リル⑭ 父親
部屋を訪ねると、リルはいつも通り、一つも乱れのない格好で出迎えてくれた。
こいつは一体、どれだけ朝早くに起きているのだろうか? 毎朝、味噌汁を作って欲しい。包丁が豆腐やネギを刻む音で目覚めたい。
「どうしたの? 朝から重たい顔してるわよ」
とはいえ、俺だって内容が内容だから、しっかりと目を覚まして身なりを整えてからやってきた。マノンはまあ、いつも通りの室内着だけれど。
「――ちょっと、リルの親父さんが今どうしているか、調べたほうがいいんじゃないかと思ってな」
「お父さん……? でも、五年前に失踪していて――」
「リルも薄々は気付いているんだろ? 五年前に俺が召喚されて、親父さんがいなくなったんだ」
核心を問うと、リルは表情を曇らせて俯いた。この表情はあまり似合わないな。
「マノンが、日本に渡った人の暮らしを例の盗撮魔法で追えないか――って。情報が揃えばできるかもしれないらしいんだ。俺も今の日本がどうなっているか知りたいし、リルは親父さんの姿が見られるかもしれない。マノンも日本の生活環境を知りたがっているから、誰も損はしないんじゃないかと思って……な」
ヒロイン養成学校では日本の暮らしについて詳細に伝えたようだけれど、マノンはそこへほとんど通っていないわけだ。
俺が今の日本を見てみたいのも事実。
だからまあ、あとはリルの気持ちさえ揃えば、三者三様にメリットのある話となる。
――けれど、そう単純な話でもないということぐらいは、理解している。
「お父さん……。本当に生きてるのかな?」
「日本ってのは、身元不明人をそう簡単に死なせるような国じゃない」
「でも、結構怖い事件とかの話も……」
「そりゃまあ、完璧な国なんてないからな。でも治安は間違いなく良いし、たぶん俺がいた世界では、迷い込んで一番無事に済む国が日本だと思う」
まあ『自分の生まれ育った国を信じたい』という願望も混ざっているとは思うけれど。
この国だって治安はそう悪くない。
いや、悪くなくなった。
戦争なんて続けていれば、人々の心も荒むわけで。
懸命に働いて割とギリギリの生活を続けるこの国の民だって、もし戦争で旗色が悪くなれば『働いても働いても今より悪い暮らししかできない』となって、治安は悪化するだろう。
一部地域では、それによる反乱が起こっているところもあって、統一によって反旗を翻す民と押さえつけようとする権力者の双方を宥める形となることもあった。
今は、五つの国が一つとなった混乱こそあれど、果てしなく続いていた戦時に比べれば民衆のメンタルは安定している。
「ねえ、リル。召喚術を使いながら、疑問に思っていたことがあるんだけど……、言ってもいいかな?」
「……ええ」
マノンが眠たそうな目をこすって、真剣な表情を作ってリルを見上げた。
普段の様子と違うことを悟ったのか、リルの短い返答も声音が据わっている。
「ハヤトさんを召喚するときは、『人』と『人』。そこで一対一の交換が成立したと考えられるんです。でも、ハヤトさんの話によると国王の持つゲーム機は、そう大したことのない金額で買えるものだとか」
「ええ。一応、その話は聞いているけれど――」
「でも『電気』を創り出すソーラーシステムと大容量バッテリーは、遙かに高い。仮に日本で買えば、恐らくスーファミの数百倍、もしかしたらそれ以上……」
言われて、リルは軽く俯いて顎に手を当て、考え込む仕草を見せた。
そして言葉を紡ぐ。
「誤差程度の金額で買えてしまう――ということよね」
「ええ。それに消費電力の話も少し奇妙だ、と」
「えーっと、電気をどれぐらい使うか、よね?」
「はい。映像を映し出す『液晶テレビ』は『スーファミ』の十倍以上、電力を消費する。でもあの液晶テレビ、もっと小さいものもあるそうなんです。それを選べば十倍とはならずに、二、三倍で済むこともあるとか」
リルは難しい顔をしてこちらを向いた。
「マノンの言うとおりだ。仮に召喚物を『日本からの買い物』だと仮定した場合、ちょっと……いや、かなりバランスが悪い。それと……な」
言いづらいことではあるけれど、ここまできて伝えないわけにもいかず。俺は慎重に言葉を選びながら喋った。
「例えば英雄召喚は、『無作為に等価となる人物を召喚した』と推測できる。日本や地球なんて知らないところから人間がいる世界がランダムに選ばれて、俺のいる世界がたまたま該当したわけだ。だがスーファミや液晶テレビ、ソーラーパネルに大容量バッテリー……。これらは日本の知識がなければ、召喚不可能だろ?」
「そう……よね」
リルという女の子は、ヒロイン養成学校で首席を取るほどの力を持っているわけで。異世界の知識を貪欲に吸収できるのなら、頭の回転は良いはずだ。
「お父さんが、お祖父様に日本の知識を伝えていた――」
「ああ。だからきっと爺さんは、リルの親父さんが今どこでどうしているか、知っている」
「――――わかったわ。お祖父様に会いに行きましょう」
仮説は、ある程度は的を射ているだろう。正解から、そう遠くないはずだ。
そしてマノンの魔法がどう発展するかは、予測不能。
透視先に姿を現したり、盗撮動画を脳内で一つの動画に編集したり、ここ数日でパティの入れ知恵から自分なりに魔法を発展させることを覚え始めている。
未知の世界を好き勝手に突き進まれてしまうのは怖いことだけれど、この場合、もしかしたらリルと親父さんの会話とか、親父さんの連れ戻しとか、そういう常識外の魔法が成立する可能性がある。
「でも、選挙はいいの?」
「わからん。マノンが言い出したんだ」
リルに問われ、答え、マノンへ向く。
「だって、私の必勝法は『恐喝』ですから。十字大陸各地に隕石を降らせようとしたら、みんな怯えて投票してくれます。前日まであぐらを掻いていて、全然オーケーです」
それもう、不正選挙じゃないか……?
脅して投票させるという手段は、買収でもなんでもないわけだけれど。
ただ、もしこれを不正だと訴えたところで、やり方を変えて『この強大な魔力が国の力になります!!』とでも言えば、富国強兵的な希望と大陸外からの侵略を心配しなくても良くなる安心感で票を貰えてしまえるわけで。
俺自身は少しずつとはいえ順調に進んでいるように思うけれど、果たしてこのチートにどうやって勝てばいいのかな。




