リル⑱ 記録を読んだ人
書庫に戻るとリディアが机に突っ伏してスヤスヤと寝ていた。
この聖職者は平民と同じく働き者のようだから、少し寝かせておいてあげよう。
一方、リルは足音に気付いて、こちらへ顔を向けた。
「ハヤトくん――」
「どうした?」
あまり良くない内容だったのか。【実録! 父親の寝取り話!】を読んだ割に興奮した様子がない。いや普通はそうか。
これで寝取られには被害者がいることを悟ってもらえたらいいのだが。
「その……」
「言いにくいなら、整理が付いてからでもいいぞ。マノンだって、少し待つぐらいはできるだろ」
隣に立つマノンは首を縦に頷く。
「………………私、もしかしたら、お父さんの子じゃないのかも」
「――――は?」
窶れた顔で放たれた言葉は想定外すぎて、うまく頭で処理しきれずに沈黙の間を作ってしまった。
第一、リルには魔法の才があるわけで。それは王族である父親から授かったものだと思うのだが。
まあ、マノンのような超レアケースの存在もあるけれど、こいつは魔法の才があるという枠に収まっていない。だから本当に『突然変異』のようなものだと想像できるわけだ。
もし魔法の才が王族の順位付けをするならば、マノンが新たな女王となって子孫が王族を名乗ることがこの世界の未来なのではないかと思えるほどに、異端である。
だがリルの魔法は『死』という、とんでもないものに特化してはいるが、現王族の持つ力の範囲内だろう。
…………って、ちょっと待て。
「リル、例の魔法を最後まで使い切ったことはあるか?」
つまるところ『死の魔法』ってものは、誰かを殺していないと実証不可能なのではないだろうか。
確かにカッと感情的になるところはあるけれど、こいつ、人を殺すような性格じゃないだろう。
第一それって、十字大陸統一でも最強クラスの武器になれたように思える。
要人に魔法をかけて、脅すことができる。俺がそうされたように。
――そして彼女は、ふるふると横へ首を振った。
「マジかよ……。おい、マノン。マノンはリルの魔法を逆に辿って解析しただろ? それは本当に死の魔法だったか?」
「はい。でも問題は魔法の力の度合いです。人の生死を分かつ魔法なんて、かなりの魔力を持たないと使えないと思いますけれど、そこは解析不可能です」
「じゃあリルは『死の魔法を行使したけれど、本当に殺せる力があるかはわからない』――ってことか」
この世界では、生活魔法のように体系化された魔法が存在する。
それは一種の科学と呼べるだろう。学習すれば誰でも扱えるもので、特別な力ではない。
百メートルを速く走る方法とか、野球で速いボールを投げる方法とか、とりあえず理論が存在するものとそう変わりはないわけだ。
――――じゃあ、もし、死の魔法が体系化されていたら?
実行に必要な魔力が足りなくとも、実行に必要な要素や手順がすでに存在していたら?
賢者は様々な魔法を編み出し、中には危険であることを理由に、秘匿魔法として国で管理するものもあると聞く。
「まさか俺を殺せとも言えないし、ましてや誰かを殺せなんて、言えるはずもないわけだ。つまりこれは、『実証しないほうが、全員が幸せであり続ける、そういう魔法』……ってことか」
王族外の人間を王族と偽るには、これ以上の条件は存在しないだろう。これは魔法というよりもトリックに近い。
開けてはならないパンドラの箱。
それは案外、身近に存在するものだ。
身内の秘め事を暴くなんて、やはりするべきではなかったのか――。
俺は昨日、後悔を感じ始めていたわけで。やはりそこで止めておくべきだった、と、今更ながらに深く思ってしまった。




