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かの天才は、出番がなくても英雄を救う

 ライカブルは英雄にだけ与えられた、絶対的なスキルだ。現在の好感度や変動を知ることができれば、人心掌握は()(やす)い。

 そして目の前で死んでいく人の特技を一つだけ継承できる、クロシード――。

 二つのユニークスキルは確かに強力だ。他の人間にはないのだから、チート級という表現でも問題はない。


 だが、絶対ではない。


 命がけで戦う対価がヒロイン一人と、日本への帰還。

 そのために与えられたスキルと『装備』。



「痛ってぇ……」

「――なんだ、それは」



 俺は心臓を貫いたはずの矢をズブリと抜き取る。



「……パティっていう、天才賢者がいてな。そいつは僅か十二歳の頃、賢者と認められるために『魔法の装備』を作り上げた」

「バカな。心臓を()()かれて死なない魔法など、存在し得ない!」

「発想の転換だ」

「なに?」

「普通、死なないために射貫かれた事実ごと消そうとする。――だが天才の考え方ってのは、少ない魔力をどう()かすかに限定されているんだ。急所の損傷を避けるという、ただその一点を重視している」


 腕の何カ所かでファスナーを開けるかのように皮膚が切開していき、中からジワリと血が(にじ)()てきた。

 すぐに足や背中に広がって、全身に裂傷を負った状態となる。

 更に額まで切れたのか、鼻筋を血が伝って、ポタリと地面へ垂れ落ちた。


「装備が壊れた瞬間に、ダメージを全身へ分散させた……? そんな……、賢者ごときの魔法で!」

「俺の『大切な相棒』を、ごときとか言ってんじゃねえよ」


 服を破いて、その下に付けた装備を見せる。

 心臓に、両の肺。腸。損傷すると死に至る部分に当てた薄い金属に、それぞれ歪な魔法陣が描かれている。

 曰く、円形では収まりきらなかった――と。彼女の脳は、正円を基本にして至高とする国の歴史や成り立ちすらも、飛び越えていたわけだ。


「ま、問題もあるんだが……」


 本来なら、自分で行使する魔法には、自分の血で描いた魔法が最適。

 だがこの魔法陣は、俺とパティ、二人の血を混ぜて描いている。

 ……つまるところ、行使者は二人いる。

 今頃はパティの身にもダメージが及んでいるはずだ。それが効果を最大に上げる最適な手法であり、これ以上この装備を増やすことができない理由でもある。パティの身が持たない。


「さて――」


 俺の横には、心配して駆け寄ってきたマノンがいる。

 一時は顔面(そう)(はく)になっていたのだが、俺が血を流しながらも命こそ無事であることが解ってからは厳しい顔つきで、それこそ今にでも殺しそうな目でアランさんを睨んでいた。


「マノン。空に太陽を作れるか?」

「太陽――。はいっ、全力で構わないということですね!」

「さすがに目潰しされちゃ(かな)わん。全力で強く、そして高く打ち上げてくれ」


 (いん)(せき)を振らせるほどの力を持つのなら、高度もかなりのものにできるはずだ。


「わっかりました! ラジャです!!」


 マノンが両手をパンッと合わせて、次いで離す。すると手のひらの間に光の球ができて、それをスッと浮かせて空へ向けて加速させた。

 十分な高度に達すると、強烈な光を放射する。


「おおっ。こりゃもう真昼だな」


 突然明るくなった世界に対してアランさんが困惑し、弓を放った信者も俺が生きていることと突然浮かんだ太陽のような存在に膝を崩して、(おそ)(おのの)いた。

 ほんっと、改めて常識外だな、こいつは。

 全力を出すマノンの姿というのは、サラに放った隕石魔法に続いてこれが二度目だ。


「サラッ、戻れ!」


 そしてザワザワといくつもの声が鳴り始めて、多数のテントから湧くように人が出てきた。


「……んぁ? なんだこりゃ、もう朝か」

「朝じゃねえな。太陽が真上にある」

「飲み過ぎて寝過ごした……ってわけでも無さそうだが」

「夢――――か?」


 全ての人が驚きと共に、不思議な現象に戸惑いを織り交ぜている。とはいえドラゴンのような明らかな驚異がいないからか、軽く狐につままれたような様子だ。

 そのうちの一人、昨日マノンの料理を最初に食べた無精ヒゲの男性が、アランさんへ近づいた。


「どうしたんですか――。ぬぁっ、その傷は!? それに、あいつらも」


 あいつら、というのは俺たちではなく、倒された三人の信者。槍を持ってリルを殺そうとした人たちを指しているようだ。

 この人は昨日、俺への好感度を九十パーセント程度まで上げておいた。


「まさか、英雄様が……?」


 そう。このぐらいの好感度となれば、仮に彼がアランさんへの好感度を百パーセントにしていたとしても、『迷い』が生じるはずなんだ。

 どちらを信じるほうが正しいのか。それとも自分の目と認識が間違っているのか、と。

 だから間髪を入れずに言ってやる。


「うちのリルが寝込みを襲われそうになった」


 しかしアランさんは反論する。


「違う! 状況をよく見るんだ! こいつらが全部やった!」


 だが、(つたな)いな。


「そうだ。よく見てくれ!」


 俺はアランさんの打った悪手を利用して、彼に状況の把握を促した。


「俺たちの中で、長い槍を扱えるのは俺だけだ! それなのに、ここには何本の槍が落ちている!? そしてこの血が付いた矢を放ったのは、どこの誰だ! 弓を持っているのが誰か、自分の目で確かめるんだ!」


 判断は、あくまで本人に促す。

 真正面から説得を試みれば、好感度が高いほうが勝つ可能性が高くなる。だが自己判断は両者の好感度を簡単に上下させて逆転させるんだ。

 自分の目よりも信用できるものなど、存在しないのだから。

 大軍を代表するかのように、無精ヒゲの男はアランさんに問う。


「アランさん……。大地神アステガに誓って、答えてくれ。あんた――っ。あんた、自分の娘を殺そうとしたのか!?」


 そして東半島の人々は忍耐強く、情に厚い。

 続けて、俺に酒を飲ませて身の上話を語ってくれた男性が、前へ出てくる。


「俺たちは戦争がしたいんじゃない。アステガ様への信仰と、家族を守りたいんだ。守るべきものがあるから戦う――。なのにアランさん、あんたは十何年も放っておいた娘を――ッ!!」


 完全に『好感度の形勢』が逆転したようだ。

 上がるときはジワジワと。

 落ちるときは一瞬。

 人間の感情ってのは、割とそんなものだ。もちろん一瞬で落ちるには目を疑うほど酷い理由が必要になるのだが、今回はその理由があった。


「問い詰めたいのは俺も同じだ。だけど今は、手当を優先させてくれ!」


 俺はアステガ教の信者たちへ()()(にん)の救護を頼んで、リルが薬で寝ている状態であることを数人の信者と共に確認した。

 体を揺すっても起きず、一瞬「まさか――」と思ったが、息はしっかりできている。無理に起こすよりも、観察を続けながら自然に起きるのを待ったほうが良いと判断した。

 アランさんの治療が終われば、尋問の開始だ。全ての裏を吐かせてやろう。

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