マノン⑮ にく!
縦に十列。細長いテーブルが並んだ場所の中央手前側で、俺たちの席が用意された。
足の長いテーブルや椅子なんてものは荷物以外の何物でも無いから、こういう場合は決まって地面に敷かれた荒いシートの上に座る。
「よっこらせ――っと」
「ふふっ。ハヤトくんお爺ちゃんみたいだよ」
あれからリルはずっと上機嫌。
「ハヤトさん。東の料理って辛いスパイスが多いと思うのですが」
「マノンは辛いのが苦手か?」
「はい」
「じゃあ早めに伝えておいたほうがいいな。――――あ、いや、ちょっと待てよ。マノンの持っている香辛料、今こっそり取り出せないか?」
「はあ。問題ありませんけれど」
言うと左手の前に小さなブラックホールのようなものを生み出して、そこへ手を突っ込みごそごそと……。
手当たり次第に取り出しているのか、どんどん出てくる。
「よしっ、マノン。調理場に行くぞ!」
「うえ!? 嫌ですよそんな、人のいるところ」
「ここのほうが人が多いっての」
「まあ……そうですけれど」
しかしよく考えてみると、こんなに大勢の前に出て大人しく座っているだなんて、マノンにしては頑張っている。
成長を感じるところだ。
「な、なんで頭を撫でるのですか」
「いやぁ。成長したなあって」
「子供扱いしないでください!」
「子供だろ」
「ハヤトさんだって大人になれていないじゃないですか!」
「ぐっ……。そういう意味じゃねえよ」
「ふんっ。成長しない子供よりは成長の余地が残っている子供のほうが、まだマシです!」
言いながらマノンは、自分の胸に手を当てた。
「余地だらけだな」
「殴ってあげましょうか?」
なんだかんだ言って、渋るマノンを連れて調理場へ。もちろんスパイスを持って。
「どうもーっ」
入るとすぐ、アランさんが立っていた。
「おや。英雄様に……マノンさん、でしたか。どうしました?」
「俺たちだけご馳走になるのも悪いので、折角だから各地の香辛料を使った味付けを楽しんで頂こうかなと」
言って、瓶詰めの香辛料各種を見せる。更に言を継いだ。
「食事に彩りが出ると、それだけで精神のリフレッシュになります。こういう長い旅では気持ちが張り詰めてしまいますからね」
「――なるほど。東西南北各地を旅して歩いた英雄ならではの視点ですね」
「マノンの料理は本当に美味しいんです。沢山は作れないかもしれませんが、少しずつでも味わって頂けたらと」
アランさんと料理人の好感度を確認。――少し、下がった。
押しつけがましいと思われた程度ならいいが、毒を盛ろうと考えていると警戒されているならば信頼関係が築けていない証だ。
こちらはアランさんたちの料理を食べると言っているのだから、お互いに信頼しあいたいところではあるが――。
「ふむ、わかりました。それではあちらに余っている調理台がありますから、ご自由にお使いください」
「俺たちだけで良いんですか?」
「ええ。毒を仕込まれるだなんて警戒はしていませんよ。英雄様がそういう手を使わないことは、重々承知していますから」
うーん。読まれていたか。
さすがというか、中々に手強い人だ。
しかしこの信頼は最大限平和的に大陸統一を果たした成果でもある。
被害規模縮小のために重要拠点への侵入や裏工作はたくさんしてきたけれど、毒殺なんていう手段は一度も講じたことがない。
「ありがとうございます」
「食材はまとめて置いてありますから、ご自由にどうぞ」
それから食材を管理している場所へ行く。
冷蔵庫なんてものがあるわけもなく、そうして食肉を保管できるのは北半島だけの特権だろう。
あそこには氷冷蔵庫があるし、なんなら真冬であれば外に置いておくだけで一瞬で凍る。二度と行きたくない。
そんな科学技術なんてなにもない状況で、鮮度の高い肉を保持する方法。それは――――。
