マノン⑰ 少女は成長し、○になる
アルミニウムやマグネシウムのような軽量金属がない世界で、医療用のベッドなんて持ち歩いて移動できるはずもなく。
木枠に木の板で組まれた簡素なフレームにできる限り清潔な布を敷いたベッドの上で、アランさんたちは数時間に及ぶ治療を受けた。
マノンが魔法の行使を止めると世界は夜に戻る。
しかしその行使者が彼女であることを、現場で見ていた弓使いの信者が証言してしまい……。
そちらの出来事も、まあ、かなーり問題化している。
朝を迎えて本物の太陽が世界を明るくしたというのに、マノンはテントの周りをブラックボックス化して、全身全霊を込めて全てを拒んだ。
周囲にはアステガ教の信者たちが、大挙して押し寄せている。
「マノン様!」
「どうかお顔をっ!」
「太陽神様!!」
懇願する叫び声。
――つまるところ、あまりにも強大な魔法は人智を越えているわけだ。マノンは畏怖の対象どころから、一躍して新しい神様として扱れてしまった。
しかし、ひきこもりの太陽神って。
俺は信者たちの前に立ちはだかって、言う。マノンを守らなければならない。
「皆のもの! マノン様は人間との触れ合いに慣れておらぬのだ! 静かにしなければ星が地に降り注ぎ、永遠の夜が訪れるぞ!!」
でも面白いから、ちょっと乗っておこう。
「そ、そんな!」
「昨日のメシ――いやっ、ご馳走のお礼ぐらいは!」
「太陽神様の魔法があれば、見えなくなった目も見えるようになると――!」
うーん。尾ひれ背びれが付き始めている気もする。
そもそも彼らの信仰するアステガ教は、大地神アステガの一神教だったはずなのだが。
ちなみにアステガは女性の神様とされている。大地は草木を育てるわけで、そういう役割だと女性をイメージしやすいのかもしれない。
植物が育つには光合成が必要だから、太陽も似た扱いなのだろう。
この分だと夕方頃には『大地神アステガと太陽神マノンは姉妹』とかいう噂も流れていそうだ。
ま、とりあえずブラックボックスから唯一対象外にされている者として、俺が信者の声をマノンに伝えに行こう。
黒い壁を通り抜けて、月のない夜のような中にテントが一つ。
心許ない程度の灯りが中で光っていた。
入り口の垂れ幕を暖簾のように腕で避けながら、中のひきこもり少女に呼びかける。
「太陽神様ーっ」
冗談で言っただけなのに、小さくてハードめの枕が俺に向かって投げられた。
でも腕力が無いし、運動経験も無さそうだからなあ。ひょろひょろと宙を舞った枕は簡単にキャッチできてしまう。
それを確認したマノンはバタンと寝床で横になって、ふて寝をする。
「冗談だよ」
「そんな冗談を言う人は嫌いなのです」
好感度、下がっていないけれど。
「悪かったよ。――で、どうする? ちゃんと『私は神様なんかじゃない』って言うのか、それとも……」
「ハヤトさんが言ってきてくださいよ」
「とっくに伝えたっての。でも本人の声で言わないと信じてくれないみたいだぞ」
「それは……そうかもしれませんが」
マノンも理解はしているようだ。自分の力が英雄のユニークスキルなんて軽く蹴散らせるほど圧倒的である、と。
そして彼女は俺のことをジーッと見ると、申し訳なさそうに呟いた。
「すみません。治癒魔法を覚えていないばかりに」
「気にするな。慣れてるとまでは言わないけれど、これまでにも経験はある」
腕も足も胴体も包帯だらけ。半分ミイラだ。
「あのっ、傷跡って……」
「あー。これまでの経験では半々ってところだな」
「す、すぐに治癒魔法を覚えます!」
「中央に戻ってからでいいって。なにせ死を免れたんだからな。傷跡が残るぐらいは覚悟の上というか、ほんと助かったというか」
できるだけ明るく喋っているつもりなのだが、対してマノンの表情は暗く、俯いて、消え入るような声で言ってきた。
「私では……。こんな力を持っているのに、私では、助けられませんでした」
なんか、しおらしくなっているな。
本気で落ち込んでいる姿を見るというのは、はじめてのような気がする。
「どうだ。人が死ぬって怖いことだろ?」
「そう…………ですね」
効果がありすぎたぐらいか。
昨日は生きた動物が食肉に変わるところを目撃して、あれだって刺激的すぎないか心配したほどなのだけれど。
