リーフローバー村 東半島の英雄様
俺たちは東半島で最も中央区寄りにある村へ入った。
ここは少し独特な文化や風習をもっていて、大地神への信仰心は東半島の中で最も薄い。
「リーフローバー村。久しぶりだな」
「寂れたところね。人の気配もあまりないけれど……」
「テントだらけですが――。家が石造りではなくてテントなのですか? ひきこもりにくそうです」
王城で育った人間とひきこもりの意見としては、まあ、そうなるだろう。
ここリーフローバー村は隔年で移動をする民族の村だ。これは東半島のスタンダードというわけでもなく、あくまで特異である。
「屋根に赤い旗が立っているところが村長の家だ。ええと……あ、あの奥のやつ」
言って、サラも含めた四人で歩くと、途中にあるテントの出入り口が開いて女の子が出てきた。
「ハヤト様!」
「おーっ、リーム。元気にしてたか?」
「うん! ハヤト様のおかげだよ!」
七歳だったかな。日本だと小学一、二年生といったところの女の子だ。
肌はやや褐色で髪が黒く、瞳の色は緑がかっている。これが東半島の人種的特徴。
中央区では髪色が成長と共に変わっていき、マノンは長い髪にその形跡を残しているが、彼女たちは変わらないとも聞く。
「ハヤトくん、この子は?」
リルが問うてくる。
どうやら異文化や村人に興味があるようだ。
「リームちゃん。村長のひ孫さんだよ。七歳――で、よかったかな?」
「うん。もうすぐ八歳!」
笑顔で答えてくれたリームちゃんの頭を、優しく撫でてあげる。
「初めて会ったとき、リームちゃんは病気で床に伏せていたんだ。村の中で流行り病が伝染してしまっていて、他にも何十人と――」
「その時は、敵同士だったんだよね?」
「敵に流行病が出ていたら、放置して先に行けば良いじゃないですか」
もっともだとは思うけれど、でも俺やパティの判断は違った。
「俺たちは急いで大陸の各地域と連絡を取って、この病気に効きそうな薬がないかを探して回ったんだ。その間にお互いを信頼できるようになって、一つも争うことなく、先へ進ませてもらえた」
「そうなんだ……。でも、そのほうがハヤトくんらしいかも」
リルは上品にくすくすと笑った。
王族の強引なやり口ばかり見ているから、平和主義者の行動は珍しいのだろう。
しかしマノンだけは――
「力尽くで黙らせる手もあったのに、なぜそのような面倒くさいことを」
納得がいかない様子だ。
「力で押さえつければ、力で跳ね返されることもある。マノンだって、王族のやりかたは好きじゃないだろ?」
強引に両親から貿易許可証を奪うような、そういうやり口。
「まあ、そうです……ね」
願わくば、今回の事件が無事に解決して、同時にマノンの足りなさすぎる経験や見識を補ってくれたら……。
「それに俺は、あんまり争いごとが得意じゃないからな。できるかぎり人命優先だ」
「ハヤト様たちがお薬をくれて、私は病気が治ったの!」
そう。リームちゃん『は』、治った。
「お父さんは、間に合わなかったけれど……。でもお母さん、リームが生きていてくれて良かった――って、何度も泣いてたんだ。本当に、治ってよかった!」
「そっか。俺たちも頑張った甲斐があるよ」
自分は最大限のことをやって、頑張った。しかしやはり、多少の悔いは残る。
普段はそんなことを考えても仕方がないと割り切るけれど、実際にその場所に来て当事者の子と会うと、さすがに『お父さんも助けてあげたかったな』と考えてしまう。
やっぱり、二度と訪れずに日本へさようなら、というのがベストだったな。
「村長さんはお家の中?」
「うん」
「村の人は家の中にいるの?」
「占いで凶兆が出たから、できるだけ家の中にいておきなさい――って」
リームちゃんの言葉に、リルが疑問を呈する。
「占い……? それって魔法なの?」
「体系化はされていないから、王族のそれと似たようなものだろうな。リーフローバーでは最も当たる占い師が村長になるんだ」