『グゲェ! グガゲゲゲゴ!』
生きたままの連行である。
「うえ!? は? うえ!? えっと、ハヤトさん!?」
これも教育だ。マノンには少し、自然の厳しさを教えてやる必要があるだろう。
「すみません。とりあえず五羽ほど頂けますか?」
「あいよ」
日本で言えば少し大型の鶏と言ったところかな。
鴨肉のようなクセがあるけれど、味付け次第ではとても美味しくなる鳥類だ。北を除く全ての地方で飼育されているから、誰にでも馴染みがあって扱いやすい。
「あわわわわわわっ」
俺の体にガシッとしがみついてくるマノンを無視して、俺は食肉解体の男性と会話をする。
「すみませんね。急に」
「いやいや。さっき聞いたけれど、異国の料理を食わせてくれるんだろ?」
喋りながら鳥の首に付けられた紐をギュッと締めて、窒息させる。
最初から首に紐を巻いておけば、解体の手間が減って効率的だ。
これが元の世界で正しいのかは知らないけれど、ここでは主流の解体法法である。
興奮しているところを殺すよりも、窒息させて仮死状態にしてから殺したほうが肉は柔らかく臭いもなくなるのだとか。
「この子の両親が貿易商で、色々な国の香辛料が手に入るんですよ」
鉈で首をズドン。
絶命の叫びとかそういうのを聞かなくて済むのも利点だろう。
「ひぃぃぃっ」
ついでに言えば絞めたところより上を落とせば、鮮血が飛ぶことも避けられる。
これは衛生上、とても重要なことだ。
まあ飛ばないだけで地味に血がドクドクと流れ続けるし、首が落ちても胴体はしばらく暴れるけれどね。
「あのっ、あののっ、く、首がないのに動いていますよ!?」
「大抵の動物はああなるぞ? ……そういや子供の頃に読んだ本で、ギロチン首になった罪人の頭がゴロンと転がったあと、執行人を怨めしそうに見上げながら何度か瞬きをしたとかいう話を読んだことがあるな。人間だって、少しはそういうのがあるかもしれない」
「おおお、恐ろしい話をしないでください! だいたい、子供の頃になんでエグい話を読んでいるのですか!?」
「でもお前、俺と一緒になれなかったら世界ごと滅ぼしてもいいんだろ?」
「それは…………」
マノンは目を伏せるようにして、シュンと俯いた。
少しは考えさせる機会になっただろうか。
解体を続ける人はおそらく本職なのだろう。見事な手際で血抜きをして皮を剥ぎ、鳥を食肉にしていく。
更にしばらくが経って、俺たちに五羽分の肉が差し出された。新鮮なのは間違いなく、色味も良い。これは期待ができる。
「マノン、調理するぞ」
「……今のを見たあとでは……うっぷ……っ」
「お前がいつも食ってる肉だって、こうして解体されているんだ」
「でも、その場面を見るわけではないですから!」
「そうだな。だが、この世界では身近なことだ」
日本で食肉解体の現場に遭遇することは、そうない。
一度もないまま人生を終えたって全く不思議じゃない。
けれども、この世界では食肉の保存技術が少ないこともあって、より身近な現実なんだ。ひきこもっていなければ、何度となく見てきていたはず。
「美味しいように料理して、美味しく食べて、血肉に変える。命を奪ってるんだから、それが礼儀だ」
俺はいつからこんな説教臭いことを言う人間になったのだろうか。
――――日本では食肉解体の現場なんて、そう見ない。
それは俺だって例外じゃなかった。この世界の常識に適応するには、それなりに苦労もした。なんなら何度か吐いた。
でも適応した結果、日本で食べ物を口にするときよりも、色々なものやことにありがたみを感じるようになったのも事実だ。
「…………わ、わかりました。頑張ります」
「おう。偉い偉い」
もう一度頭を撫でてやる。
恥ずかしそうにしながらも一生懸命に目の前の現実と戦おうとしている目が、少しだけ大人っぽく見えて、印象的だ。




