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リル⑰ 記録を読む人

 リルが生まれたのが十八年前。

 オメロさんの(ざん)()はそれから少し()っての話のようだけど、とりあえず十八年前から記録を読み始める。

 読むのを手分けしてみて改めてわかったが、マノンは異常な速読だ。本当に流れるような速さで読み込んでいく。


「それ、本当にちゃんと読めてるんだよな?」

「もちろんです! 他人の(おく)さんを()()った(ざん)()なんて目も通したくないですけれど、いつか私とハヤトさんが()()げる日本をこの目で見るためなら、労力は()しみませんよ!」

「添い遂げる予定なんてないけどな」

「私の中では予定じゃなくて確定ですから、お気になさらずに」

「その(おれ)の気持ちを全力で無視するスタイルが(こわ)いんだよ……」


 (しよう)(かん)術を使ってゲーム世界からモンスターを召喚し、国を混乱に(おとしい)れ、俺が命を()けて実現させた平和を無に返すなんていうとんでもない話で(おど)してきた前科があるわけで。そのときは、さすがに本気で(おこ)ったけれど。

 マノンは一度たりとも、『その手は使わない』とは言っていない。

 この確信の裏にあるものが結局、(きよう)(はく)なのだとしたら。

 自分がしっかりしたヒロインを連れ帰るためだけに、十字大陸全ての人間を危険に(さら)すなんて、できるはずもない。

 でもマノンには、そうやって俺と(いつ)(しよ)に帰ったところで俺がマノンを好きになんて絶対にならないって、気付いて()しい。


「――で、リルは何を興奮しているんだ?」

「ふやっ!? ひえ、はんでもないわ!!」

「どう見ても(どう)(よう)してるじゃねえか」


 ちょっとした興味と(きよう)()(しん)()()みながら、リルの読む書類を(となり)からのぞき()む。


『私は妻子ある人を寝取ってしまいました。でも、ベッドでの(かれ)は私だけを愛してくれると――』しゅうりょーっ。


「人の寝取り話で顔真っ赤にしてんじゃねえよ!!」

「顔が赤いのは、好きな人の顔がすぐ(そば)にあったからよ!!」

「お、おう……」


 あれ? 俺、口説かれてる?

 さすがプロヒロイン。コメディ路線の最中に告白を混ぜてくるなんて、もはや()()れた印象すら受ける。

 見目は(ばつ)(ぐん)で性格も(せい)(へき)を除けばとんでもなく良いわけで、こいつに落とされないってのは結構な気合いが必要だ。

 ……実際、何度か落とされかけているし。

 大人の付き合いとして割り切って、『俺が(だれ)かに寝取られちゃえば良いんだー』って、ちょっと思っていたけれど。

 こいつと男女の仲になって情が移らないなんて、少なくとも俺には無理である。その上で寝取られてしまったら四六時中酒を飲んで()()らす目に()うだろう。

 もちろんリルが落ち込む姿も見たくないし、困った話だ。


「うーん。懺悔者の(めい)簿()を見ていると、十七年前から十五年前ぐらいの出来事のようですね」


 リディアは年次別の名簿を開いて、調べる書類の期間を確定させてくれた。


「なあ、結構な数の書類だと思うんだけど、全体で何年分あるんだ? なんか千年分ぐらい()()んでそうなんだが」

「五十年を(さかい)()に別の場所へ移管されていくので、この書庫にあるのは、ちょうど五十年分ですね」

「これでたった五十年かよ……」

「罪を自ら告白した者に、何人も(ばつ)(あた)えられない。ということはつまり、重罪人の()()み寺のような機能を果たすこともありますので」

「おい! それマジでダメなやつだろ!!」


 教会で懺悔して済むなら警察はいらないという話だ。

 警察はないけれど国軍が同じ役割を果たしているから、これは一種の『無罪確定ルート』だろう。


「もちろん対象外もあります。主に人殺しや放火、(ごう)(かん)などが通報対象です。まあ、どこからを通報とするかのさじ加減は、(きよう)(こう)様の意向が()まれますが」

「通報されたら(そく)(たい)()で裁判。教会って、検察みたいな役割もしてんのかよ……。しかも教皇の意向で……って、最悪じゃねえか」


 中世世界らしい(くさ)りかたが想像できる。


「そうでしょうか? 熱心な信者であれば一考の余地があるというのは、とても人情味に(あふ)れると思いますけれど」

「あのなぁ。()(がい)(しや)にとっては人情味なんていらないんだよ。そういう情けは無用で(さば)いて欲しいと願うのが被害者心理だと思うぞ」

「そういうものですかねぇ」


 忘れがちだけれど、一応、日本に帰ったら弁護士資格の取得を目指したいわけで。

 こういう話にはどうしても(びん)(かん)になってしまうな。


「リディアが知る(はん)()で、信者への温情みたいなのが働いたことはないのか?」

「うーん。信者のかたというのは、(ほう)()作業で善行を積み重ねている場合もありますから。町の(せい)(そう)とか、()()(いん)への協力とか、人手が足りないところを()(ぜん)活動していただくことで補っているのが実情です」

「寄付金で差が付いたりとか」

()(ぜに)を切って人のためにお金を使ってくださいと言う人に、あまり厳しいことは言いづらいでしょうね。さすがに人殺しとかになると、全部帳消しですけれど。軽犯罪……例えば『少額の(せつ)(とう)』とか『のぞき』とか『軽傷程度で済む(けん)()』とかなら、反省していれば(とが)めない場合もあります」


