リル⑯ 聞いていた人
昨日足を運んだばかりの教会へ、再び赴く。
リディアは変わらず落ち葉拾い。
「教会って、そんなに暇なのか?」
「うわぁっ! ビックリしたなぁもう……」
オーバーな反応だな。
確かに俺たちは、マノンがいるから魔法で外界を遮断しながら歩いてはいたけれど。それでも教会の敷地に入ってから二十メートル以上は、普通に歩いて近寄ったぞ。
しかし教会なんて、静かな割にはそこそこ人の出入りがある場所だ。
落ち葉でも踏んでいれば音の一つぐらいは鳴ったかもしれないけれど、それもリディアの手によってきっちり清掃されているわけで。
「こんにちは、ハヤトさん。それにリル、ええと……マノンちゃん?」
聖職者っぽい微笑みを宿したリディアは正しく『美少年』のオーラを醸し出していた。
こりゃ男じゃなくても落ちる人は落ちるわ。百合の花畑へ急転直下だろう。
それに俺とリルだけではなくて、タイムマシンの出入り口みたいなところから顔を見せただけのマノンの名前までしっかり記憶している。
人気者になって当然なのかもしれないな。
マノンも少し驚いたようで、俺の後ろへすごすごと隠れてしまった。
引きこもりすぎて人間慣れしていない証拠である。
こういう場合、自分と異なる『コミュ力の高い人』を、特に怖がってしまうものだ。
「マノン、挨拶ぐらいしたらどうだ」
「こ……こんにちわ」
リルが「よくできました」と頭を撫でると、難しい顔で照れを隠しながら俯く。
脅して結婚しようとはしてきたけれど、それなりに早く手を引いてくれたし、少しずつヤンデレ度も落ち着いてきたのかな。
いや、動画で脅して結婚しようって時点で割と重度か。
リルを排除しないところで少し和らいだ気がするだけで、それだって自分の即位を一切疑っていない故であって常時監視と録画付きだしなぁ。冷静に考えてみると、俺の人権なんて一切無視した非道い環境を強制している。
可愛い妹のように思えた瞬間、ヤンデレ要素も浮かび上がってきて、俺にはどう対応したらいいのか正解がわからない。
「日課なのか? その落ち葉拾い」
「ただの奉仕作業だよ」
「王族が奉仕、ねえ」
「うーん。王族と言っても、ルート家は宗教を司っているから。神父じゃない僕は、普段はただの聖職者。教会の仕事は神と人に尽くす行為だからね。王族だからって特別扱いはされないよ」
「へえ。偉いものだな」
王族にも色々いるものだ、と、改めて思う。
「今日は何を懺悔しに来たの?」
「なんで懺悔が前提なんだよ」
「ふふっ、冗談だよ」
聖職者のジョークというのは質が悪い。懺悔することなんて山ほどあるから、どれからまず……と一瞬考えてしまった。
「教皇と会いたいんだが」
「どうして?」
「ちょっと、リルの親父さんのことで聞きたい話があってな」
「オメロ伯爵のことで……? 生憎ですが、教皇様は東半島へ行っておられて」
東半島って、あそこはほとんど全ての国民が『大地神アステガ』を強烈に信仰している地域なんだけど……。
東西南北の中で一番激しい戦いになったのも、異なる宗教が入り交じることを拒む強硬派の反撃が凄まじかったからだ。
「あそこに教皇が行くなんて、死にに向かったようなもんだぞ」
統一からまだ間もないということもある。
南はもう四年も経って馴染んできているし、西も同様。北は無血開城ということもあって今更抵抗を示す者は少なく、図抜けて危険なのが東半島だ。
「危険だから教えを説かないというわけには、いきませんから」
「いやいやいや。俺は宗教の自由を交渉材料にしたし、東半島にこの国の信仰を押しつけもしていない」
「教えを説くことは押しつけにはならないでしょう?」
「にしたって、こんなタイミングで……」
リディアの立候補理由を『王族を正すこと』であると仮定しよう。正義のためにこの年齢で自ら矢面に立とうというのだから、立派だ。
しかし教皇、ルート家の当代がまだ二十歳にもならない姪っ子の立候補を認めたことも事実なわけで。
俺やリル、マノンのような境遇ならともかく、しっかりとした家で育って将来も約束されているリディアが、わざわざ王維継承選に出るなんてこと――。
本人にも言ってやったことだけれど、やはり、今の教皇が代表して出るべき話としか思えない。
わざわざ荒れた東半島へ出向いちゃうところも加味すると、これはもう本当に、教皇の『欲深さ』なのかもしれないな……。
「オメロ伯爵の件について、僕が知っていることであれば、お話ししても構いませんよ」
「リディアが――って言ってもなあ」
五年前だから、当時のリディアは十四歳。まさか寝取られ云々という話を聞かされているとは思えない。
「伯爵は一時期、よくここへ懺悔に来ていましたが……。うーん、もし僕の記憶だけで足りなければ、その頃の記録をお見せしましょうか? ちゃんと保管されていますから」
「……ん? ごめん、ちょっと意味が……。えっ、保管? 見せる?」
「ええ。全ての懺悔は記録して保管されることにより、赦されるのです」
「赦してないから! それむしろ末代まで記録残っちゃうから!!」
「永遠の罪を背負ったということで赦されるのですよ」
「だからそれ、赦しとはちょっと違うから!!」
赦しというものは神様の前で罪を自ら告白することによって、苦悩からの解放を得るものだろう。背負わせてどうするんだ。
だいたい、その仕組みならもう警察とかそういうところで構わない気がする。
「何故でしょうか? 罪を背負うのは美徳ですよ」
ああ、そういやこいつの弱点、知ってた。
「いーや、記録なんて残さずに全てを受け入れることが正しい赦しだ!」
「くっ……、正しい……赦し!?」
ほら。すっごい効いてる。
でも厄介だからこれ以上は遊ばない。
「…………ま、いいや。記録が残っていたことは幸いだし」
「ちょっ、さっきまでの勢いはどうした! もっとこう、説き伏せるように激しく言葉をぶつけて――」
「異世界人の俺が、よその世界のことについてとやかく言うのも、変かなぁと」
「むぅ……。少し納得がいかないですけれど、それならまあ、仕方がないですね」
仕方がないってなんだ。追究しないけど。
俺たちは王族と英雄と平民。リルだけ案内されるとかマノンだけ追い出されるという展開かなぁと思っていたのだが、『正しく全ての人に公開されるもの』であるから――と、書庫へ通された。怖すぎるだろ、その書庫。
ちなみに公開された罪を責めることは、何人たりとも認められないそうだ。これこそが『許し』の理由らしい。
宗教の形にも色々あるものである。
玉座の間に似た重厚な扉を開けると、とんでもない量の書類が保管されていて、思わず目眩がした。どんだけ懺悔してるんだよ、この国の人……。




