マノン⑬ それぞれの知略
城に戻ると部屋にマノンがいる。
どうにもドス黒いオーラが背中から放たれていて、俺は怖じ気を感じながら問いかけた。
「何をしているんだ……?」
「盗撮動画の編集を」
「目を瞑ってか? つうか、お前の魔法、ついにパソコン並の処理能力まで手に入れちゃったのな」
さて何を編集しているのか――と横からモニターを覗き込めたらいいのだが、どうもマノンは脳内で映像処理をしているらしく、映像はどこにも見当たらない。
まあ、あとで見せてもらえば良いだろう。
もし見せられないと拒絶させられたところで、あくまでマノンの脳内編集。見せろと強制することもできないし、とりあえず王位継承選においては敵に当たるわけで、プロモーション映像のようなものだとしたら見せてくれなくても仕方がない。
俺は町で買った紅茶の茶葉を、事前購入しておいた布製のティーバッグに入れる。同時に、用意された洋風なポットに蛇口から水を注いで、ガス式コンロの上に置いた。
生活魔法でガスに点火させると、そのまま十五分ほど待機。
アルミのようには熱伝導率が高くないことと、部屋に置かれているものが備え付けではなく持ち運びのできる小さなガス式コンロで、火力の良さが相まってしまう。
コップ一杯の湯沸かしすらこのざまというのは、日本では考えられない。
だが、今では慣れて、この時間も嫌いではなくなった。
ベッドにドサリと倒れて、重力も何もかもを放り出した虚無な精神で十五分を過ごす。この時間に追われないリラックス感は重要だ。戦場でも、仲間に二十分ほど警備を任せて、こうして休む時間を取り入れていた。毎回ベッドだとは限らないのが悲しいものではあったが。
………………コポコポと湯の沸いた音が鳴った。
軽く眠っていた意識を起こして、城の誇る白磁のカップにティーバッグを入れて、上からお湯を注いだ。
ここから更に三分ぐらい、うとうとした気分で過ごすと、美味しい紅茶のできあがりである。
「――――できた!」
ちなみに大きな声でうとうとリラックスタイムを邪魔してきたマノンは、紅茶が苦手でドバドバ砂糖を放り込むから、わざわざ高い茶葉で飲ませる必要も無い。結構、なけなしの金で買ったんだからな。
十四歳では、この渋みがわからないのも仕方がなかろう。
「さて……、早いところ国王との取引を終わらせないといけないな」
なけなしの金で紅茶を買う英雄とは、一体。
しかしパソコンの対価には、十分な金銭を。つまり地盤・看板・鞄の鞄を要求するつもりだ。そうすれば俺は看板と鞄を得ることになる。
いや、統一を好意的に捉えている町や村もあるから、地盤の獲得もそう遠くはないだろう。リルには『俺たち対等だろ』という感じで接しているけれど、そんなものは今だけのこと。
俺の弱点はこの中央区だった。東西南北四つの半島で俺の顔を知らない人間はいないが、唯一争いの無かった中央区では知名度が足りない。
だがチェンバーズ家のレイフさんは好感度マックス。リディアの弱みを握って重要ポイントである宗教を押さえたことだし、そろそろ差を付けていこうか。
――――着実に進みすぎて、怖いな。
これが交渉で五つの国を統一なんて離れ業を成し遂げる過程で身につけた、知略というもの――か。
「ちょーっぷ」
自画自賛に浸っていたところで、額にマノンの手刀が落とされた。
しかし『ぺち』という程度で、痛くもかゆくもない。
「どうしたんだ、マノン」
「ティーカップ片手に大人ぶってるけど、全然格好よくないですからね?」
「ぶってるとか……。俺はもう二十一、心も体も立派な大人だ」
「女性経験もないくせに?」
「………………お前、段々と汚れてきたよな」
「そんなことないですよ。私とハヤトさんは、お互いに清い、こ・ど・も♪」
むっかつく……。これでも将来は紳士を目指しているのに、思わず手刀一発ぐらいなら――と思ってしまった。
