文化が違う人と一緒にいると妙なテンションになることもある
さすがに全員が全員毒を疑わないということはないのか、俺とマノンの合作料理に無精ヒゲを生やした男性が一人名を上げて、「俺が先に食う」と言い出した。
自ら毒味に名告りを上げるのだから、見上げたメンタルだ。もちろん毒なんて入っていないけれど。
この世界の毒は多くが神経毒で、独特な刺激がある。
ナイフで切り分けられた肉を手で一つつまんで、恐る恐るといった様子で緊張を見せながらゆっくり頬張った。
「んぐ………………んぐ、んぐ……、んっ、美味い!」
その一言で、一個師団を超える人数が『おおっ!』と沸いた。
マノンの表情を見ると、嬉し恥ずかしといった感じで、満更でも無さそうだ。
次々と「俺も」「いや俺が先だ」なんて人が押し寄せて、どんどん肉が無くなっていく。
「マノン、嬉しいだろ?」
「…………ま、まあ。ほんの少し」
少し、ねえ。そんな風には見えないけれど。
「料理が好きで腕もある。将来は料理人にだってなれるんじゃないか?」
「なりませんよ?」
くそう。少し考えかたが変わってくれたかなと期待していたのだが、やはりひきこもり願望は強いままか。
「でも、ハヤトさんには食べさせてあげます」
「ん?」
「だから――っ。私が作る美味しい料理、誰にも食べさせないでハヤトさんにだけ毎日作ってあげるって言っているのです!!」
「お、おう……」
別に誰にも食べさせたくないなんて独占欲は、俺には無いのだけれど。
二人でひきこもりましょう、なんて言い出すマノンには、そういう欲があるのかもしれないな。
そんなことを思っていたら目の前に一つ、お猪口のような陶磁器のカップが差し出された。
中には透明な液体……。
独特の香り……。
ごくり。
「英雄様も一緒に!」
「い、いいんですか?」
「もちろんです!」
相手は中年男性。好感度はほぼ百パーセントで、毒を入れるには高すぎる。
周囲を見回したって毒を仕込みそうなほど好感度の低い人間は一人として見当たらない。
念のため一口目は舌に付ける程度にして――。
ごくり。
「ぷはーっ」
「おお! 結構いける口なんじゃないですか?」
「いやー。久々に飲みましたよ。住むところはあっても、結構心許ない生活をしていたんで」
「英雄様が、お金に困っているんで?」
「まー、色々ありまして」
内政に関与している間は国のお金を不自由なく使わせてくれるという話は、国王の退位で無かったことになってしまった。
そうすると自分の使えるお金がないわけだが、とりあえず住居はレイフさんの厚意でどうにかなった。
リルはまだ王族だから、普通に暮らす程度なら余裕でお金を引っ張ってこれる。
――――でも、今のリルに王族だからお金を引っ張ってこいだなんて、言えるわけも無く。
マノンは元々それほど豊かな生活をしていなかったし、実のところ俺だってサバイバル環境に慣れすぎた。
時々サラを引き連れてツタを焼き払うバイトをしたり、リルも接客業をこなしたりして、日銭を稼いでいたんだ。マノンは基本的に自宅警備員(最強)だが、家事手伝いと呼ぶには十分すぎる働きもする。
みんなで頑張って生活を成り立たせていた。
その中から俺だけが酒を飲むとは、やっぱり言い出せず……。
「うぐぅ、ひぐっ――」
「ど、どうしたんで!?」
「なんで十字大陸統一なんてやり遂げたのに、俺、酒の一杯すら我慢してたんだろう……って」
「そ、そうか……。英雄様にも色々、あるんだな……」
味としては日本酒に近いのだろうか。
香辛料の効いた料理と合うキレのある味わいに、俺は精神的屈服を喫した。
――――と、まあこれは本音だし、あまりの衝撃と理不尽さに鼻を啜ったことも偽りなく事実なんだけれど。
涙というものは人の情を解すに当たって、最強の武器なんだ。
俺に酒を渡した中年男性は視線を斜め下へ落として、わざわざここで打ち明ける必要の無い私情を語ってくれた。
「うちも、嫁が酒を嫌っていてなあ。滅多なことじゃ呑ませてくれねえんだよ。酒は大地神の恵みだってのに。――――でも、ここに嫁はいねえからな! それに、しっかり戦って……生きて帰って…………そうすりゃ、祝い酒ぐらい」
言いながら、男性も鼻を啜り始めた。
「俺は結婚をしていないので、わからないこともありますけれど……。奥さんの待つ家に帰って、支度された夕飯を食べて――って、きっと凄く幸せなことなんだろうなあって思います」
「――――二歳の娘がいるんだ」
「なおさら、生きて帰らないといけませんね」
「……ああ」
命がけの戦いを前にしていると、こういう雰囲気になることは、そう珍しくない。
むしろ勝ったあとの宴だって、死んでいった戦友に想いを馳せて、今のような空気に変わることはある。
でもこの空気を共有すると、不思議と気持ちが通じ合ったような感覚を得るんだ。
そして――
「おいおいっ、湿っぽいことばっかり言ってんじゃねえよ! 折角の美味いメシと美味い酒が不味くなっちまうだろ?」
こうしてムードメイカーのような人が現れる。
俺は今、しんみりした感情を持っていると思われているわけだ。それは好む人もいるし、嫌う人もいる。だがここで、
「――そうですよね! 神様の恵みを美味しく頂かないなんて、罰当たりになりそうですっ」
「おうよ!」
更に酒を一杯ついでもらって、ぐびり。
「――ぷはっ。美味い!」
「それでこそ英雄ってもんだぜ」
これで俺は、英雄なのに親近感が湧く事情を抱えていて、ここにいる人たちの背景を理解し、それでも吹っ切って明るく振る舞える人間となったわけだ。
周囲を見回すと、全体的に好感度が上昇している。
アルコールが入ることは交渉ごとにおいて致命傷とも成り得る。しかし交渉再開は明日。今は彼らの好感度を満遍なく上げることに努めたほうがいい。
「ハヤトくん、あんまり飲んじゃったら……」
「そうですよ。どうして説得する相手と一緒にお酒を飲むのか、理解不能です」
リルとマノンはまだお子ちゃまだからなぁ。
「じゃあリルも飲むか? この国の法律じゃ飲める年齢だろ」
日本ではアウトだけれど。
「はぁ……。誰かさんの介護をしないといけないかもしれないから、やめておくわ」
こいつ、ほんと良い嫁さんだな。
マノンは当然、飲めないわけで……。
「――サラ、お前、歳はいくつだ?」
「二万六千歳です」
「よしっ、成人だな。ほれほれ、お前も飲んでみろ。きのこより美味しいぞ」
「きのこより!?」
急に興味を示したサラが、目の前にトンと置かれた酒をグビッと飲みほす。
「ちょっ、それ水で割ってない――――っ」
原酒を口に含めて、ごくり、と喉が鳴る音が聞こえた。
次いで――
「ゴバァァァァァァァァァァッ」
火炎放射。
「さ、サラ……?」
「引火してしまいました」
「そういやお前、炎のドラゴンだったな」
戦場へ持っていく酒は大抵が、原酒のままではアルコール度数が高い。
しかしこの火炎放射がやたらと受けて、しばらくサラは炎のドラゴンとしての力を(宴会芸人として)披露し続けた。




