リディア② 僕たちは小型化が得意
教会はこの中央区の中で城に次ぐ大きな建物だ。ゴシック建築とでも言えばよいのだろうか、中世というよりも壮大な古典という印象を受ける。
実際に教会は城よりも古くからあるらしい。
中に入ると天井一杯まで吹き抜けになっていて、壁には神秘的な絵が沢山描かれている。天使と神とか、だいたいそういう感じだ。
「こういうところって、荘厳な感じで作って、いかにも神様がいるって思わされるようにできてるんだよな」
「宗教のピーク期は国の設立後百年と言われているの。王族の数がまだ少なかった頃、魔法が使える数少ない王族は全て神の子だと信じられていた」
コツコツと足音を響かせながら歩き、俺は教会へ対する感想を、リルは歴史を述べた。
更にリディアが続ける。
「今では王族も数が増えて、昔ほど神聖視されなくなりました。同時に生活魔法の普及で魔法が身近にもなりましたから、王族イコール神の子という図式を信じるかたは、減ってしまっています」
聖職者が言うと、衰退をそのまま表現しているようで、割と切ない話にも聞こえた。
「リディアは、それを変えたい――と」
「ええ。聖職者として、僕は王族を神の子だと信じていますから」
「魔法の才があるからか? まあ今は王族が結構嫌われているからな。自分が国王になってもう一度威信を取り戻そうという話なら、理解はできる」
「――それも、あるのですが。僕が変えたいのは国民ではなく、王族のほうなのですよ」
「どういうことだ?」
先頭を歩く彼はコツンと少しだけ強い音を鳴らして、こちらへ振り返った。
「今の王族は、神の子と呼ばれるに相応しくありません。お二人だって、そうお思いでしょう?」
――――参ったな。
ミューレン家当代のゴルツさんが、乱暴な言葉を使ってでもリルの心を折りに来たように、そのゴルツさんが使える家の人間というものもある程度の傲慢さとか、そういうものがあると思っていた。
私利私欲のために王位を欲しがる輩なら、遠慮無く叩き落とせる。
そう考えていたのだけれど、どうにもリディアという少年は、この国の嫌われる王族像からかけ離れているように見えた。
俺とリルは、正直に頷いて答える。
「もし俺がこの国に生まれ育っていたとして、王族が神の子と思わないといけないなら、宗教なんか喜んで捨てる」
「ハヤトくん、聖職者の前でそんなこと……」
「そうだろ? リルのことを『呪いの子』と呼んで、マノンを脅した。そんな連中を神の子として敬えだなんて、無理がある。願い下げだ」
リルは軽く目を見開いて、驚きを表現してきた。
なんでこの程度の発言で驚かれなきゃならないのか。もう少し信用して欲しいものだ。ヒロイン選定となれば話は別だけれど、リルやマノン、一応パティとかサラだってもう、他人というわけではない。
知人でも友人でも戦友でも妹でも何でもいいけれど、そういう人間が辛い目に遭わされていたら、承服しがたい感情ぐらいは持つわけだ。
「さて。リディアに訊きたいことがある」
「なんでもどうぞ」
胸に手を当てて言う姿は、正に聖職者で、まるで打ち明けられた全ての罪を赦しますよ――とでも言いたげだ。
「今の神父は、ルート家の当代だよな」
「ええ」
「いい人か?」
「自分の親族を名指しして悪いと言える人間は、そういないですよ。それなりには慕われていると思いますし」
「――――ふむ。俺もリルから話を聞いたけれど、確かに、人格者として名が通っているらしい。そしてリディアの王位継承も、目的は王族の横暴を赦さずに正すこと――。そうだな?」
「ふえっ、……ええっ、そうです――が!」
うん? なんだこの反応は。堂々としていたのが嘘のように、妙に身悶えている感じで、ちょっと気味が悪い。
「どうした。背中に虫でも入ったか」
「虫っ!? ちょ、だめっ。誰か! リル、取って!!」
そんなに虫が嫌いなのかな。誰も、本当に入っているとまでは言っていないのだが。
取り乱す姿がなんというか、こう、肘が内側に入る感じで、もの凄くナヨナヨとしているというか、女の子チックというか。
言われたリルが背中に向かう。こいつは虫も大丈夫なようだ。
「あー、はい。じゃあ――」
「ちょっと待て。俺が取ろう」
だが、どうにも気にかかる。
「男の背中なんだから、『同性』の俺がやったほうが『適切』だからな」
「はうぅッ!」
んー。
ハッキリ言おう。こいつ、多分、女だ。俺は鈍くないから、それぐらいわかる。なんかこういう展開も慣れたし。
ただまあ、理由はあとで知ればいいから、とりあえず差し置く。
わからないのは、俺の話す言葉の何かに反応しているように見えることだ。例えば国王が変態と罵られることに興奮を覚えるような、そういう異常性が垣間見える。
「じゃ、じゃぁ…………優しく、取ってね」
いやいやいや、こいつもう隠す気無いんじゃないのか!? 弱った感じと恥じらいが混ざって、リルやマノンとは違った可愛いさで要するにまた変な奴が出てきたな!!
