失敗を繰り返さないと成功できないことがある
包帯で右足をグルグル巻きにされたアランさんが、処置用ベッドで寝かされていた。
「具合はどうですか」
麻酔薬は使っているはずだが、まだ苦痛が続いているのだろう。
問うと彼は、額の汗を濡れタオルで拭き、ゆっくりと半身を起こした。
「あの状況で、丁寧に太い血管を避けたのか」
「殺す気は無かったので」
「その甘さでよく大陸制覇など、成し遂げたものだな」
「沢山の人間を死なせました。その中で偶然、俺が生きていた。そう考えてください」
ヤマさんをはじめとした数々の死。その原因に俺の甘さがあるという自覚はある。
敵に多くの死者を出してでも味方を死なせない。そういうゲームの魔王討伐のような、絶対悪を相手にした戦い方ならば、ヤマさんだって死ななかったかもしれない。
しかし大陸制覇というものは、ただの戦争だ。
こちらの人間に大切な家族がいるように、相手も誰かの大切な人である。俺は犠牲者を『両軍合計』で考えてしまうクセがあった。
それは甘さに他ならないだろう。
「偶然……か。白々しい嘘だ」
言うとアランさんは「くっくっく」と笑った。
「英雄なんて虚像ですよ」
「ライカブル――。相手の好感度を測ることができるスキルだ。これを使えば味方の指揮を挙げることも、不穏分子を排除することも可能となる。全てが偶然ではないだろう?」
少々、驚かされてしまった。そんな情報まで筒抜けだったとは。
やはり教皇が絡んでいるのか。国の宗教を司る人間で、王族の中でも大物中の大物。彼ならば、その情報を得ている可能性が十分すぎるほどある。
――――だがアランさんは、俺にとって思いも及ばない言葉を口にした。
「恐らく、きみは本当に優しい人間なのだろう。恋人と言って差し支えないはずの人を殺そうとした相手に、まだ三割ほどの好感度を残して接している」
三割? まるでライカブルを使って視認しているかのような口振りだ。
「警戒したね。少し下がったよ」
――いや、これはまさか。
「どこで、誰から授かった?」
「それでいい。取って付けたような敬語は気味が悪いんだ」
「質問が聞こえていなかったのか? 答えろ」
否応なく、問い詰める言葉が厳しくなる。
「召喚されてすぐ、国王陛下より直々に。――これでもう、わかるだろう」
「わからないな。信憑性が足りない」
召喚されて……?
まさか俺よりも以前に召喚された人間がいたのだろうか。
国王は即位から五十年目を迎えていた。即位の理由が召喚術に長けていることだとすれば、俺が召喚された以前の四十五年が空白になる。
だが国王は俺に『四十五年に渡る研究と実験の結果が、お主じゃ』、とだけ。
――――――――――――研究と、実験?
「思い当たる節があったようだね」
「真実だと仮定して。この世界へはいつ――、いや、どの世界からやってきた」
「赤子の頃、日本から」
それにしては黄色人種よりも若干白人よりに見えるが……。
元々ハーフやクォーターであった可能性もあるから、外見での判断は難しいか。
「なんのために」
「もちろん英雄召喚だ。かの国は四方を敵国に囲まれて常に戦争状態にあり、数代に渡る王が同じように大陸統一を謀っていたのだから」
「辻褄が合わないな。なぜ英雄を召喚しようとして赤子がやってきた」
戦力にならない。
仮に十五歳で戦力になったとしても、時間がかかりすぎる。
「代償が平民の、捨てられた赤子だった」
「等価となるのも赤子であった……と?」
「ああ。それが私だ」
急場で拵えたにしては話が詳しすぎる。
あらかじめ話を作っておいたか……。いや、国王だって全面の信頼を置ける人物ではない。あの爺さんはリルの出生を黙って、騙し続けるつもりでいたんだ。
俺に隠し事をしていたところで一つも不思議はない。
信用するしかない――か。
シンと場が静まるほど長く考え込んだ俺が、そう腹をくくった瞬間。
アランさんが自ら言葉を紡いだ。
「もっとも、私にとって日本や召喚と言ったものはどうでもいい。覚えていない世界に興味は無い。重要なことは、私が育った場所がこの世界の、かの国であること。そしてライカブルが使えること。それだけだ」
「それなら、なぜ王族を憎む」
「――――やはり、許せなかったからだよ。妻の一件が……ッ」
くそっ、やはりここで寝取られ話が出てきてしまうのか。
寝取られを真実の愛だと語られるのも困ってしまうが、人を殺すほど根に持たれるというのも質が悪い。
アランさんは唇を噛み、今でもその苦しみが続いていること表現するような顔で、声を大にした。
「妻とは幼馴染み。そして好感度はもちろん、百パーセントだった。寝取られる準備は整っていたのだよ! さあ、誰でもいい。いつでも私から寝取ってみせろ! ――――というところで、颯爽とジニ家の当代が現れたのだ。……素晴らしい。私の胸はかつてない期待と興奮に、高鳴ったのだ!!」
……………………やっぱ、この世界から帰ろう。すぐ帰ろう。連れて帰るの、そこらへんにいる虫とかでいいや。ヒロイン、虫。さあ帰ろう。




