第二十話:満州侵攻立案
「満州を取る?」
第1軍司令官山県有朋は目を見開き聞き返えした。同じくこの場にいた桂も息を呑んだ。
「そうです」
兒玉十三朗は頷いた。
「しかし、何故満州を取ろうとする」
「日本が遼東半島を取ろうとするからです」
「分からん。それと満州にどう関わりがある?」
先日まで、遼東半島の割譲を望む日本の姿勢を非難していた兒玉があべこべに満州の割譲という、壮大な話しを持ち出して来たのだ。
「満州を取るのは、いわば『毒を食わば皿まで』と言うやつですよ」
と、兒玉は言った。
日本が遼東半島を割譲することでロシア帝国の南下に支障が生じる。ここでロシアは友好国と共に日本に干渉をしてくる事になる。そうなれば日本国民は、将来のロシアとの対決に備え心血を注ぎ重税の中で暮らして行かなくてはならなくなる。
そこで兒玉が思案したのはこうである。満州地方を占領し、後のロシア干渉の際に清国に多額の金額で返還させついで鉱山、主要工業の利権を獲得するというものだった。
「……」
山県は首を縦に振りながら話よ呑みこもうとしていた。
「しかし兒玉……」
桂が話に入る。
「満州を占領すると簡単に言うが、どうやってあんな広大な土地をとる?」
当然の疑問である。満州の面積は日本の倍ある。この広大な領土をどうやって占領をするのかが桂には見えなかった。
「まず、満州に『日本軍総勢200万』と言う流言を流します。その後、先発の騎兵に『抵抗しなければ日本軍は危害を加えない』と書いた高札を各諸都市に掲げればいい」
「他には?」
「それだけで十分」
「そんな嘘八百だけでか?」
「今の清国はまさに『烏合の衆』に過ぎず、民衆も兵士も我が身の安全を求めている筈だ。そういった群衆は騙され易いもの。武器を用いず謀略を持って『戦わずして勝つ』事も兵家の常だよ」
桂の質問が終わると、続いて山県が問掛けた。
「で、何時行動を開始する?」
「今直ぐにでも」
「勝算はあるのか?」
「あります」
兒玉は力強く応えた。そして更に言葉を加える。
「そこで山県さんには、東京に戻って閣僚の説得して講和時期を延ばして欲しいのです」
「では、第1軍司令の後任は誰にする?」
と、桂は言った。
「野津中将が適任良い」
山県は眉間に皺を寄せて悩んだ。戦地での環境に少なからず負担が溜り、体調が良くなかった。そのため、判断に支障が出ていた。
「兒玉、お主の言う事は良く分かった。しかし、伊藤さんに大山さん、陛下は戦争の拡大を反対している。わしの力に及ばんかもしれんぞ」
「分かっています。そうなれば、軍の指揮下から脱してまで目的を達成する覚悟です。勿論、私一人が責任を取り腹を切るつもりです」
「…」
山県は暫く沈黙を続けた。
「…よう分かった。わしはもう何も言わん。お前がお国のためと思うのなら存分にせぇ」
そう言って山県は椅子から立ち、兒玉の肩に手を置く。
「全てが終わったら、帰京して陛下に事の次第を説明させる機会をやる。腹を切るのはその後でもいいじゃろ。お前が腹を切るなら、わしも腹を切る。桂、お主も異論は無いな」
「えぇ、全て兒玉に任せましょう」
日清戦争は新しい局面を迎えようとした。




