リル⑮ 寝取った人
リルの父親は、既婚者であった女性を寝取って子供をもうけた。その女性こそがリルのお母さんであり、産まれた子供がリル。
しかしリルには、母親の元旦那さんの情報は与えられていない。現実的に考えて、子供にそんな話を聞かせないのは無難な選択だろう。
そういうわけで祖父に当たる国王に訊ねてみたわけだけれど、あくまで父方の祖父であるから、息子の嫁の元旦那情報なんて詳しくは知らないらしい。名前は聞いたことがあるかもしれないが、忘れた、と。
それでも情報を辿る道筋だけは、示してくれた。
「詳しく知っているとすれば、ルート家の人間じゃろう。神父のアマデオならば記憶している可能性もある」
「ジニ家とルート家。どっちも王族の中でも特に名高いようだけど、当代同士は仲が良かったのか?」
「そういうわけではない。しかしオメロは王族外の女性、それも既婚者を娶ったわけじゃ。これは様々な意味で罪深いとされ、ワシが庇うにも限界があったのじゃ。そこでオメロは、教会で懺悔をすることによって赦しを得ようとした」
「王族が神様に赦しを請うなんてこともあるのか……。単純なように思えていたけれど、内情は結構、複雑なんだな」
「オメロの地位を守るだけならば、その必要は無い。しかし息子は『いつか妻と子供を王族に迎える』と言って聞かなかった。ワシは表向き賛成をしたが、その実、胸中はそれ一色とも言えぬ。王族の中はほとんどが否定派。それ相応の償いが必要だったということじゃのう」
少し、気にかかった言葉がある。
「今、『いつか妻と子供を』って言わなかったか?」
「最初は反対派の圧力によって、王族として迎え入れるなんて不可能じゃったから、の。下手をすれば母子共に殺されかねぬ話じゃ。オメロも安易な決断はできなかった」
「じゃあ王族になるまで、二人はどこで……」
リルの顔を見るが、ふるふると頭を振って「私は何も――」と口にした。
当事者でもあるリルが知らないならば、他から得られる情報というのは――。
「リル、叔父さんとか叔母さんはいないのか?」
「お父さんのほうに沢山いるけれど……。その」
「ああ、無理するなよ。言いにくいなら、言わなくてもいいぞ」
「……ううん。ちゃんと言う。叔父や叔母は、お父さんが『ジニ家を汚した』と言って縁を切ってきた。――母が病魔に冒されたときも、亡くなるまでずっと嫌がらせが続いて…………。だから私だけになってからは、特に――、うん……。ひど、かった」
泣きそうなほど明確に気落ちしたリルを見て、「だから無理するなって言っただろ」と呟く。
そろそろ付き合いも長くなってきたし、今の発言が『父親に会うために必要だから』とか、ましてや『話したいから』ではなくて、ただの責任感が口を開かせたのだと理解できた。
前にリルは、母を亡くしたのは七歳頃の話だと言っていたわけだ。
病床に伏せる母親と、幼いリル。
本来王族でない母親と、妾の子とか呪いの子と言われてしまうリル。
城の中でどんな日々を過ごしたのか……。奥さんが亡くなってしまっても、父親なら最後まで娘を守って然るべきだろう。
これはヤマさんに続いて、苦情案件だな。身勝手がすぎる。
「なあ、爺さん。どうしてオメロさんが『対価』だったんだ? 言い方がおかしくなるかもしれないけど、平民でも人間に変わりはないだろ。この国が王族を差し出すなんて、よほどのことだぞ」
「国の命運を託したのじゃから、この上なく深刻な案件じゃったよ」
「そうだけどよ。なにも自分の息子を――」
「まずワシが『最大限に価値の高い人間』を希望した。そしてオメロが『全ての代償として、娘を王族として保護すること』を望み、こういうことになった」
「なるほどねえ」
苦情案件だけれど、人にはそれぞれ事情があるわけで。
「…………実を言うと、の。オメロは大病を患っていたそうじゃ。英雄召喚の儀式中に明かされて、さすがのワシも戸惑ったわい。――引き返せぬところまで黙っていたのはきっと、言えば対価としての価値がなくなると思ったのじゃろう。まったく、誰に似たんじゃかのう、あのバカ息子は」
「黙ってドデカいことを進めちまうところなんか、思いっきり爺さん似じゃねえか」
どのみち娘を残して死ぬぐらいなら……ってことか。ますます怒れないな。
「リルは知っていたのか?」
「……お母さんを亡くしてから数年で父も亡くすなんて、もし知ってたら、その後の生活に私は耐えられなかったかもしれない」
「娘を想って『失踪』ということにした――か」
絶対に戻ってこない死と、いつかもしかしたらという希望のある失踪なら、失踪のほうがまだマシなのかもしれない。
当事者になったことがないから、わからないけれど……。
いや、きっとオメロさんだって、失踪のほうがマシだと確信を持てていたわけではないのだろう。召喚そのものを含め、何もかもが大きな賭けだった――ということか。
「でも酷く咳き込んでいる姿を何ヶ月も見ていたし、少しずつ痩せていく体を重ね着で隠しているところを見たことがあるの。薄々勘付いてはいた……わ」
「そっか。娘に病を隠して実を犠牲に……。親父さんは、愛情の深い人だったんだな」
そりゃ寝取られを肯定するわ……。
自身の生まれだけではなく、娘のために自らを犠牲にした父親を否定したくは、なかろう。
「まあ、とにかく教会に行こうぜ。リディアの親父さんに会ってこよう」
「――――うんっ。そうだね」
ただ気落ちすることを思い出させるだけの結果に、ならなきゃ良いけれど。
どうなることだろうか。
こればかりはマノンの力でもどうにもできない。
……でも、もし最初から、オメロさんが死ぬほどの病気持ちだと知っていたら。俺は今回の動きを起こさずに、そっとしておいたかもしれないな。
連絡が途絶えたことだって、日本で病死したという可能性がある。
ATMのように異世界から金塊を取り寄せられるなら、向こう側からわざわざ連絡を絶つ必要も無いだろう。
…………俺は少しずつ、自分の行動を後悔し始めていた。