動物を食べることは食物連鎖を考えるとごく自然なことで、必要だ。
でも人が人を殺そうとして槍や弓で攻撃し合う状況なんてのは、自然とは言いがたいものがある。
ましてや必要というわけでもない。
俺は王位継承選におけるマノンの最強チート戦略が真っ当であるか、問う。
「大陸中の人間を殺すと脅して、王位を得る。――マノンはそうやって王の座に座って、満足できそうか?」
すると十四という年齢以上に幼い容姿の少女は、ふるふると首を振って、長い髪を左右に揺らした。
「汚い大人と同じことをして、自分のやりたいようにするなんて、絶対に嫌」
魔法の才を勝手に恐れられて王族から両親を脅されていたマノンは、大人の多くを『汚い』と表現する。
それはカジュアルに金銭や性的な意味合いを含むこともあれば、重たい意味で権力者の欲深さを指すこともある。
今は後者の、重い意味合いを示しているだろう。
自分のやろうとしていることが、どれほどの悪事だったかに、自分で気付くことができた。
俺はマノンのそばへ寄って、布を重ねた寝床に腰を落とし、目線をほとんど同じにして頭を撫でた。
「偉いぞ。俺はそういう人のほうが好きだ」
「好き――と言っても、リルよりは下なのですよね」
「別に順位づけたりはしていないって。そこまで失礼な人間じゃないぞ」
「でも、見ていればわかります」
「まあ…………、うん。マノンを恋愛対象として見るためには、もう少し時間が欲しいってのは本音だ」
もしも、あと数年でも歳が近かったら、どうだったのだろうか。
もしくはリルと同じ年齢だったら?
ひょっとしたら俺は、年齢で物事を考えすぎているのかもしれない。
でも、なんとなく――――。
なんとなく今の展開は、マノンが身を引くようにも感じられた。
俺は今、ひきこもって社会経験を積めなかった一人の少女が大きく価値観を変えていく姿を、目の当たりにしている。
「安心しろ。俺は誰かが不幸になるような形で元の世界に戻るなんて、しないから」
「……不可能ですよ」
「人生の中で好きになる相手が一人だけってことは、かなり珍しいと思うぞ。特にマノンには……。同年代とか、もっと広い範囲で人と付き合うようになれば、俺より良い人はいくらでも見つかるはずだ。――――んで、これだけ可愛けりゃ、大丈夫だ」
「むぅ……。それっ、もう完全にフラれている言われかたではないですか!」
「そんなことはない。ただ、年の差は変えきれないだろ?」
「年の差なんて、その程度のことがなんだと言うのですか!!」
あれ……。意地になって怒り始めた。
なにか対応を間違えたような気がする。
「いいですよ! 決めました! 私、やっぱり王になります!」
やっぱり間違えてた!
「王になって、あと数年はハヤトさんにこの世界にいてもらいます!」
「ど、どうした急に。汚い手を使うのは、もうやめたんじゃないのか?」
「汚い大人になんてなりませんよ! 見ていてください!」
言うとマノンはバッと立ち上がってスタスタと出入り口まで歩き、ガバッと垂れ幕のような仕切りを開けて外に出ると、そのまま光を閉ざす魔法を解除した。
「み、みみーみみっ皆の者! よぉよ、よく聞け!」
そして声を張る。
後ろから見てもわかるぐらい、全身が震えているが。
「わたっ、わたちは太陽神マノン! この大陸を真の統一へ導く者である!!」
急な宣言に、彼女の登場を心待ちにしていた信者たちが前から順にドオオオオオっと地鳴りのような声を上げて、轟音を響かせた。
「おい、いいのかよ」
「これでいいんです! 私は本当の意味で、希望の光となって王の座を射止めるんです!」
「お、おう……」
なんだろう。
それは凄く正しくて、最高に素晴らしいことなのだけれど。
チートに肯定材料を与えただけのようにも思える……。
「ふえふえふえふ。皆の者、私に付いてくるがよい」
「「「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」」」
ヤバいな。間違いなく支持率百パーセントを得ている。
…………ま、希望で民衆を導かれるのなら、仕方がないか。
俺も覚悟を決めるしかなさそうだ。




