リル⑳ 全てを変える人
リルの部屋へ入ると、リルとマノンが同じベッドで並んで、すやすやと眠っていた。
賓客をもてなす部屋だけあってベッドは広く、二人で姉妹のように寝ている様子がやけにしっくりくる。
あまりにも微笑ましすぎるものだから、俺は国王への怒りとか打ち明ける気の重さとか、そういうものを一旦溜め息に変えて吐き出した。
「すげーよな、こいつら……」
王族と平民。
寝取られ大好きと、寝るとかそういう話自体が大嫌い。
王位継承選を戦うライバル。
これだけ相容れない要素があって実際に最初はいがみ合っていたのに、いつの間にか親友どころか、本当の姉妹みたいになっている。
初めて会ったリルは本当に完璧な女の子で、俺なんかには勿体ないとしか思えなかった。可愛すぎて不釣り合いにもほどがある。
でも、色んな一面を見てきて、可愛さとか器量の良さとか、そういうところで『評価』をするような関係では無くなった。リルはリルであって、別に、俺を含めて誰を好きになったってこいつの自由でしかない。
そしてマノンも、最初はもの凄い勢いで引きこもっていたから人間嫌いかと思いきや、リルと姉妹のような関係を築いて、俺に対しては『ひきこもるための人材』ではなく明確な恋愛感情まで抱くようになった。
この純真無垢な寝顔を見れば、病んでいるのも社会経験の少なさ故かな……という気もしてくる。
俺は二人をそのまま寝かせておくために、ソッと部屋を出て自室へ入り、ベッドで横になった。
――――翌日。
リルに事情を伝えると、思いがけない反応が返ってきた。
「……ありがと、ハヤトくん」
「礼を言われるようなこと、したか?」
過去を漁るような真似をして、知らなければ幸せだったことを知って、リルを不幸にしただけのように思うけれど。
「本当のことを知れて、よかった。これで、心置きなく城を出られるから」
「ちょっ、どういうことだよ」
「この城、嫌いだったのよ。ほら……、疎まれてるし、良いことなんて、あんまり無かったから。お父さんの子じゃないなら、私はただの平民。ここにいるのは色々な意味で間違いだと思う」
「……王族の権利を放棄する、ってことか?」
「うん」
「王位継承はどうするんだよ」
「リタイア……かな。資格、ないし。それにやっぱり、ハヤトくんと一緒になりたいから国王を目指すなんて、ちょっと、おかしいから」
苦しそうにいつもより途切れ途切れの言葉を紡ぐ姿を見て、やるせない感情に襲われる。
確かにリルの言っていることは正しい。
呪いの子とか呼ばれながら城にいろなんて言えないし、反対する気もない。
でも……。なんでだろう。
何も悪くない人間が一番振り回されるというのは、俺が異世界へ強制召喚されて戦争してこいなんて言われた状況と、かぶって見える。
――――いや、リルだけじゃない。マノンだって本人は悪くないのに酷い目に遭わされた。
ある意味、俺たちが三人で固まっているのは、必然なのかもしれない。
みんな揃って、この国に翻弄された存在だ。
「いつ、ここを出る気だ?」
「行く当てがあれば、今日にでも」
「挨拶しておきたい人はいるか?」
「…………お祖父様と、もし会えるならお父さん……。育ててくれた二人には、お礼を伝えたい。私のことを見放さなかっただけでも、感謝しないといけないから。……けれど、今は、無理かも」
リルは本来、明るい人だ。
とはいえ落ち込むことぐらいはある。
自分を守ってくれていた人が本当の父親ではなくて、王族の血筋なんてないのに、蔑まされながらも耐えて王族であり続けた。
頑張って首席になったヒロイン養成学校での生活そのものも、全ては計画の一部だったのかもしれない。
確かに二人は育ててくれたけれど、少なくとも五年前には『手放す』という決断をされて、それを当事者のリルだけが知らなかった。
…………こんなもの、落ち込んで当然だ。
「――なあ、マノン。俺たち、三人で一緒に暮らしてみないか?」
「へ?」
「リルが平民になって、例えば城下町で暮らす。――ぶっちゃけるけれど、王族から平民になったなんて、周りに知られたら何を言われるかわからない。まともに暮らしていくのは無理だろ」
「まあ、そうですね」
「だから俺は、リルを一人にしたくない。――同時に、マノンとも離れたくない」
「はなっ――。えっ!? でも私、無理を言って一緒に……」
こいつ、自分が無理矢理な手段で一緒にいるものだから、俺が本気で嫌がっているとでも思っていたのかな。
本当に嫌だったら妹みたいに可愛がったりしないってことに、気付けるようになってほしいものだ。
「あれ? でもリルも一緒ですよね」
「愛の告白ってわけじゃないからな?」
「むぅ――」
頬を膨らませて不満を表現してきたけれど、マノンは「仕方ないですね」と言ってくれた。
「ちょっと待って! 私が城を出るだけでいいのに、なんで二人まで――っ」
「俺だってここ、居心地悪いし」
「あ、それは同感です」
簡潔に答えた俺とマノンに対して、リルは不満なのか喜んでいるのか、反対か賛成かよくわからないというか、全部ごちゃ混ぜにしたような難しい顔で俯いた。
そのあともう一度顔を上げて俺とマノンの顔をそれぞれ見ると、やっぱり難しそうな顔ではあるけれど、こくりと一度、小さく頷いてくれた。
「さて。じゃあ新しい住処を探しに行くとするか!」
この国にも不動産業はあるから、まずはそこへ行ってみよう。
金銭はパソコンの対価で手に入れればいい。国王に依頼されて仕事をしている間は国費を自由に使っていいとされたけれど、『ぶよ』と『サラ』の召喚騒ぎでその話も途絶えたままだ。
国王に逆らって国費を使わせてもらえるなんて、そんな甘い話は無いわけで。
十字大陸統一の対価として、少しぐらい恩恵を分け与えてもらっても良いとは、思うんだけれどね。
…………まあ冒険中に国費をばらまいてお店のお姉様たちに遊んでもらったのは事実なわけで、そこに関しては何も言うまい。
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