いやまあ、何回かこいつにはやってるけどね。さすがに怒りにまかせてはいないわけで。大人の男は怒りにまかせて女の子に乱暴なんて、しないものである。
「それより、これを見てください!」
「んー?」
自主的に映像を公開してくれたから、まあ断る必要も無いし、と、それを眺める。
映像の中で、軽く目を伏せた俺に、リルがのぞき込むように軽く屈んで『そういうところ、好きだよ』なんて言った。
「ぶはっ!」
……………………ひたすら可愛いらしいリルに対して、映像の俺は、ついに彼女の気持ちを無視できなくなって、紳士っぽく襟を正した。
二人は正面を向き合い――
『リル――』
『ハヤトくん……』
「待て待て待て!! これを作った意図を言え!!」
「えっ。決まってるじゃないですか」
「わかんないから言えって」
「じゃあ、続きを」
映像の中で俺の口がアップして、何かを言う。言葉は隠されているが、次いで映像には『悶えるリディア』の姿が映っているから、これはまあ、あれだ。うん。どう見ても俺が言葉責めにしている。
「ふぇっふぇっふぇ。わかりましたか? 王族二人を同時に手にかけるなんて、悪い男ですねぇ。ふえふえふえふ」
「いやいやいや、ほとんどねつ造じゃねえか!?」
「事実を短くつなぎ合わせると、こうなるのですよ」
くそっ。確かにその通りだから、言い返しようもない。でもこの編集は悪意満々にもほどがある!
「……なにが、目的だ」
しかし、この映像が公開されれば俺は実質、処刑である。ネット炎上のない世界でまさか動画公開の脅しを受けるとは……。
「おおっ。さすがハヤトさん、話が早いですね! 日本で私と結婚しましょう!」
「断る。お前、まだ十四だぞ? どんだけ生き急いでんだよ」
「じゃあ婚約で」
「日本で社会的に死ぬぐらいなら、いっそここで殺されるからな? これ以上、家族に迷惑をかけたくない」
マノンを日本へ連れ帰ったところで、俺は『どことも知れぬところからロリっこを連れ帰った息子』になるわけで。その上、そいつと婚約させてくれなんて親に言ったら、『いっそこの子は帰ってなんて来なかったと言うことに――』となってもおかしくない。
「――むぅ。じゃあわかりました。要求のレベルを下げます」
「そうしてくれ」
「私に、日本がどんなところかを、見せてください」
「は?」
「召喚術を使っていて気付きました。召喚には対価が必要で、創作物の世界に捧げるものは魔力でした。たぶん、その空想世界にも魔力という概念が存在したからこそ、交換が成立したんだと思うんです」
「なるほど――」
急に真面目な話になってきたな。これでは無視も茶化しもできそうにない。
「きっと、ハヤトさんの対価には、相応の人間が渡されたと思うんです。この国から、日本へ」
「…………それは、何度も考えた。けれど、あんまり考えたくないんだ」
「でも、もしその人が特定できれば、私の魔法はその人の周囲を映像化できるかもしれません。ハヤトさんだって、自分への人身御供がどうなったか、知りたいですよね?」
「怖い言葉を使うな!! ――そりゃまあ、知りたいけどさ」
「じゃあ決まりです! 捜索しましょう、その人!」
……困ったな。
その人については、もう見当が付いているわけで。
…………うーん。でも、これはもしかしたら誰も不幸にはならないのでは?
いやいや、リルが板挟みになって辛い目に遭う可能性だって……。
でも……。
『失踪した父親』が日本で生きているかもしれないなら、見たいと願うのが人の心……というような気もする。
むしろ、もしもヒロインがリルに決まってしまったら、俺はこの疑惑に口を閉じたままで、リルと幸せになれるのだろうか。
「――わかった。明日の朝、行動しよう」
「心当たりがあるのですか?」
「ああ。リルの親父さんだ」
そうして翌朝、俺はマノンと共にリルの部屋へ向かうこととなった。




