取引とサラ
城門から玉座の間、そしてゲーム部屋へと行って、爺さんと交渉を成立させる。
求めたものは金銭とサラの解放、マノンへの不当な圧力の解消だ。全て正式な書面に署名と捺印をもらった。
「本当にいいのじゃな」
「ああ。やってくれ」
二人で召喚部屋へ入ると、爺さんが召喚術を唱える。この国の言葉ではない言語で、何を言っているのかは全くわからない。
ただ二回ほど、俺の名前が出てきた。所有者であり取引相手でもあるからだろう。
もう少し待っておれ、と言われて、俺は魔法陣の外側で胡座をかいて座る。
待つこと一時間ほど。
「おおっ。すっげえ、マジで俺のパソコンじゃん!!」
「ふぅ……。求められた対価とパソコンの価値がそれなりに釣り合っていたのじゃろう。思っていたより早く終わったわい」
これを買ってくれたのは両親なわけで。
親父は反対したけれど、母ちゃんが押し切ってくれたんだよな。
パソコンがあれば、家に引きこもっていてもプログラマーになれるかもしれない、みたいな話をして買ってもらったわけだ。
まあプログラムなんて一切やらずにネットの海を漂いながらあんな画像やこんな動画を集めたりして、俺、立派な大人になったよ、母ちゃん。
マジで土下座案件だな……。
「さて、爺さん」
「なんじゃ? これさえあればもう用はないぞ」
「まあ聞け。――そのパソコンというものは、精密な機械でな。ほんの少し使いかたを間違えるだけで壊れるんだ」
「なんじゃと!? 貴様、そんな話は一度も……っ!」
「そもそも俺の設定したパスワードがなけりゃ、ログイン画面で止まったままだ。まともに動かしたいなら、また交渉だな」
「くっ……。若造と言えど、さすがに修羅場を潜ってきただけはあるのう」
「じゃあ、またな。爺さん」
唯一の交渉材料を、そんな簡単に手放すはずがない。この程度のやりとりができなくて十字大陸統一なんてできなかろう。
立派というか、ちょっと嫌な大人になっている気もするな、俺……。
小さく溜め息を吐きながら地下牢へ向かって、警備兵にサラを開放する旨が書かれた書面を見せると、ビシッと敬礼されて奥へ通された。
「よう、サラ」
「ご主人様……」
「元気にしてるか?」
「このあいだの、おっきなきのこ。とても……とても…………」
「うん。美味しかったなら最後まで言えよ? 余計な誤解を招くから」
「とても、気持ちよくなれました」
――――よし。この子は置いていこう。
踵を返そうとすると、俺を案内した警備兵ではない、看守らしき人がわざわざ聞こえるように言葉を口にする。
「あー。サラちゃんはそろそろ処刑かなーっ」
くそ……。
まあ、ここがこの国の見捨てられないところでもある。殺される前に早く連れ出せって言ってくれているわけだから、人情ってものだろう。
「サラ。一緒に住むぞ」
「ご主人様と……?」
起伏の足りない淡々とした調子。
まさに声優さんが声を当てていなかった頃のゲームキャラクターというか、ドット絵的というか、詳細はご想像にお任せします状態だ。声や表情、仕草から伝わってくる情報量が少ない。
きのこ関連以外。
「看守さん、この子、連れて行きますからね」
「うむ。もう兵士がきのこ狩りに出向くのも限界だったから、助かる」
ちなみにサラが望むきのこ食に関しては、俺とリルから兵士にお願いをしていた。
王族と英雄の頼みを無碍にはできないと言うことで、数名の兵士が害獣管理と称して森へこっそり、きのこ採りに赴いてくれていたらしい。
「……こいつ、そんなに食いますか?」
「もりもり食うぞ」
それはまた厄介な子の面倒を見てもらっていたなぁ。
俺は頭を下げて礼を伝えて、鍵を開けてもらい、サラの手を引いた。
去り際に衛兵が「寂しくなるよ」と呟いてくれたことが、妙に嬉しかった。国を乱したと言っても、城に務める兵は事態が国王の召喚術を原因としていることを知っている。
だからこそ、こんな女の子一人に全ての罪を押しつけてしまう国王と王族には、疑問があったのかもしれない。