 難しいところだな。

 基本的には、罪を(おか)せばそこがスタートと考えるのが日本の法律だ。どれだけ良い人であろうと罪は罪であり、罰せられなければならない。

 ただ実際の裁判官はよく(しやべ)るし、温情を付けることも、それほどまでには(めずら)しくないようでもあった。裁判を(ぼう)(ちよう)する中学生というのはかなり珍しがられたけれど、俺は何度か近くの裁判所へ行って裁判というものを生で見たことがある。

 将来の進む道を決めないと、引きこもりを(だつ)する決心が付かなかったからだ。

 まさか異世界に召喚されるとは思わなかったけれど。


「――――って、ちょっと待て。今、『のぞき』って言ったよな?」

「はい。言いましたよ」

「ちょっとここ数年の懺悔名簿を見せてくれ」

「どうぞ……」


 さて。のぞきと言えば、最近顔を見ない()(れい)(けん)(じや)のことしか思い当たらないわけで。


「ほうほう。今年だけですでに五回も懺悔しておるのう。ほー、そうかそうか……」



『○月×日。東部(えん)(せい)(ひか)えたパトリシアさんが来訪。またも(えい)(ゆう)の私生活をのぞいてしまったと懺悔。これからも()(かえ)す私の罪をお(ゆる)しください。とのこと』


『○月×日。十字大陸統一の任を解かれたパトリシアさんが来訪。命を危険に晒す中でするのぞき(こう)()ほど興奮するものはない。ああ神よ、罪深き私をお赦しください。とのこと』


『○月×日。前回の来訪から三日目でパトリシアさん再来訪。今日も英雄様は()(まつ)なものをブラ下げてご入浴。私しか知らないギャップがたまりません、お赦しください。とのこと』


『○月×日。パトリシアさん来訪。今日は顔色が(すぐ)れないようだ。心配になって何があったのかを(うかが)ってみると、(とう)(さつ)()(ほう)がバレてしまった――ッ、と。これまでのことを泣きながら懺悔。全てお話ししますから今までのことは(いつ)(たん)流して、次に行きましょう。とのこと』


『○月×日。またパトリシアさんが来訪。三日間の休みをもらったものの、ほとんどの時間を(しゆ)()ののぞきに(つい)やしてしまった。最近は英雄様と王族の関わりも多く、王族のプライベートを(あば)かずに英雄様だけをのぞくことは困難を(きわ)める。だが、ここで(くじ)けては賢者の名折れ! 私は()(りよく)量ではあの()(むすめ)(おと)るが、(そう)()()(ふう)では誰にも負ける気はない。今日も今日とて英雄様の粗末なものをこの目に焼き付けて、白黒とは言え現像して保管するのだ――っ。むふぅーっ、たまらん! とのこと』



 ふーーーーん。

 こんな紙なんてビリビリビリィー! とのこと。


「うわぁ! なんで破っちゃうんですか!?」

「うるせえ! パティの悪事はともかく、なんで俺の()(かん)評価が教会に保存されなきゃならん!? つうかこれ通報案件だろ!!」

「いえ。パティは賢者として国に()くし、その(きゆう)()の多くを寄付してくれています。善行を積んでいるので、この程度の軽犯罪では――」

「こいつが積んでいるのは悪行だけだぁぁぁぁぁぁっ!!」


 被害者は俺なわけで、このまま告発とかできないものだろうか。

 なんだよ『何人も罪を咎められない』って。

 やっぱりこの世界には法制度が必要だ! この件に関しては(じい)さんも正解としか言えない!


「…………で、リルは去年の記録を開いて、何をしているんだ?」

「いやっ、その……っ」

「まさか、お前までパティと同じようなことを……」

「じゃ、じゃあハヤトくん、私の胸のサイズに興味ない?」

「あるに決まってるだろ」

「それよそれ! 同じこと! ちょ、直接見るわけじゃないんだし、文章で読むぐらいは……ね?」

「ね? じゃねえよ! 今初めてお前のこと爺さんの孫だと確信したわ!! 完全に変態じゃねえか!!」


 異性に好かれるって、こういうイベントが発生するものなの? (ちが)うよね? そもそもパティは俺のこと好きでもなんでもないわけで。

 ――――あれ? しかしあいつ、好感度百パーセントだよな。

 まあ百パーセントは同性でもあることだし、例えば直接の知り合いじゃなかったとしても百パーセントになることはある。英雄に本気で憧れている子供なんて、ほとんどみんな百パーセントだ。重たいけれど。

 だから、異性としての好きとは限らない。

 ……考えると怖くなってくるから、やめておこう。もし異性としての好意だったら単なるストーカーじゃねえか。


「マノンはさすがだな。最近は(よご)れ始めてきたかと思ったけれど、やっぱりお前が一番ピュアだ」


 男として、十四(さい)の女の子というのは、これぐらいの(じゆん)(しん)()()でいて欲しいと願ってしまう。


「私はあまり、そういうことに興味がないので。ただ一緒にいられたら、それだけでいいんです」

「マノン――っ」


 一番汚れてないのがヤンデレ(むすめ)って、どういうこと? リルの寝取られ病は治る気配がないし、パティはもう犯罪者以外の何物でもないし、なんでお前ら、バランス取る気がないんだよ……っ。

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