三ヶ月と、五年の成果
俺たちが一緒に暮らし始めて、三ヶ月が経った。
家具を買いそろえて、設置して、少しずつ家を自分たちの住みやすいものに変えていきながら、庭でサラと遊ぶ。
庭にいるのが犬ではなくてドラゴンというところが、むしろ異世界っぽくて好ましく思える。
「おう、買い物か?」
「うんっ。お夕飯、楽しみにしててね」
リルは案外、平民としての暮らしに慣れるのが早かった。
まだ安定した仕事は見つけていないが、暇があれば庭で家庭菜園をはじめていたり、教会で奉仕作業をしたりと、精力的に動いている。
庭からリルを見送って、サラと少しじゃれ合って、リビングへ移動。
「働きものですねぇ」
床でごろんごろん転がりながら、マノンが言う。
こいつはまだ十四歳だから、働くにはちょっと早い。特に見た目が十四歳より更に幼く見えるから、雇い手を見つけることは難しいだろう。本来は家業の手伝いや、両親と同じ職場で働かせてもらうというか、手伝いをしてる年齢だ。
かといって学校もないし、どうすればいいんだか。
ひたすら家でだらだらしている姿は、ひきこもりを渇望する少女の生態としては正しいのだろうけれど。
家事の手伝いは文句の一つも言わずにやってくれている。
この昼のダラダラ感に、万能家事スキル。これはもう、ひょっとして専業主婦の才能なのか……? とも思う。昼ドラとか好きそうだ。いや、ピュアすぎるからドロドロ系は嫌いか。
「もう投票日まで三週間しかないぞ。いいのか、動かなくて」
王位継承選の立候補者は、俺、マノン、リディア。ある程度想定はしていたけれど、本当に変わりが無い。
次の王は早めに失脚して、その次が本命。この考え方で王族は一致団結しているようだ。
唯一の変化は、リルが正式に立候補を取り下げると表明したことだろう。
現状、最も支持を集めているのはリディアだ。さすがに人気は高いし、リルがいなくなった今、リディアは唯一の王族。
俺やマノンのように例外的に認められたわけではなく、正当な権利を行使した立候補者だ。そこに票が集まるのは当然だろう。
とはいえ、そのリディアを含めても、立候補者の低レベルさに国民は絶望している。
なんで立候補できたのかわからない平民の子に、英雄と言えど異世界人。そして宗教がらみ。
リディアの宗教は十字大陸の中央区だけで通用するもので、他の四区は別の宗教を信仰しているから、そこからの票は見込めそうにない。
――うん。泥仕合だな。
その上、全員が城を離れて暮らしているのだから、庶民的であることが好まれる可能性はあるけれど『さすがに大丈夫なのか……?』という不安のほうが勝ってしまっている。
「私は前日で大丈夫なので。それより、ハヤトさんこそ動かなくて良いのですか? このままでは私どころか、リディアにも負けますよ」
「だって……なあ。リディアに勝ったところで、最終的にマノンの脅迫が待ってるわけだろ? あいつと争う意味って、あんまり無いんだよ」
「ふむ。確かにそうですね」
納得するのかよ……。
少しだけ期待していた。一緒に暮らすことで、マノンが落ち着いてくれないか――と。
しかし結果は、全く変わっていない。相変わらず俺の意思は無視して日本で一緒にいようとするし、時々、無茶苦茶な脅しも仕掛けてくる。
ただ、ヤンデレ要素が強い子だから、リルと三人で暮らすことで嫉妬とか色んな問題が出るのかなぁ、と思っていたのだけれど。そこに関してだけは予想外に上手くいっている状況だ。
俺とリルが必要以上に接近したり男女の仲になっていないからというのは、当然あるだろうけれど。どうにも三人の暮らしが心地良いようである。
「なあ、マノン」
「なんですか?」
「本当に国王になって、でも俺が同意しなかったら、やっぱり前に言っていた手で脅すのか?」
「はい。ハヤトさんのいない世界なんて、滅ぼしても構いませんから」
「じゃあ、日本に行って俺が『マノンなんて嫌いだ』って逃げ出したら?」
「――――うーん。そこなのですよね」
猫のようにゴロゴロとしていたマノンが、スクッと上半身を起こした。
「日本で魔法が使えるなら、一つも問題はありません」
「俺の気持ちを問題にしてくれ」
「監禁するので、問題ないのです。まあ、トイレぐらいは行かせてあげますけれど」
「変わんないっつうか、どんどん重犯罪っぽくなってるから!」
「やはり、リルのお父さんを追うべきなのですかねぇ」
オメロさんを盗撮魔法で追跡する。つまり日本の生活を『のぞく』ことには、失敗した。情報が足りなかったわけだ。
「そもそも、魔法による追跡は日本で魔法効果が持続しなければ不可能なのですよ。あくまで遠隔操作なので、召喚術とは異なります」
