三人の新居②
俺たちが家を訪ねると、まずはメイドさんが、そしてレイフさん本人が出迎えてくれた。レイフさんは国王の侍従であったから、退位を表明して以降、少し暇が増えたそうだ。
「おお。これはこれはわざわざ――。……はて、顔色が優れませぬが、どうか致しましたか?」
応接間に通された俺たちは、来客用らしきソファに座って、事情を全て打ち明ける。
「なるほど……。確かに死の魔法など、実行すれば大変なことになります。本人と周囲を欺くためには最良の手段かもしれません」
「レイフさんは知らなかったんですか?」
「噂が流れるだけでも、混乱を招く話になります。当事者以外には一切話していないと考えるほうが、適切かと」
リルを王族から追い出したい人間なんて、いくらでもいるわけで。
その人たちに情報が流出してしまえば『人を殺して見せろ』と言われかねないわけだ。できなければ魔法の力を否定して、王族から追放できる。
下手に何百年も権力を持ち続けたものだから、平民一人の命なんて虫を殺すぐらいの気持ちでいる王族もいるだろうし、そうでなくても斬首刑になる前の罪人を殺させるという方法がある。
ほんと、中世王権制度は苦手だ。
「レイフさん。王族が平民になった前例はあるんですか?」
「私の知る限りでも、数例。――しかし、全て王族が王族を殺したとか、そういった類いです。王族を処刑するわけにも行かないので、一度平民に落としてから斬首を」
「普通に暮らしている例は、ないんですね……」
「ええ。王族の持つ魔法の才が外部に流れることは、許されませんから」
そうなると、第一号がリル――ってことか。
まあリルの場合は特別というか、そもそも魔法の才を持ち合わせない平民と平民の子供だったわけで。全てを暴露してしまえば出て行くことに異論を唱える者はいないだろう。
むしろ、黙って出て行かせてもらえるのか。嘘を言って王族と偽った罪、なんて無茶苦茶なものを背負わされなければ良いが……。
「しかし、黙って城を出られる王族はいらっしゃいますよ。さすがに息が詰まりますから、自由を求めて」
「そういえば酒場に王族が来ることもあるとか」
「ええ。ですからリル様も、正式に王族を離脱すると波風が立ちますから、チェンバーズの持ち家で暮らしている――ということにすれば良いのです」
「家を貸して頂けるんですか!?」
「ヤーマンの暮らしていた家が空いております。家族はこの家に住んでいますから、今は誰も……。外周に近い長閑な場所ですが、倅らしいと言いますか、ガーデニングや家庭菜園のできる立派な庭があります」
不安を抱える俺たちに、レイフさんは優しく微笑んでくれた。
できれば、将来はこういう紳士になりたいものだ。
「ただ、少しばかり庭の手入れをしなければなりません。数日ほどお待ち頂ければ――」
それぐらいの待ち時間なら、なんの問題もない。『お願いします』と言って、家の問題は全て解決――、と思ったのだが。
リルが少し前屈みになって、胸に手を当てた。
「レイフさん。庭の手入れは私がやります」
「リル様が?」
「その……。本当は王族でないのに、様と呼ぶ必要も」
「いえいえ。どんな理由があれど、少なくとも今は王族です。もっとも、王族でなくなったからと言って呼び方を変えるほど薄情な爺でもありませんが」
「いえっ、そんな、薄情だなんて――」
これは、レイフさんのほうが一枚上手だな。
「なあリル。それは自分でやりたいからか? それとも、自分にはそんなことをしてもらう価値がないとか、そういう意味か?」
後者なら思いっきり反対させてもらおう。
人間の価値を立場で決めることは俺の主義に反するし、これはレイフさんの厚意でもある。受け取って然るべきものだ。
「……両方、かな。全てを一から初めてみたい気持ちもあるけれど、貴族に気を使ってもらえる平民なんていないという思いも、あるの」
「――――そっか。まあ、簡単に割り切れるほど単純じゃないよな」
「あっ、でもハヤトくんとマノンちゃんはお城にいてもいいからね! 私がやりたいって言ってるだけだから」
こいつは、まだそういう言葉が出るのか。
「リル。ちょっと顔、こっち向けてみろ」
「……ん? こう?」
「ていっ」
マノンにやったのと同じ、チョップ。
「いたっ! ――な、何するの!? そういう趣味はないわよ!」
「趣味とか言い出すんじゃねえよ! …………俺たち、三人で住むんだろ。変な気を使ってたら、一緒に住んでなんていられないからな」
な、マノン? という感じで反対側にいるマノンを見遣ったが「うえぇぇぇ? 私は全てお任せしたいのですけれど」と不満を声に出した。チョップ!




