先回り
サラマンダーの移動速度はこの世界の常識を完全に覆すものだった。
その上、空から人の動きを確認することができるのだから、火力を抜きにしても圧倒的な戦力である。
「あれか……!」
「これ、何人ぐらいいるのかな!?」
群集を見つけてリルに問われるが、空から見ても数千人規模はあるということぐらいしかわからない。
もう師団とかいう規模じゃないな……。宗教って怖い。
「一万人はいないと信じたいもんだ」
軍の服を着ている人は見当たらない。
持っているものは武器に限らず、農具も混在しているようである。
「こういう民衆の動きが一番怖いんだ」
呟いた言葉に、リルが応じる。
マノンは魔法のコントロールに忙しいようで、ほとんど喋らない。
「軍隊よりも?」
「ああ。軍隊は良い給料が出て食事も与えられる。そのために志願する人間が多い」
「国が負けたら給料なんて言ってられないんだから、死に物狂いになりそうだけれど」
「そんなことはない。利益を求めて集まった人間は、最後に自分が生き残ろうとして戦意喪失が早い」
「そっか……。でも、この人たちは」
「農民一揆でも追い詰められた人間の怖さが出るものなんだが、宗教戦争は追い詰められたとか、そういうネガティブな感情じゃないんだ。神様を信じて、信仰心で前のめりに死ぬ。こういう場合『二人殺して死ねば勝ち』の精神で挑んでいても不思議はない」
恐ろしい話である。
数千という人間が、自爆テロの気概で戦うのだから。
「先回りをして森に隠れるぞ」
「待ち伏せして、この人たちを説得するのね」
「いや、東半島の情報を得て、向こう側の人間から説得する」
「なんで敵を……?」
「敵じゃないんだよ。今は一つの国なんだから、争う必要なんて本当はないんだ。――だがそれでも民衆が動いた。東側の事情を知らないと、なにも動けない。それに――――」
俺はマノンへ向けて、「例のひきこもり魔法を使ってくれ。サラを隠すんだ」と伝えた。
「ラジャなのです!」
しかしまあ、ひきこもりスキルって、磨くと隠密スキルに昇華するんだな――。
日本でも『存在感がないよね』なんて言われることがあったけれど、ひきこもるメンタルの人間はそもそも存在感なんて無で構わないわけで。
そこから段々と外向きに精神状態が変わっていって、丁度良いバランスを探すことになる。
マノンの場合はうまく魔法を使うことができるようになれば、必要に応じてひきこもるというか、上手い具合にひきこもりと社会生活を両立できるようになるのかもしれないな。
「この辺りでいいですか?」
森の中でぽつりとある少し開けた場所に、泉と小さな滝が見える。
こういう場所にはよく小屋が置かれていて、行商人や狩猟者が休憩場所として利用していることもあるのだが、ここには無さそうだ。
ならば人目もないだろう。
バサバサと音を鳴らしながらサラが降りたって、俺たちは背中から降りる。
するとサラは羽を収めて三頭身に小型化した。
「――いや。サラ、人間の姿になってくれ」
言うと、サラは人の姿に形を変えた。
「ちゃんと服を着てくれてるのが良心的よね」
「こういう場合、裸になってしまいそうなものですが」
リルとマノンが発した言葉へ、応じる。
「爺さんのゲームには大人向けがなかった」
「あ、そっか」
「なるほどなのです」
しかし……。しかし、だ。
「もし大人向けだったら…………」
ごくり。
「いくらなんでもドラゴンに欲情するのは、人としてどうかと思うよ?」
獣耳に欲情できる国の民をなめるなよ? ネコ耳派かイヌ耳派かで延々と言い争えるんだぞ。
「今度は白黒付けてやるのです!」
サラは隕石魔法にも何秒か耐え続けていたからな。最強対最強みたいな争いになってしまいそうだ。
まあ、二人の……特にマノンの反応を見る限りでは、服を着ているほうが正解なのだろう。
残念ではあるが、仕方がない。
「――ご主人様は、裸の女の子が好きですか?」
「大好きだけど、だめだからな」
口惜しい感情を飲み込んで、しっかり大人の対応をしたつもりだ。
しかし――
「大好きって……。ハヤトくんって、時々煩悩を隠さなくなるよね」
「むぅ。裸を見せて大好きになってもらえるのなら、ちょっとだけ考えますけれど」
考えるのかよ。
んー。
しかしまあ、どっちかと言えば、幼児体型のマノンよりもリルやサラのほうがいいなぁ――。って、口に出したら世界が滅びそうだ。
「マノンちゃん。体目当ての人なんていくらでもいるんだから、簡単にそういうことを言っちゃだめだよ」
「でもハヤトさんになら――。そこは、リルにもわかるのでしょう?」
「そりゃ……まあ」
「愛し合っていれば、問題はないはずです。行為に及ぶ気はありませんが」
ないのかよ。
こいつは理性が吹き飛ぶことだってあるということを知るべきだな。確かに、保健体育の授業さえ受けていないというのはリルの言うとおり、厄介だ。
「うーん。理屈の上ではそうなんだけれど……、ええっと……。どう伝えたらいいのかなぁ――。好きだからこそ大切にしないといけないことも、あるんだよ」
「ふむぅ。……好きだからこそ……。よくわかりませんが、難しいのですね」
なにこの会話! 恋愛感情丸出しで逆にこっちが恥ずかしいんですけれど!
そんなに好きなら、もうみんなで裸になっちゃえー……って、心の中で悪魔が囁いている。いかん。いかんよ。
「ご主人様の、おっきな」
「言うな!」
いかんな。こいつらのペースに巻き込まれては緊迫感を失う。
召喚騒ぎの時にもトイレ行って帰ってきたら隕石を落とすわヤンデレ化するわで、散々だったからな。
……今回の問題は人間と人間の争いだ。しっかりと気を引き締めなければ、手痛い失敗をしてしまうだろう。
「おっきく……ないです」
「もっと言ってほしくねえよ!!」




