暗いところを好み、潜む
リルが話に乱入してきてからというもの、彼女とアランさんの激論が続いている。
「十八の小娘に、二十四まで貫いたプラトニックな愛を理解できるものか!」
「むしろ十八の歳頃に寝取られるのもありなんですよ!」
果てしなくどうでもいい。
唯一興味を引くところがあるとすれば、ここ三ヶ月の間ずっとなりを潜めていたリルの寝取られ性癖が、全然治ってなくて健在だったことへのショックだろうか。
それでも一度この話を終えなければ。
「妻、処女、寝取られ! 完璧ではないか!!」
「妻、妊婦、寝取られ! どっちもありなんです!!」
もう知らん。本当に知らん。
やかましくも下世話な性癖論をぶつけ合う変態たちは放っておいて、俺は調べを進めよう。
「あの……、英雄様」
さて誰に声をかけるべきか――と悩んだところで、俺に弓を放った信者が声をかけてきた。
彼は地面に頭を擦りつけて、謝罪をしてくる。
「すみませんでしたッ!! 俺っ、どうしてもアランさんの気持ちを晴らしてやりたくて!!」
この人、好感度もの凄く高いままで俺の心臓を狙って、殺しにかかってきたんだよな。
まずはその辺りの謎を解いておくべきか。もしライカブルの好感度表示が狂っていたら色々とマズい。
俺は最大限優しい口調で、語りかけるように告げる。
「結果的に死ななかったのです。今後は誰にも矢を向けないと約束してくれたら、俺はそれだけでいいですよ」
「英雄様……っ!」
おや。ライカブルで見る好感度が光った。
んー……。リルも光っているのだけれど、同じ状態?
マノンやサラ、パティは光らず、リルと彼だけが光るというのが解せないな。
恋愛感情の強さなのかなと思っていたけれど、彼の場合は同性だからその仮定も崩れてしまう。
――――――――――あれ?
なんだか妙に、彼の呼吸が荒いな。表情もなんというか……猛々しい。そのくせ言葉遣いが妙に女性っぽくなった。
「ね……寝取られちゃいそう」
そういやアステガとかいう神様は同性愛を禁じていなかったなぁ。
――ま、いいか。戦場だとほとんど男ばかりになるから、実際、こういう話を耳にすることはあった。
恋愛なんて自由だから咎めたりはしなかったけれど、中央の宗教としては固く禁じられているわけで。
彼らはこっそりとイチャつくわけだ。
もちろん俺は女性を愛するから関与していない。見ざる言わざる聞かざるを一貫するのみ。
しかし……彼の口振りなら、ことの解決は近そうだ。
「寝取られ――ってことは、アランさんとは、そういう関係だったんですね」
「当たり前じゃないですか!」
ふむふむ。つまりこれは異性と言うより、性的な意味での好感度を指し示していると考えられる。
ある意味、ただならぬ関係になることを拒まない、もしくは望む状況だ。
普通の好感度百パーセントではない、特別な百パーセント。
リルは……。まああいつは寝取られ性癖なんて持っているぐらいだから、性的な意識も強いのだろう。エロい女の子は嫌いじゃない。むしろ歓迎したい。
だがマノンは性的な関係を否定しているから、光らない。
サラはペット的な主従関係で、パティはそもそも戦場を生き抜いた相棒だ。そういう気分にならない……というところだろう。盗撮の対象にはされているが性的な関係を持つ気は無いってことだ。なんだそれは。愛情じゃないストークって純粋な趣味じゃねえか。
「――さて、アランさん?」
「彼のことならどうぞ寝取ってくれたまえ!!」
「恍惚として言わないでくれません? もう特殊性癖が行きすぎて全然追う気はないですから」
淡々と答えた後、念のためにリルへ視線をやる。
「私は、そのぉ……」
「いいぞ。全部言いたいこと言っちまって。……もうあれだ。今更だ」
「……男の人に寝取られる経験も、悪くないかな――って」
「お前もどんどんこじれて行ってるな!」
視線を横へ逸らしたところで、なんとなく想像は付いたけれど。
結局のところ彼女の寝取られ病は完治なんてせずに、生い立ちという後ろ盾を失ってただただ言い出しづらい環境になっていただけだった。
