リル⑮ お祖父様
久しぶりに国王と会ったのは、やはりゲーム部屋だった。
退位を表明して正式には王の座は空位となったものの、暫定として非常時には国を統率しなければならないらしい。
曰く『非常時など無いから問題ないのじゃ』ということだけれど、どうにもフラグを立てているようにしか感じないのは俺だけかねぇ。
しかし、そんな暢気な爺さんも、俺の話には食い付いてきた。
「ふむ。オメロが日本の情報を与えていたことは確かじゃ」
オメロ・ジニ。
ジニ家の当代であった、リルの父親。そしてリルの母親を当時の旦那さんから、寝取った人。
どうにも、ろくでもない人の感じがするのだけれど。
ただ人望が厚かったのも事実のようで、戦場で王族の話は時々耳にしてきたけれど、彼の話はそれほど悪く聞いていない。
もちろん平民を嫁としたことには王族内での反発を買っていたようだけれど、平民にとってリルの両親の馴れ初めは、『シンデレラストーリー』そのものなわけで。
俺が率いた師団の中での評価は、かなり高いものだった。
平民を王族に引き上げた人が平民から高い評価を得るというのは、理解できることではある。
まあ、だからこそ人間性や行為の罪深さが、隠れてしまっているようにも思うのだけれど。
「お祖父様――。なぜ、私に黙っておられたのでしょうか」
「聞けば会いたくなるじゃろう?」
「…………はい」
「リルはファザコンの気があるから、の。まあ自分と母親を身を呈して守ってきたのじゃから、気持ちはわかる。ワシとしても、悪い息子だとは思っておらぬ」
会えるわけではない、ということか。
「やりとりの手段は?」
「交換日記のようなものじゃ。こちらから送れば、あちらからも届く」
紙と紙なら対価として同等なのだろう。
そこへ情報の価値が加わるとどうなるかはわからないけれど、異世界の情報と国王が直接したためた手紙なら、まあ、成立しても不思議はない。
「保存してあるだろ。見せてくれ」
「召喚部屋の壁が一部、隠し倉庫になっておる。探してみるといい」
「まだ隠してるものがあったのかよ……」
「城とはそういうものじゃ。ここなど、隠された中のほんの一部にすぎぬよ」
面倒くさいなぁ。
まあ探さないとどうにもならないわけで――と、俺とリル、マノンの三人で召喚部屋へ入って壁に不自然なところがないかをチェック。
コンクリートのようなもので堅牢に造られているから、叩いてみるとコンコンと高い音が鳴って固い感触が指に伝わるわけだ。
しかしその中で、奥のほうにある横一メートル程度の壁だけが、固いには固いのだがどうにも妙な温もりのある響きで鳴った。まるで重厚な木製ドアをノックしたような感覚だ。
「取っ手はない。――じゃ、押してみるか」
十字大陸統一の中で、隠し扉の類いには多く触れてきた。偉い人間というのは不都合な物事を隠したがる傾向にあるようで、そういう類いを見つけ出すことは交渉材料発見に役立つ。
仕掛けは様々だったけれど、中には『壁を思いっきり押すと金具が外れる』というものもあって……。
「ビンゴ」
こちら向きに倒れてきた木製の分厚い壁はチェーン金具付きで、四十五度に届かない程度まで開いて止まった。中にあるのは重要そうな本や資料。
そしてRPGや恋愛シミュレーションゲームの攻略本。
「――国の貴重な資料の中に攻略本が混ざってるとか、どういう管理の仕方してんだよ」
「ハヤトくん、これじゃないかな」
「んー……。『異世界との交信記録』か。ズバリなタイトルで保管しやがって」
俺はそれに手を伸ばし、開かずリルへ渡した。
「私?」
「お前が一番読みたいだろ。まず先に読んでくれ」
「う――うん。ありがとっ」
それから小一時間、リルは懐かしいものを見るような感慨深げな顔で、一ページ一ページゆっくりめくって、文字を眺めていた。
筆跡から父親を感じたのかもしれない。
マノンは国王とぶよぶよ勝負に勤しみ始めてしまった。マノンは国王を含めて王族全体を嫌っているけれど、この二人って案外、相性が良いのかもな。
「終わったか?」
パタン――とページを閉じる音がして、問うた。
リルは「お父さん、多分、生きてる――」と呟く。
「見てもいいか」
「うん。……多分、ハヤトくんがちゃんと読んだほうがいい」
たった一時間程度、祖父と父親の交換日記を読んだだけだというのに、げっそりと窶れたような顔をしている。
それも読み進めるにつれて、どんどん表情が暗くなっていった。これはもう、覚悟するしかあるまい。
五年間に蓄えた知識で必死に文字をおって、俺は一枚一枚順番に読み進めていく。
困ったことにというか、やはりというか、予想は当たっていた。
日本を知らない国王からすれば『そういうものなのか』と納得できたのかもしれないけれど、日本で生まれ育った俺からすれば不自然と思える点が多数あった。
――まず最初、一年ほどかけて、オメロさんは日本を知っていく。
その仮定には苦労が滲んでいて、
『軍隊に保護されています』