「最も優れた魔法の才を持つ人間が国王になってきた――。確かに、似ているわね」
それから村長さんの家まで歩き、出入り口の前でぶら下げられたベルをリームちゃんが慣れた所作で鳴らす。
テントの出入り口は布だからノックができない。ベルはその代わりだ。
「誰かのう」
「リームです。英雄様が村長にお会いしたいと」
「なんと――? すまぬが、リームが中まで案内しておくれ」
「はい」
リームちゃんが出入り口の布を上にまくし上げて、中へ俺たちを招き入れる。
ここの村長は少し特殊な事情を抱えているわけだが……。
「ふむ。以前とはまた違った匂いの女子。それも三人。――英雄様ともなれば両手では足りませんか」
「冗談はやめてくださいよ」
「しかし……あまり好ましくはありませんね。一人は普通の女子のようですが、残る二人からは人外の匂いがしますよ」
俺の耳に、リルが囁いてくる。
「村長さん、ひょっとして目が?」
「ああ。見えないんだ」
「聞こえておりますよ。私が隠しているわけでもないのですから、もっと堂々と喋ってもらっていいのです」
村長さんは女性だ。年齢は六十だったか七十だったか。まあとにかく、七歳のひ孫がいるぐらいの歳である。
目が見えないのは後天性だそうだ。
年齢に反して耳の聞こえがよく、内緒話なんてできやしない。そして『鼻』が利く。
「紹介します。この人が王族のリル。こっちが異常な魔力を持つマノンで、そっちの一番後ろがその……ドラゴンのサラです」
「ほっほっほ。どこからツッコめばよろしいのやら、楽しくなってしまいますなぁ」
「ですよねぇ」
前は賢者を引き連れたお固い集団だったわけで。
まあその賢者も、十分すぎるほどアレな人間だとわかったけれど。
村長さんが声音を座らせて、リルに問う。
「まず、リル様。あなたは本当に王族なのでしょうか。少しばかり、匂いに違和感がありますが」
「――いえ。間違って王族になった身です。離脱する予定でいます」
「そうですか。なるほど……。そしてそちらの小さなお嬢さんは、逆に王族ではない――と」
目を瞑ったまま顔を向けられて、マノンは一瞬びくりと身を震わせた。
「あらあら。驚かせてごめんなさいね」
「いえ……」
「人が苦手なのね?」
「はい」
「そう――。辛い経験をしてきたのでしょう。大変だったわね」
「…………はい」
おお。あのマノンが初対面の人に心を開いている。
「そして、ドラゴン……とやらのお嬢さん。あなたからは、どうにも人間味が感じられないのですが――」
「わたし、人間じゃないから」
「姿形を変えているだけ――ということで、いいのね?」
「たぶん」
凄いな――。
目が見えていないのに、見えている人よりずっと相手を観察できている。
「村長さん。占いで凶兆が出たとのお話ですが――」
「ええ。この村の周囲で血が流れる可能性があります。英雄様も、その件で来られたのでしょう」
「はい。中央区と東半島で宗教衝突が起こりそうです。おそらく、このままではリーフローバー村も巻き込まれてしまうでしょう」
「そうなってしまえば、このような小さな村、一瞬で炎に包まれます。どちらの宗教にも属しておりませんから、特に私などは異教の者として殺害の標的となるでしょうね」
リーフローバーが移動民族である理由の一つが、これだ。
とりあえず東半島の中でも異教として認められてはいるのだが、それを好ましく受け取らない人間も多くいる。
彼らから受ける弾圧を免れるために、村を丸ごと移動しながら隠れているわけだ。
「村長さん。俺がここに来た目的は二つあります。一つは危険を知らせること。もう一つは、東半島の情勢を知りたいんです。中央区の教皇は、どうして殺されたのか――」
「伝え聞く話では、中央の教皇様が東半島の大地神を『神の一人』と呼び、『王族にとっては親戚のようなものだ』――と。そうして反発を買い……」
