寝取られた人は進化を遂げていた
赤いテントの中は、燦々と降り注ぐ太陽光を全て赤に変えてしまって、少々気味が悪い。
リーフローバー村の村長は赤い旗を目印にしていたわけで、テントを丸ごと赤くする必要はなかろうに。
「アランさん――と、お呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。英雄様が気兼ねする必要はないでしょう」
「年上には敬意を払っていますので」
「さすがです。その若さで十字大陸統一の英雄となられて、おごり高ぶることもないとは。国王陛下――いえ、今は前国王でしたか。ハヤト様の素晴らしい振る舞いには、さぞお喜びでしょう」
いやぁ、ジジイとか呼んでいます。
なんなら国費でお姉ちゃんたちに遊んでもらいました。息抜きわっしょーい、って勢いで。
「いえいえ。アランさんこそ、随分と慕われているようですが――。失礼ながら、東の生まれではないのですよね?」
「ええ。現在の中央区に生まれ、二十六の頃に東半島へ移住しました」
「改宗した――ということでしょうか」
「そうですね。王族を神の子と信じることができなくなる経験をしまして」
心当たりがありすぎる件について!
妻を王族に寝取られて、王族は神の子だと信じろと言われてもね。そりゃあ改宗もするだろう。
突っ込んで訊ねるべきだろうか……。見えている地雷を踏み抜くのは怖いな。
「――妻を、寝取られたのですよ。王族に――ね」
あ、これ地雷じゃなくてただの爆弾だった。
「へ、へえ……。それはお辛い経験を」
「ええ。二年ほどひきこもりましたよ」
新しい良い人を見つけて案外幸せかもよ? なんて前にリルへ言ったけれど。
重症じゃん……。
「い――今は、その、奥さんとか、特別なお付き合いをしているかたは?」
「すっかり女性不信になりまして」
ですよねー。
「大地神は同性愛を禁じていないというところも、改宗の理由になりました」
おぅ……。
めっちゃ笑顔で語っているけれど、なんだろう。言葉が重い。
「じゃあ彼氏……とか」
「いいえ。私はもう、特定の人を相手にはしないと決めたのです。そして二十年近い月日をかけてようやく、女性を受け入れることもできるようになりました」
辛い経験が男を鍛え、両刀に進化させていた。
強くなりすぎじゃないかなぁ……。
「大地神の前では全ての人が平等なのですよ。特定の人と関係を持つことも持たないことも、性別が男性だろうが女性だろうが、全ては自由。これがアステガ教の教えなのです!」
東半島は大地神アステガを唯一の神として崇拝している。
全ての人が平等であり、自由である。
そして最も徳の高い行いが『労働』。だからまあ、中央区を上回るほどもの凄く働くし、元々東西南北の貿易中継点として商業が発展した中央に比べると遙かに肉体労働が多く、そういう意味でも鍛えられている。
――――だから、強い。
厄介な宗教だ。
「統一の合意書では、宗教の不可侵性を明記しました。教皇はそれほど酷く、自分の宗教観を押しつけようとしたのですか?」
「ええ。それはもう酷いものでした。王族は神の子であり、それはつまり大地神アステガの子でもある。平民は神の子の前にひれ伏すがよい――――という状況で」
「それは……。いえ、でも殺害する必要までは、なかったのでは」
教皇の行為は確かに酷いだろう。
約束を反故にして自分が正しいと主張、お前たちは間違っているから、ひれ伏せ。――なんて言われたら、そりゃあ短気な人間なら即座にキレる。
それでも殺される理由になるわけではない。
「――――そこ、なのですよね」
「え?」
「教皇を殺せば再び血が流れることになってしまう。そのことは誰の目にも明らかであったはず。なによりアステガ教の信者は忍耐強いはずなのですが、今回はどうにも短絡的と言わざるを得ない行動に出てしまった」
「あの――。ひょっとしてアランさんは、戦いに乗り気ではない……?」
「あなたも知っているでしょう。先の争いでどれほどの人が死に去ったのか。誰だって、あのような戦いを二度も経験したいだなどとは思いませんよ」
俺は少し、思い違いをしていたのかもしれない。
教皇を殺害した東半島の人々はすでに戦闘モードで、好戦的。
その強さは身をもって知っているから、彼らを敵ではないと口で言いつつも、彼らが戦いに赴いているのだと考えて疑わなかった
「――――アランさん個人は、王族への恨みはもう、ないんですか?」
「ええ。国を離れてアステガ教へ改宗するための一つの試練であり、神からありがたい導きを頂いたのだと思っています」
「そうですか……」
俺はホッと一息はいて、胸を撫で下ろした。
この感じならば、さっきから俺の横で難しい顔をしながら話を聞いている女の子が自分の娘だと知っても、取り乱したり危害を加えようとしたりはしないだろう。
「リル。自分から言うか?」
俺は彼女へ問う。本当の親子が対面した、大切な瞬間だ。
「――うん」
そうして、リルは震える唇を、そっと開いた。