「まあ、そうだな」
「だから『のぞく』ことができれば、日本でも魔法は使えると思います」
理屈的には合っているだろう。
「もし、日本で魔法が使えなかったら?」
「日本へ渡る前に後ろ手と足を縛っておきます。ただ、物理手段は確実性が下がりますよね。トイレもいけませんし」
「だから重犯罪だっつうの! 監禁罪だ!」
「まあ、下のお世話もしますけれど」
「しなくていいから!」
「付いているものが粗末でも、私はなにも思いません」
「見たことも無いものを、粗末とか言わないでくれるか……?」
くそぅ。この場で見せてやろうか。見た上で粗末とか言われたらもう立ち直れないけれど。
「そのときは仕方がないので、好きになってもらえるよう頑張ります」
「…………おい、今、なんて?」
「二度も言わせないでください! け、結構、恥ずかしいのですから!」
おう。不覚にも可愛いと思ってしまった。
「――じゃあ、リルの本当の親父さん、二人で探してみるか?」
「えっ、いいのですか!?」
「お前、なんだかんだ言って、リルに遠慮してただろ」
「そりゃ……」
「なんでそこに気を使える奴が、脅迫なんて手段で一緒にいようとするかねえ」
しかしマノンが日本での『脅迫』を諦めてくれるなら、俺にとってはこの上ない幸運となる。もしかしたら日本行きそのものをマノンが諦めてくれるかもしれないし、まあ、ひょっとすると本当に俺がマノンに惚れ……、いやそれはそれで日本に帰ったらヤバい奴だな。
見た目は十四歳未満なんだから。
「んじゃ、早速行くぞ」
「あっ、待ってください!」
そうして俺は、マノンと一緒に町へ出ようとした。
…………の、だが。
俺たちが玄関ドアへ向かう最中、そのドアが『ゴンゴンゴン』と激しく打ち鳴らされた。
「はーい。勧誘ならお断りですよー…………って、リディア? こんな町の端まで来て、どうしたよ」
こいつは次期国王に当確と見做されているから、教会内はともかく町中を歩くのも物騒なはずなんだけれど。
「きょ、教皇が……!」
「教皇? 東半島に行ったきり、帰ってこないんじゃなかったか?」
「……殺された」
「はあっ!?」
――――言わんこっちゃない。なんで危険な場所にわざわざ出向くかねえ。
「それで信者が東半島に向かって……!」
「おいっ、まさか衝突しそうなのか!?」
「お願い! 助けて!!」
平和な日々を過ごして、どんな結末であれ、俺の異世界生活にもようやく幕引きが近づいてきていると思っていた。
だが――。
「わかった。リディアは前国王に派兵を要請してこい。『第一師団の再招集』と言えば通じるはずだ」
「きみはどうするの!?」
「行くに決まってんだろ……。なんで命がけで平和を築いたのに、それが崩れるのを指くわえて見てないといけねえんだよ」
英雄だからと言って特別な装備が与えられているわけではないけれど、身を守るためには着の身着のままというわけにもいかない。
自室へ向かって走り出し、以前使っていた装備を取りに――。
「マノンは家で待ってろよ!」
「私も行きます!」
予想外の言葉で、俺の足は止まった。
「なんでだよ!」
「死なせるわけにいかないからに、決まっているじゃないですか!」
見たことのないほど、鬼気迫る表情。それは、こいつの好意が本物であることを、ライカブルよりも雄弁に物語っていた。
好きな人に知らない場所で勝手に死なれるなんて、そりゃ、願い下げだろう。自分に『力』があるとなれば、尚更だ。
なにより、俺がいない世界なんか滅んでいいとまで言っていたし、もし俺が殺されてしまうと、マノンはこの世界を滅ぼしかねない。
汚れた世界なんて――と。
しかし十四歳の女の子を、戦場になるかもしれない場所へ連れて行っても良いのか?
大人しく待っているタイプにも思えないが……。
「――わかった。二人で行くぞ」
「リルは!?」
「あいつは戦えないだろ」
「でも、まだ正式に王族から離脱したわけではないです。王族がいれば収まる場もあるのでは」
「それならリディアがいる」
「リディアは中立じゃありません。火に油ですよ!」
もうそこまで考えてるとか、頭の回転が速いにもほどがあるだろ……。
「――――わかった。リルも連れて行く。ただし、俺は二人を危険な目に会わせる気はないからな! 一つだけ、条件をクリアしてから――だ」
「条件……?」
「サラを連れていく!」
結局、全員で出向くことになってしまった。
宗教対立ほど恐ろしいものはない。
殺し合いになる前にどうにかしなければ、一度衝突して被害が出てしまえば、どちらかが降伏するまで戦いが続いてしまうだろう。




