飲食代で通りませんか?
いつの間にか夕刻。
城に帰って、再び王座の間に入る。
「ちーっす」
もう国王を敬う気はこれっぽっちもない。
重い扉を近衛兵に開けてもらい堂々と、そのまま王座の周りまで歩く。
まあ、すでに先客がいるようだが。
「あなたは王族なのですから、この国に留まれば良いんです」
「あんたこそ、一生小屋に引きこもっていれば良いのよ」
彼女達が啀み合っている理由がわからない。
いや百歩譲って、日本での引きこもり生活を目標に掲げるマノンの事情を理解したとしよう。
だがリルは、意地になって張り合う必要はないと思うのだが。
俺がどこか他人事のように二人を眺めていると、ドンッ、と鳴らして、国王が馬鹿でかい宝石付きの杖を厚い絨毯に突き下ろした。
「静粛に! リルは王族じゃろう。一国民を相手に余裕を失うでない」
急に威厳を発揮して声音を低くした国王を、俺は目を半眼に細め、冷めた感情でジーッと見る。
「マノンちゃんも、ライフラインを止めるぞ!」
「……くっ」
マノンの弱点はライフラインの停止か。
確かに、引きこもることを前提としているならば――。仮に図抜けた魔法の才が国を滅ぼすレベルだとしても、滅ぼした後にライフラインを再開させるには多大な労力と犠牲を払うことになりそうだ。
面倒くさいことに変わりはない。
「――して、英雄ハヤトよ」
「なんだ」
だが俺に脅される要素はない。
ライフラインなんかいくらでも止めてもらって結構。
各所の町に滞在している間を除けば、旅路にそんなものはなかった。サバイバルにだけはやたら強くなったんだ。
第一――、
「すぐには日本へ帰らないとして――。其方は、どうやってこの国で生活するつもりじゃ?」
「生活? そんなもん、国の金で……」
俺はこれまでの五年間、国王の赦しを得て、国の金を自在に動かしてきた。
個人の財布などという小さな価値観は、とっくにない。
「なぜ統一を果たした後まで、其方に国費を使わせねばならん?」
「――なっ、ジジイ! 汚えぞそれは!」
そんなことをされては、個人の財布を持ち合わせていない俺は本気で生活が成り立たなくなる。
大体、英雄をぞんざいに扱うなんて――。
「聞くところによると其方、諸国統一の最中に随分と派手な遊びへ金を費やしたそうじゃな。キャバクラ……正確にはコスパブ、ランパブ」
「な、なぬなななんのことでしょうか!?」
マズい。何故そんな情報が漏れた!?
なぜか、夜のお店へ遊びに出向いていたことが国王にバレている。
俺はハッと気付いて、国王の傍で侍従のように畏まって立ち尽くすパティを睨んだ。
「パティ、お前ぇ……」
この中でそれを知っているのは、こいつだけだ。
パティはふいと視線を逸らして、わかりやすい態度で知らない振りをしている。
長い旅路には息抜きも必要だ――と言えば理解してくれたから、『なんだこいつチョロいじゃん』って思ってたのに。
「パトリシアは権力に弱いからのう。あっさり供述してくれたわい」
国王から見てもチョロいとは考えていなかった。
一応こいつ賢者だし、俺の言い分にも正当性はあるわけで、ついでに言えば店内での出来事なんて知るわけがない。
じゃあ少しは気を利かせるだろう――って、思い込んでいた。
「特に十八になってからの三年間は、立ち寄る町々で女性に金をばらまいて豪遊。二十歳になってからのここ一年は酒に酔うと、おさわり禁止の店で金を見せ付けて強引に抱きつき女性の胸に顔を――」
「ぬぁぁぁぁぁっ! もういい! わかったからそれ以上は言うなぁぁぁっ!!」
なんで事細かに伝わっている!?
パティか? まさか俺が楽しむ姿をどこかから見ていたのか!?
「――――ふむ。しかしの、税金の不正使用、横領――――普通なら、ギロチン台で刎ね首じゃよ?」
この中世めええええっ!
