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英雄、ドラゴン、異能。そして勘違い。

...最強×最強×最強 そして勘違い


 中央への侵攻を(たくら)む、アステガ信者たちの陣営。

 そこに十メートルを超える(たい)()のドラゴンが姿を現した。

 更に翼を広げると、大きさは数倍に映える。サラは(たぎ)る炎のような目でギロリとアランさんたちを見下ろし、(にら)んだ。


「ひぃ――っ」

「ば、化け物が……」


 リルを殺そうと(やり)を持っていたアステガ信者が尻餅をついて、情けなく後ずさる。


「マノン。ここにいろ」

「はいっ」


 俺は即座に信者へ走り向かって、避けづらい上半身の中心――みぞおち――を狙い、足の裏で思いっきり蹴った。

 信者は「ぐあっ」と声を出して飛ぶように後方へ倒れると、手にしていた槍を手放してくれる。

 それを奪った俺が、槍の切っ先を喉元へ突き付けた。


「殺されたくなければ、引け」


 そう口にした瞬間、脳の中で走馬灯のような記憶の再起が起こり、同時に「しまった――」と後悔の念が生まれる。

 東半島で大量の血が流れたのは、彼らが(じゆん)(きよう)(いと)わなかったからだ。

 残った信者が、震える足のまま俺に向けて、槍を突き付けてくる。仲間の命を救うよりも、俺の命を奪うことを優先した行動だ。これが怖い。

 だがそんな彼であっても、サラマンダーを見て(おのの)いているのだろう。切っ先は不安定に大きく揺れ動いていた。

 とは言え、動けば一思いに刺されるだろう。

 身動きの取れない俺に対してアランさんがパチパチと手を打ち鳴らし、仲間を(たた)えながら言ってくる。


「さすがです。――さて、ハヤトさん。あのドラゴンを収めてもらいましょうか」

「俺にメリットがない。刺違えても良いと考えているのが自分たちだけだと思うなよ」

「それは勇ましい。……しかし私の狙いはリルだけです。英雄様とそのお連れに手出しをする気はありません。まあ、信者一人と引き換えにここで死にたいのであれば、私はそれでも構いませんが」

「仲間の命は無価値かよ」

「まさか。英雄様と王族を殺せるのならば、彼は素晴らしい殉教者となります」

「死に素晴らしいもなにもねえよ」


 困った。動けるサラとマノンは、火力がデカすぎる。攻撃してもらったとして、巻き添えで俺とリルまで死にかねない。

 ――――だが隙はある。

 動揺が収まらないうちに突かせてもらおう。


 動けない間にもう一人槍を突き付けてきて、左右から槍の切っ先を向けられてしまった。

 しかし脱出は単純だ。要するに、この切っ先が自分に当たるよりも速く動くことができれば良い。

 動揺していては本来の反射神経など出せるはずもない。

 俺は軽く脱力して体重を大地に預けると、そのまま反発を受けて後ろへ飛んだ。


「なっ!」


 慌てて突き刺そうとした二人が、お互いに槍を突き付け会う形で急停止する。

 ちゃんと斜め後ろから当てるまで突き付けられていれば、こう簡単には逃げられないのだが――。

 彼らの弱点は、そこにある。

 戦闘のルールや作法のようなものが、混乱時に自動発現するほどには、訓練されていない。

 本物の兵士ならば動揺していても身についたクセで動ける。


 そのまま槍を長刀(なぎなた)のように()いで左の信者を狙い、膝の皿に当てると、痛そうに(うずくま)ってくれた。

 慌てて間合いを詰めてきた右の信者には、槍を捨ててこちらからも間合いを詰めて、まずは驚かせる。

 次いで足下を払ってバランスを崩させると、柔術を使って押さえ込むように制圧。最後は顎先に一発拳を落として、戦闘不能に(おちい)らせた。

 あとは武器を持っていないアランさん。そして俺が槍を突き付けていた殉教覚悟の信者。

 お互いに近場で転がる槍を持って(たい)()すると、死を(いと)わず向かってきたところでカウンターアタック。

 太ももを貫かせてもらった。


「あぐっ、ああああああああああああッッッ!!」


 痛くても我慢してもらうしかない。人を殺そうとして失敗したんだ。自分の命を奪われなかっただけでマシだろう。

 武器を持たないアランさんがまた、パチパチと手を打ち鳴らす。


「なるほど。英雄と呼ばれるだけの力は持っている――ということですか」


 なぜ、この状況で余裕をひけらかせる?

