四年
アランさんへの尋問ができるようになったと報告を受けたのは、太陽が真上に昇って昼ご飯を食べている頃だった。
東のメキシカンな雰囲気が漂うスパイス料理は個人的に好物で、結構ガッツリ食べさせてもらっている。
「サラ、リルの様子を見ていてくれ」
「わかりました」
今いる場所は、リルの眠るテントの中。いるのは俺とリル、そしてサラ。
リルが眠ってから、すでに半日以上が経過している。
これに関しては、彼女へ槍を向けた信者の中で最も軽傷な人間を問い詰めたところ――
『せめて楽に死ねるようにと、強力な睡眠薬を使った』
との証言を受けた。
強力な睡眠薬と言ったって、そもそも効果が強すぎれば薬単体で死んでしまう可能性もある。全身麻酔状態になって自発呼吸が止まることもあるからだ。
しかし味が異常に甘ったるいそうで、バレないように仕込むことができる量では、とても致死量には至らない――と。
そもそも薬だけで殺せるのなら、最初からそうしているという話だろう。
呼吸も整っているし血色も悪くない。それに十二時間以上眠ることだって、薬なんて使わなくても、疲れていたら誰にでもあり得る話だろう。
「一応、マノンにも声をかけるか」
リルの眠るテントから出て、一人で呟き、マノンのテントへ向かう。
もちろんブラックボックス化している。
「太陽神さ――」
「ていっ!」
今回は透かさず枕を投げてきた。でも、ヒョロヒョロじゃなあ。
「太陽神様!」
「せめてハヤトさんは普通に呼んでください!!」
本気で怒っている感じがする……。
まあ結局のところ、人間恐怖症の彼女がずっと神様然としていられるわけもなく。
信者の熱気を数分浴びた後、吐き気を催したような顔になって
『あの……、やっぱり少し休ませてください……』
力なくそう言ってテントへ戻った。
「無理しすぎだぞ。――吐き気、少しはマシになったか?」
「大人の男性が年端もいかない女の子にあれほど熱狂したと思えば、あと三回は吐けます」
「自分でロリって認めてるじゃねえか……」
「私はずっと認めていますけれど?」
そういや最初に会った日、『日本へロリっこを連れ帰ったら、うちの両親が世間体を恐れて家に隠す。そうすれば堂々と引きこもれる』なんて、とんでもないことを口にしていたな。
実際その通りになる可能性があるから、やっぱり今こいつをヒロインに選ぶと、俺の立場は危うくなるだろう。
「これからアランさんを問い詰めに行くんだが」
「尋問ですか」
「一緒に行くか?」
「魔法で見守らせてください。おやすみなさい」
言って、ベッドにパタリと横たわった。
まだ目の下の隈が酷いし、急に窶れた印象すら受ける。あまり無理をさせるわけにもいかないか。
「そういや、寝てる時は魔法って止まるのか? ブラックボックスが解除されるとか……」
「私のひきこもり歴を舐めないでください。この程度は寝ていても維持可能です」
「この程度って。パティに聞かれたら、また泣かれるぞ」
「十四歳のひきこもりに負ける程度の賢者なんて、わんわん泣けばいいのですよ」
こいつは本当に、パティに対する態度が厳しい。
ある意味では気兼ねなく付き合えているということなのだろうけれど。
「でも……」
しかし珍しく物憂げな様子で視線を下げると、マノンは俺が想像もしていなかった言葉を紡いだ。
「魔力量が全てではないと、思い知りました。――――犬賢者だとは思いますが……、少し、見直しています」
「へえ……。なんかマノン、大人になってきたな」
「では結婚しましょう!」
「あと四年経ったら考えてやるよ」
偉そうな言葉だ。
「本当ですか!?」
「本当だ」
――――少し、考えてみた。
幸いなことに弁護士資格というものは、超難関ではあるものの、大学を卒業せずとも取得できる可能性がある。
そして年齢を重ねてから取得するケースも、あまり珍しくない。
大学へ入るとしても、ストレートに資格取得を目指すとしても。どちらにせよ、勉強さえできればいい。
慌てて日本へ帰って、それから大学へ入ったとしても、卒業には四年以上がかかるだろう。
俺が目標を見失わずにいられるなら、日本で時間を過ごすことと異世界で時間を過ごすことに、それほどの差異はないのかもしれない。
「四年後の私は十八歳です。日本で結婚できます!」
「あとは四年後、マノンが同じ気持ちでいてくれて、俺がマノンを好きになっているかどうかだな」
「むぅ……。やっぱり本命はリルではないですか」
その言葉には答えず、俺は小さく手を振ってテントを出た。
――――自分でも気付いている。
人間は、一人の人に全ての愛情を注ぐとは限らない、と。
どんな感情を抱いたとしても、四六時中同じ人のことばかりを考えるのは難しいし、きっとそれはあまり好ましくない。
俺の中でまだ、マノンは恋愛対象ではない。
しかし間違いなく愛情を抱いてしまっている。
それが妹へ向けるものなのか、異性へ向けるものなのか、段々と曖昧になってきたことにも、気付いている。
ブラックボックスを出ると、不思議なほど爽やかな風が凪いでいた。
決めないということを、決めた。
だからだろうか。
彼女たちと初めて会った日に、相棒の女賢者と城下を見渡した時のような――。
僅かな感傷と晴れ晴れしさが混ざって、心地が良い、不思議な気分だ。
「――アランさん」
俺は救護用のテントへ入って、この事件の首謀者と対面する。
全てを終わらせて、この世界で落ち着いた日常を手に入れる。
そのためには彼と、彼の裏にあるものを紐解かなくてはならない。