『施設を移されました。どうやら軍隊ではないのかもしれません』
まあ多分、警察に身元不明者として保護されて、どこかで一旦寝泊まりをさせてもらい、然るべき保護施設へと入所することになったのだろう。
ここまでは問題ない。
運良く保護されて生き延びることができたという、喜ぶべき話である。
『信じられません。異世界者だけでなく、この国は他国の民に対しても保護をすると』
『優しい平民に、美味しい料理。この国は素晴らしい! しかし、とにかく人が多い。そして未知の文明。人間を必要としない乗り物は高度な魔法なのだろうか」
この国には車どころか蒸気機関車の類いすらないわけで。
賢者の数人が移動魔法を使えるけれど、まあちょっとだけ浮いてスイーッと動くだけだから、電動のスケボー程度か。
そんな中世から日本に行けば、面食らうのは間違いない。
ここもまあ、問題は無い。
だがその後、一年と少しが経過した頃にオメロさんから『提案』がなされる。
『魔法のような力の多くは【電気】と呼ばれるもので、雷の力を利用しているようです。あれほどの力を手懐けるとは、恐ろしい…………』
『しかし【太陽光発電機】があれば、太陽からも電気を作り出せるそうです。我が国の大きな力となるのではないでしょうか? こちらでは平民の一般家庭ですら屋根の上に大きな太陽光発電機を載せていることがあり、大容量バッテリーに蓄電をしておけば太陽光のない雨の日でも電気を使うことができるのだとか』
そして国王から太陽光発電機の対価として、大量の金塊が送られた。
『――――陛下、この世界には『テレビ』というものがあり、もしかするとそちらで日本の状況をご覧になることができるかもしれません。しかしテレビは高価でありまして、その、前回より多くの金塊を……』
国王は更に金塊を送り、液晶テレビが追加で届く。
『――――陛下、どうやら電波が受信できなかったようで、申し訳ありません。代案として、この世界にある『ゲーム機』をお試しになるのはどうでしょうか? 私も施設『ひまわり荘』で嗜んでおりますが、非常に愉快な娯楽であります。……しかしとても高価でして、液晶テレビより更に多くの金塊が必要となります』
どうも国の持つ金塊では前回と同じ量しか確保できず、国王は一旦保留。
ただ、ちょうどその頃に俺が南半島を統一したということもあって、国王は南半島の鉱山で採掘される美しい鉱石を合わせて送った。
『――――陛下。この金塊や石だけでは、どうにもなりませぬ。……しかし!! このオメロは国を、民を、陛下を、そして父親を尊敬しております! どうにか、今回の対価で送ることのできるゲーム機をご用意しましたので、お納めください」
さーて。
日本での価格を整理しよう。順番づけるならば言うまでもなく
1.『太陽光発電機と大容量バッテリーのセット』
2.『液晶テレビ』
3.『スーファミ』
である。
しかし送られた金塊の量は『スーファミ』が最も多く、次いで液晶テレビ、最後に太陽光発電機セット。
あれれぇー、おっかしいぞぉ~。って、俺でも言いたくなるわ!!
「おいリル。これは横領とかそういう類いの事件だ」
「おっ、横領!? そんな! でも、きっとなにか理由があって……!」
「マノンに実情を見せてもらえばいい」
ぶよぶよ勝負に勤しむ爺さんとマノンに声をかけて、マノンはすぐに七連鎖を決めると爺さんを瞬殺。普通に上手いな……。
「うーん……。情報が足りないと思います」
「お前の魔法でも無理なのか?」
「原点は変わらないのですよ。イメージが重要なんです。イメージすることが不可能であれば、リルのお父さんをピンポイントで映し出すのは無理です」
「具体的には、何が必要なんだ」
「ここまでで知れた情報は、対象者の父親と娘から与えられたものですよね。そういう好意的な視点も良いのですが、もっと人物像の奥行きを知らなければ……。本人の手紙がどれぐらいおかしいのかも、日本を知らない私にはどうにも伝わってきませんし」
「あくまでこの世界での、好意的じゃない、フラットな視点。もしくは悪い面も見なければ――ということか」
……悪い面?
「なあ、リル。前にも出た話だけれど、お母さんの元の旦那さんに会ってみないか」
「えっ……?」
「あまり言いたくはないけれど、俺が知っている限りで一番『オメロさんを悪く思っている人』だと思うんだ。その人からオメロさんの人物像を聞くことができれば、確実にプラスに働く」
「でも。私はきっと、嫌われて――」
「わかんねえよ、そんなの。まずはその人を特定して会ってみようぜ。なんならリルは会わなくても、俺とマノンが会えばいいんだ」
やはり父親の今の姿を知りたいという気持ちが強かったのか、前は渋ったリルも、今回は悩みながら頷いてくれた。
爺さんには、まだ横領の件は知らせないほうがいいな。
「よっしゃ、じゃあ寝取られた人を探しに行くか!」
…………そこだけを切り取ると、途轍もなく嫌な捜索である。罪のないリルのことまで、恨んでないといいなぁ。