くそぅ。これでは背中と言えど服の中へ手を入れることに緊張を伴ってしまう。どさくさに紛れて背中へ入れた手を前のほうに回して柔らかさ判定に持ち込むつもりだったのに、これほど隠す気が無いのでは『わかっていてやった』ことがバレバレになる。
「ちなみに俺は、めちゃくちゃ揉むぞ」
「え……?」
「男だと仮定してどさくさに紛れて胸に手を回して、揉みまくるぞ」
「そ、そんなぁ……」
うん。やっぱり隠す気ないわ、こいつ。『男の胸なんて揉んだって面白くないだろう』ぐらい強がってくれたら『じゃあ確かめてやる』の展開に持ち込めるのに、隠す気がなさ過ぎて持ち込めない。
要するに正当性が欲しいわけだ。
『俺が悪いのではない。こいつが嘘をついていたことが悪いのだ』と言い張れないと、だって……ねぇ。好感度百パーセントの女の子が見ている前でさっき知り合ったばかりの女の子の胸、揉んで……。
いや、まだこいつは自分が女だと明かしたわけじゃない。確認のために触るぐらいなら、あり…………か?
「ハヤトくん、犯罪者の顔になってるよ」
「俺はまだ何もしてない!」
「わかってる。むしろ今の大チャンスで本当に触らない道を選ぶなんて、理性がしっかりしてるなぁ――って思うぐらいよ。別に私のことなんて気にしないでいいのに」
「気にするんだよ、普通は!」
「付き合ってもないのに、なんで気にするのよ」
「…………そりゃまあ、そうなんだけど」
納得して軽く目を伏せてしまった俺を、リルはのぞき込むように軽く屈んで「そういうところ、好きだよ」なんて言う。
……………………そんなことを可愛く言われて、俺は、ついに彼女の気持ちを無視したまま黙って、いられなくなった。
背筋を正して差し向かい、少し低いところにあるリルの肩に触れる。
「リル――」
「ハヤトくん……」
ええい、もういい。理性などとうに尽きた! 寝取られる覚悟もしてやる!
もうここ教会だし、このままエンディングに向かって突き進めば――っ。
ほら。教会の鐘も丁度良いタイミングで鳴っている。ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「ごごご?」
ふと音の鳴るほうへ目を向けると、空中に浮かんだ円形の黒い穴から、マノンが顔を覗かせていた。
……もう、なんでもありやんかー。
「メテオ――――」
「ていっ」
チョップ。
「いだっ。何するんですか!?」
「なんで覗いてる上に邪魔してんだよ!! それはタイムマシンか!? タイムマシンからドラちゃんが出てくるときの穴か!? 教会に聖職者がいてシチュエーションもそこそこ整ってたのに何してくれてんだ!!」
「だから邪魔したんですよ!? 何が悲しくて好きな人と友達が教会でキスするところを、見守らないといけないんですか!!」
「いやまあ、そりゃそうだけどさ……」
困ったな。これ、監視されている限り、何もできないんじゃないか?
「マノンちゃん」
リルがゆっくり口を開く。邪魔されたのはこいつも同じだからな。言ってやれ。
「そこは、指をくわえて眺めながら興奮するところよ!!」
「久々に寝取られの性癖出たな!!」
「養成学校で教わったのよ! 教会は最高の寝取られポイントだ、って!」
「聖職者の前ですげーこと言ってるからな!?」
と、そういえばボクっ子がいたことを忘れていた。
「虫、いなかった……」
上着を脱いでいる。だから隠せ。そこは『男だと思っていたら、実は女の子でした……!』という大定番のパターンがあるんだから、ボクっ子を一からやり直せ。
「この人――、女だったんですか!?」
んで、なんでマノンはコロッと騙されてるの? これはあれか。ひょっとして日本でそういうアニメとかラノベとかゲームに触れすぎた俺が間違っているのか。男の娘なんて現実にはそういないしな。
そんな展開なんて予想もしていなかった――! という純粋さが足りなかった、とも考えられる。けれど……ま、割とどうでもいい。
「女の子で、来年には神父、ねえ」
「えっ、でも神父には男性しか――」
「だからさ、そこが理由なんじゃねえの。こいつが王位継承戦に出る」
サラシみたいなものを胸に巻いた姿で恥ずかしそうにしているのをじっくり見るわけにもいかず、横目でチラチラ見遣りながら問うた。
大きいものを小型化するサラシは、日本の美学であり文化である。スマートフォンの生みの親とされるスティーブ・ジョブズは日本の禅を好んだわけで、スマホだって元を辿ればサラシの精神だろう。違うか? 違うな。
「――――僕は、男でも女でもない」
これはまた、ややこしい話を聞く羽目になるな……。