心の中で叫んだ瞬間、俺はあることに気付いた。
リルとマノンの……、特にマノンの好感度が目に見えて減少している。
――汚い大人は嫌い。
「ちょ、マノン? これは違うんだ! その――っ」
「は? なぜ私に謝るのですか? 私は引きこもるためなら多少薄汚れた大人が相手でも我慢しますよ」
「ぐふぅ――」
十四歳に言われると心に堪えるものがある。
「私は別に、お店ぐらい好きに行けばいいと思うけれど。……お店と寝取られは、ちょっと違うのよね」
リルは論点がずれている気がする。
こいつの好感度を回復させる気が起こらないのは何故だろうか。一応命が懸かっているというのに。
まあ大して減ってもいないし、放って置いてもいいだろう。
ほんとネトラレ願望さえなければ良い奥さんだったかもな、こいつ。
「――し、しかし国王、俺、いや私は大陸制覇を果たし――その…………だって、だって五年ですよ!? たまには息抜きも必要じゃないですか!」
俺は自己を正当化し、声を張って主張した。
間違ってはいないはずだ。
「うむ。其方の主張は簡単に否定できぬものじゃ。息が詰まって大陸制覇に失敗されたほうが、国の損失は大きいからの」
「そうです! つまりこれは必要経費と呼べるわけで、福利厚生というか、その――――っ」
「内容の問題じゃ」
「はい……」
そこを指摘されると立場がない。
しかしパティは何故、店内での出来事を知っているのだろうか。
一度も連れて行った覚えはない――というか露出多めの女の子と楽しく会話しながら酒を飲む店に、多感な年頃の女の子を連れて行くわけがない。
酔っ払ってうっかり話しちゃったのかな……。
「大陸制覇の英雄がこの振る舞いでは、評判が下がる一方じゃ。今後、国費の個人利用は禁止とさせてもらう」
「で……でも俺は、まだヒロインを――。それじゃ生活は……」
更に俺の言葉を無視して、二の句を継ぎ始めた。
「――しかし其方がすぐに日本へ帰ると踏んで、その程度の噂なら揉み消せると高を括り見逃していたことも事実。更に其方を帰れない状況にしてしまったことに関しては、ワシにも落ち度がある」
おっ、ようやく国中の美女をネトラレ属性に変えたことが間違いだと気付いたか?
「日本に帰れば嫁となる者をすぐに選べ、というのも無理がある。まだ若いのじゃ。せめてもう少し互いを知り、互いの良さに気付いてからでも遅くはないじゃろう」
「は、はあ……」
説法のように言われているし、その言葉自体に反論はないのだけれど、お前も論点ずれてるよ?
そもそもリルにネトラレ属性が叩き込まれていなかったら、即行で連れ帰っていたという話なわけで。
まあ、その場合リルの素の性格に気付けず日本で苦労しただろうから、結果的にはこれで助かったのかもしれないけれど。
「そこで其方達には、生活を共にしてもらおうと考えておる」
国王が放った言葉に、俺だけではなくリルやマノンも驚いた。
「ちょっ、お祖父さま!? ネトラレを理解しない者となど――」
「引きこもれないなら、城もろとも粉々にするよ?」
うーん。今の発言だけを聞いても、こいつらと生活を共にしたところで互いの良さなんてわかり合えない気がする。どっちも勘弁願いたい!
「リル、これは国王命令じゃ」
「そんな……」
威厳を効かせた国王に対してリルは承服しがたいという表情を見せたが、すぐにシュンとして俯き、それ以上は反論しなかった。
ほんと王政って……。
「そしてマノンちゃん。……城にはいくらでも引きこもれる部屋がある。新居を拵えるまではそこに居着いてもらって、構わんのじゃよ」
「三食昼寝付き?」
「当然じゃ」
「なら大丈夫。――城と命は大切に、ね?」
怖いわ!
マノンは一々脅しを入れるところがある気がする。この子、本当に十四歳なのかな。
「第一じゃな、二人の仕掛けた魔法の結果でハヤトに死なれると、契約不履行でワシまで死ぬ可能性があるのじゃ。それは困る」
あー、なるほど。最終的にはそこに行き着いたわけか。
ネトラレを叩き込んだ国王は契約不履行で死にたくない。
ネトラレを叩き込まれたリルは国王命令に逆らえないようだし、俺に選ばれなかったことへ反感を持つ程度にはプライドも高そうだ。
日本で引きこもりたいマノンに諦める気配はない。
俺は死なない程度に二人の好感度を上げつつ、できれば――、いや、絶対に二人以外のヒロインを見つけ出したい。
「……妙な利害関係が一致してんなあ」
一言だけ呟いて、俺は諦めの境地に達した。
この際だ、日本に連れ帰る一人を厳選するという一点以外は妥協するしかない。
王族の令嬢と国を破壊できる魔法使い。そして英雄。
大人しくしていれば悪いようにはされないだろう。…………多分。