「で、アランさん。リルを狙った犯人は全員、『あなたとただならぬ関係』だった――。そういうことですね。俺が好感度を確認して油断するところを、狙ったわけだ」
好感度にも種類がある。それは理解していたけれど、百パーセントの中で種類による優劣が付き、それを利用される日がくるとまでは考えていなかった。
「ライカブルが使えると、信じてもらえたかな」
「困ったことに、信じるほかありませんね。――まあ、そうとわかればこちらにも打つ手があります」
俺はアランさんに背を向けて、もう一度、矢を放った彼を見る。やっぱり光ってるなぁ……。
「あなたに問いたい。黒幕が誰か、知らないか?」
「黒幕……って言えるのか、わからないけれど。アランさんに王族を殺させているのが誰か、なら」
「それでいい。教えてほしい」
今は俺への好感度が光っているのだから、この要求は無碍にできないはず。少なくともアランさんと同じ程度の立場には立ったか、逆転したはずだ。
自分に惚れた人間を傀儡としてスパイ行為を働くってのは、日本でも聞いたことのある話であるし、そう珍しい手段でもないだろう。この状況は利用するしかない。
……だが期待に反して、彼は目を伏せると、少し考えてから言葉を口にした。
「い、一夜の見返りとして――っ!」
「断る」
「一回でいいから!」
「むしろ何回の予定だったんだよ!?」
もう怖い。自分の貞操が危険すぎて怖い。
横からアランさんとリルが言葉を投げてくる。
「寝たら良いだろう」
「そうよ」
「あんたらも無責任だな!!」
本当にこの二人は親子じゃないのか?
うーん……。外見に共通点があり、性癖も同じ。遠慮なく言い争っている姿は昨日の夜よりも遙かに父と娘らしく見えてしまう。
こうなったらもう。
「マノン! 見てるなら顔を出してくれ!」
呼びかけると、空中に『うにゅ』と歪な丸が現れて、中からマノンが姿を現した。空間を歪めてるのかよ、それ……。
「なんですかぁ……。やっと寝られていたのに……」
その顔を見て、アランさんを除く全ての人が『太陽神様!!』と声を揃えた。
更にマノンのまえで整列し、両膝をつき、両手をギュッと握り合わせる。信仰の対象、こええ。
「マノン。太陽神として――この世界の希望として、アランさんたちを利用する人間を暴かなくてはならない」
「そーですねぇ……。とりあえず寝かせてほしいのですが、まあ、ハヤトさんが正しいですよ。ええ。そうやって太陽神様太陽神様と言って都合良く少女を弄ぶが良いのです」
…………いかん。ご機嫌斜めだ。
ついでに周囲がザワザワとやかましくなった。
「今、弄ぶ――とか言わなかったか」
「寝ている神を起こすなんて、何様だ」
「英雄なんて、元は俺たちの敵じゃねえか」
諸刃の剣というか、下手をすると逆刃刀だな……。
だがここでマノンを帰すわけにはいかない。それでは話が進まないのだから。
近寄って耳元で、こしょこしょと内緒話をする。
「頼むから普通に振る舞ってくれよ。帰ったらデートでもなんでもしてやるから」
「本当ですか!?」
耳がピクッと動いた。可愛いな。
「ああ。ちゃんと無事に帰ったら……な」
「わっかりました! ――こほん。み、みなのもよ!」
「あ、噛んだ」
額に手刀を落とされて、俺は黙る。
「太陽神として命ずる! われ……私は人と人が争う姿を見たくなどない!」
おお。立派な言葉だ。
「中央との衝突を避けるためにひちゅおうな情報を」
人前だと噛みやすい。ひきこもりあるあるだ。
「持っているものは私の前へ名乗り出…………いえ、手紙に書いてテントの前へ。――うおぷっ。そっ、それでは、たのんじゃよ」
吐く数秒前という表情を残して、太陽神様はお帰りになった。
こいつに国王とか無理だろ……。
そしてマノンが昼寝をし、リルとアランさんが寝取られ論を激しくぶつけ合い、俺が円盤状の武器『チャクラム』をフリスビー代わりにして「そーれ」と投げてサラと遊んでいた頃。
信者たちは熱気を上げながら太陽神様への手紙を書き上げ、ブラックボックスの前へ積み上げていった。
恐ろしい量の情報が集まりそうだ。