なんで一神教を相手にそういうことを言い出すかね。
人々が強烈な信仰を示す場合、神以外は支配層ではないという考えを持つことになる。神だけが人の上に立ち、それ以外は皆平等である――と。
だから東半島はヒエラルキーのようなものがほとんど存在しない。
王権制度のような状況であれば『現権力者の地位を保護する』ことが交渉材料になったわけだが、彼らは、その手が通じない難しい相手だった。
「こちらの宗教では、王族は神の子とされています。教皇も王族ですから、神の子を殺されたと受け取っている状況です」
「衝突は避けられそうにありませんか?」
「中央では次期教皇が説得に回っています。俺も全力を尽くして東の動きを止めるつもりです。リーフローバーの皆さんには、その間に身を隠して頂ければ」
「わかりました。こういう時のための移動民族です。身を守ることぐらい、自分たちで務めを果たしましょう。――また、助けてもらってしまいましたね」
「いえ。そんな……」
被害を減らそうとしているだけで、助けたなんて言うつもりは微塵もないわけで。
しかしこれで、リーフローバーが戦渦に巻き込まれることはなくなっただろう。
彼らの家は一軒につき一時間ほどで畳み込むことができて、今日中に移動を開始するはずだ。森の中に身を隠せば戦時をしのげる。
「少しぐらいのお礼をしたいところです。例えば、リル様。あなたは……もしかすると、人捜しをしてはおりませぬか」
「え……?」
「なんとなく、そういう匂いがします。迷っているようで、求めているような。――もしよろしければ、占って差し上げましょう」
リルは言われた後、少しの間、黙りこくった。
この状況で私情を挟むことに躊躇しているのだろう。
「――――占ってもらえよ」
「でも……」
「村長さんの好意だ」
「…………じゃあ、お願いします」
そうしてリルの実父を捜すための占いがはじまり――。
「むう? これは……」
村長の占いは、丸く綺麗な水晶玉を使ったものである。
中央区では円が聖なるものとされていて、魔法陣も必ず外側に円を描く。王族や貴族、賢者の身分を示すペンダントも円形だ。
水晶の丸は即ち、どこから見ても円であることを示している。
系統としては中央の魔法と変わらないのではないか――と予測したわけだが。
「異常なほど克明に感じられます。リル様、水晶の中をのぞいてください」
「はい――」
マノンの魔力が魔法陣に流れ込んだように、水晶にも流れ込んだのだろう。
俺もリルのうしろから水晶の中身をのぞき見る。
「この人が、本当のお父さん……?」
「武器を手に、歩いているな。――――って、おい。これ、東半島の民族衣装だぞ!?」
「どういうこと? 中央区の人だったんじゃ……」
「わからない……。肌や髪の色は間違いなく東半島の人間ではない……が。なにかしらの理由があって、東半島へ移り住んだとしか」
しかし統一前は戦争状態にあったわけで、簡単に移り住むことなんてできないはず。
村長さんが「もう少し、全体を見てみましょう」と口にする。
カメラを切り替えるように映像が変わると、リルの実父とされる人物が、群衆を率いるかの如く先頭を歩いていることがわかった。
「これは……っ。村長、もしかしてリルの実父を捜すことが吉兆であると――?」
「占いではなく、ただの勘でしたが。まさかこれほど手に取るように――。いえ、ここまでいくともう、これは占いとは呼べません」
そりゃそうだ。探し人を直接映し出すなんて、占いの範疇を超えている。
パティの盗撮魔法を強化しただけではできなかった、見ず知らずの人と場所を映し出す行為が、占いという形で実現したのだろう。
この力をマノンが身につければ、日本にいるオメロさんとも連絡が取れるのか……?
いや、そのことは今、優先すべきでないな。
「私、お父さんを止めたい」
リルが眉尻を上げて言うと、村長さんは頷いて「よろしくお願いします」と答えた。