 まだ見せていない手があるのか……。それとも降参か。

 疑問に思った瞬間、俺の視界からアランさんが消えた。距離は保っていたから、見失うことはないはずだが――。

 これがこの世界の厄介なところだ。微妙な魔法が存在して、学問としての体系化も進んでいる。だから賢者がやるように『未知の魔法』を開発されてしまうこともある。


「大地神アステガって、魔法を禁じているんだろ!」


 とりあえず叫んでみたが、返答はない。

 しかし妙だ。姿を消すなんて、いくら創意工夫をしたとしても並の魔力では達成できないように思える。

 異常魔力のマノンならともかくとして――。

 少し待って神経を研ぎ澄ませても、やはり気配はない。

 足音がするとか、陰が揺らぐとか、そういった一切が起こらない。

 もしも姿を消すだけでなく周囲へ与える影響ごと無くなっていたら、相手は透明人間だ。そんなもの、こちらに勝ち目がないわけだが……。

 透明になれるのなら、最初からなっているだろう。

 俺はこの世界最強の魔法使いであるマノンへ、指示を送る。


「――――マノン、盗撮魔法の映像をアランさんのいた場所へ」

「ラジャなのです!」


 たった一秒ほどの間で、アランさんのいた場所が光に包まれる。

 その中、明らかな人影が浮かび上がった。次の瞬間にはアランさんの姿が完全に(あら)わとなる。


「なっ、なんだこの光は――!?」


 ()(ろた)えたところで()()ぐ距離を無くし、そのまま太ももを突き刺した。


「ぐぅ――ッ、ああ!」

「良いことを教えてあげましょう。明るさは光子(フォトン)の数で決まります」

「……なんの話だ」

「昔、仲間の賢者が言っていたんですよ。『太陽は最強の光』だと。つまり太陽のように強烈な光は光子(フォトン)が桁違いに多い。それを全てコントロールするなんて、人間業ではない」


 但し、よほど特異な存在――マノン――でない限り……だが。


「では、あの光を発する魔法はなんだ!?」

「教える義理はありません。――この騒ぎで起きないと言うことは、リルを薬で寝かせましたね? 信頼しているところに睡眠薬入りのジュースでも飲ませたのでしょうか。……卑劣な手段だ」


 しかし万に近い人間がいたのに、リル殺しの実行はアランさんを含めてたったの四人で行われている。なぜ、ここまで少ないのか……。


「俺には今、二つの選択肢が用意されています。ここであなたを殺して、リルを連れて逃げる。そのまま中央の人間と合流して、再び東半島を統一――いえ、今度は完全に制圧してみせましょう」

「多くの血が流れるぞ……っ」

「これだけの人間を従えて戦いへ赴く人間に、言える台詞(せりふ)ではありませんよね」


 問題は山積されている。

 教皇が生きていること。酒場の店主と密会していること。

 そしてリルを――せっかく再会できた実の娘を、殺そうとした理由。

 もう一つの選択肢である『(きつ)(もん)』を口にしようとしたところで、アランさんが口を開いた。


「召喚魔法によって、人知を超えた兵器を手に入れる――。そこまでは想像の範囲内だった。ドラゴンの話も耳にしている。……だがまさか、三人目までいるとは」


 一人目が俺、二人目がサラ、三人目がマノン――。そう言いたいのだろうか。

 だがマノンは召喚された存在ではなく、単なる例外的な事例(イレギュラー)

 この場で勘違いをするということは、彼女の情報までは漏れ伝わっていない。

 ひきこもっていることが功を奏したかもしれないな。


「ふふっ、はっはっは……」


 不敵に笑うアランさんに対して、俺は最大級の警戒をする。

 死の間際で笑う人間はもう、その時点で異常者だ。なにをするか(わか)らない。

 ――アランさんはニヤリと口角を上げて、軽妙な調子で語り紡ぐ。


「『死の魔法』さえあれば――。そう思ったのだが致し方ない」


 あれば……? 殺すのではなく、脅して都合よく利用する気だったということだろうか。

 再会した親子に水を差しては悪いと思って、夕食の場で俺は、二人だけで話をさせていた。

 しかしリルは、そんなことまで一気に話したのか?

 ……いや、あの魔法は偽りということになっているはずだ。彼女が(しやべ)ったのなら、その部分まで伝わっていると考えるほうが妥当。



「誰から聞いたのでしょうか?」


「私は王族を皆殺しにする。そのための情報も十分に得ているつもりだ」


「リルの名が王族の中にあったことも、最初から知っていた――?」


「もちろんだ。顔まではわからなかったが」



 情報流出については、密会していた酒場のお姉さんと現教皇にかなり深い怪しさがある。

 しかし俺たちだけが知っていて、彼が知らない情報もそれなりにありそうだ。

 特にマノンの存在と、リルの魔法は――。


「黒幕は教皇か?」


 確信までは持てていない。それでも、この質問は恐らく、正解だ。


「……察しが良い。それも戦場で生き残る()(けつ)か」

「誰から教わったわけでもないが、なぜか勘だけは働くんだ」


 俺が唯一自信を持てる、クロシードの継承ではないオリジナルの力。

 勘なんて頼りにしてはいけないものだけれど、どうにもこれがよく働いて、幾度となく助けられてきた。

 二の句を継いで、核心を問う。


「血を分けた娘を殺すことも、最初から決めていたのか?」

「もちろんだ。全ての信者を平等に見るためには、実の子など邪魔になるだけ。むしろ王族であったことは幸いだったと言える」

「似たような台詞、中央の次期教皇も言っていたぞ」


 俺が皮肉を込めて言葉を放った直後、物陰から弓矢を構えた信者が一人現れた。

 しかし瞬時に確認した好感度は百パーセント。完全に好意しか抱いていない相手を射殺すなんて事は、できやしない。


 ――――はず、だった。


 放たれた矢は直線軌道で俺に迫り、左胸を貫く。

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