 「うん、統率の執れない軍隊ほど始末の悪いモンはねぇな」


 二人は歩いているうちに、巡洋艦「筑紫」が停泊している所まで来ていた。筑紫も赤城ほどではなかったが損傷が目立っている。


 「すっかし、筑紫もだいぶやられたなぁ」

 と、十五朗は筑紫を眺めた。


 「威海衛攻撃の時に撃たれた跡じゃ」


 「ほう、威海衛攻略に出たのか」


 「下士官、兵が3人死んだ」


 「…そうか」


 艦の上での死は、陸の上での死とは違う怖さがある。狭い艦内で血を一杯に飛び散らせ、五体を残さず引き千切る確率が高い。


 「兒玉は、海軍を続けるか?」

 と、真之が言った。


 「何だば、いきなり?」


 「あしは、威海衛の攻撃で筑紫が撃たれた時、血まみれになった甲板を見た」

 真之は血で満ちた甲板を見て衝撃を受けた。


 「あしは、戦争が恐ろしくなった。頭を剃って坊頭になろうと考えている」


 この真之の言葉に十五朗は表情を苦くした。


 「秋山、んなの気持ちは分かるがな…」

 十五朗は次に出す言葉を考えながら口を濁らせた。


 「んなはどうして海軍に入ったたんば?」


 「あしか」

 と、真之は過去を思い起こした。15の時、『太政大臣になる!』と言う夢を抱き、故郷の伊予松山を出て上京し、努力の末に大学予備門に入学をした。


 しかし、学生生活を送っていくにつれ、将来の進路が変化をしていった。大学を出て偉くなっても達成感を得られるだろうか。あしの才能をもっと別の分野で活かせないだろうか?


 真之は考え抜いた末、一つの結論に辿り着いた。


 軍人になろう。


 秋山家は、元々武士の家であり、また、子どもの頃は地元でも喧嘩を繰り返すガキ大将でもあり、『争い事』を好む所があった。


 恐らく、真之の軍人への道に進む背後には、秋山家の系図と自身の育った環境があったのだろう。




 「秋山、おらぁ海軍を続けていくぞ」

 と、十五朗は言った。


 確かに軍人である以上、戦いでの死や負傷、不幸は覚悟せねばいけない。しかし、誰かが戦い、自分だけが安全な場所から眺めている事の方が、目を失い、指を失う以上に辛いものはない。十五朗はそう考えていた。


 「まっ、ゆっくり考えろや秋山。まだ時間はあるすけな」

 そう言って十五朗は、真之の背中を軽く叩いた。


 真之は、あぁ。と頷き、ポケットから煎り豆を取り出して食べた。

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