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リディア① 宗教

 チェンバーズ家とミューレン家の(しん)(ぼく)(かい)を終えた次の日、(おれ)はリルと(いつ)(しよ)に『とある教会』を(おとず)れていた。マノンは親睦会で(つか)れてしまったらしく、部屋で待機。

 とはいえ、あのヤンデレロリっ子が(だま)って俺とリルを二人きりにしてくれるはずもなく、パティ考案の(とう)(さつ)()(ほう)(かん)()されている状態である。

 働きものの()(れい)(けん)(じや)め。とんでもない魔法を考えだしてくれたものだ。


「ここか。立派な教会だな」

「十字大陸で一番大きいと思う」


 宗教というのはどこの世界にもあるようで、ややこしいことに東西南北の半島とここ中央区では、元々異なる宗教を国教としていた。

 ハッキリ言って国を一つにまとめるよりも、宗教を一つにまとめるほうが()(ほど)難しい。

 権力者の権力()()と国教を強制しないことは、統一の(こう)(しよう)に当たって絶対に(ゆず)ってもらえない一線だった。

 特にこの国は元々、王族を神の子として(あが)(たてまつ)っている。他国が受け入れるはずもない。


「しっかし、王族なのか神なのかどっちなんだよ」

「王族は神の血族だから魔法の才がある――。そういう神話を信じる人にとっては、全ての王族が(いの)られる対象なのよ」

「その人たちは王族の横暴を(きら)ってないのか?」

「んー……。まあ中には嫌っていない人もいると思うけれど。どちらかというとリディアの人気が……ね」


 リルは(こと)()(じり)のほうで視線を横に()らして、最後は消え入るような声となった。


「おう。リルじゃないか」


 教会の(はし)のほうで落ち葉を片付けている少年が、王族のリルを呼び捨てにした。


「こんにちは。落ち葉拾いですか?」

「教会は常に神聖であるべきだ。最近は風の強い日が多いから、落ち葉も増える」


 なるほど。この人が王族の『宗教を(つかさど)る家』に産まれた、大人気の聖職者。――リディア・ルートか。

 男としては少しだけ長いかなという程度の(かみ)に、(ねん)(れい)以上に『(けが)れのない少年』っぽさがあふれ出していて、ものすっごい中性的イケメン。天然ブロンドの髪はサッラサラ。

 俺が勝っているのは身長と筋肉だけではなかろうか。

 (しつ)()(しん)しか出てこないんですけれど?


「リル、こちらの方は……?」

「ハヤト様――と言えば、おわかりになるでしょうか」

「ああっ、ではあなたが(えい)(ゆう)の――。これは失礼しました。パレードに参加できなかったもので」


 スッと手を差し出される。白くて(なめ)らかな(はだ)に、細い指。しかし少しだけ()れた感じがするのは、(かれ)が決して王族の()()にふんぞり返って()(れい)(ごと)だけを教え説いて生きてきたわけでないことを、(じか)に表しているようにも感じられた。

 俺は彼の手を(にぎ)って、自己(しよう)(かい)をする。

 こういうのって女性同士がやっていると(ほほ)()ましく思えるのに、男同士だともの(すご)(みよう)な感じになるのは、何故(なぜ)だろうか。

 スキンシップに慣れない日本男児としては、(あく)(しゆ)なんて戦ったあとに芽生えた友情ぐらいで十分だと思ってしまう。……引きこもり体質の人間というのは、特にこういうのが苦手なんだ。


「リディア・ルート様ですね。お(うわさ)(うかが)っております」


 それでも悲しいことに、慣れちゃったんだよなあ、こういう()(しき)(てき)交流。大人になるって悲しいことなの……っ。


「あはは――。(ぼく)はまだ十九で、年下です。リディアと呼び捨てにしてください。年下のリルにだって、そうしてもらっているのですから」

「十九というと、パティと同じ(とし)ですか」


 賢者というのは非常に(とく)(しゆ)な立場にあって、幼少期に賢者の()()みがあれば王族や貴族と同じ程度の教育を受けることとなっている。

 平民に義務教育が存在しないこの国にも、貴族以上が通う学校はあって、同じ中央区の中ならば同学年の知り合いという可能性があるわけだ。

 義務教育すら(ほどこ)されない平民出身が王族と同学年になるというのは、とんでもない()(ぎよう)である。


「ああ、賢者の――」

「ええ。賢者の」

(かの)(じよ)とは同じ(まな)()で苦労を共にしました。――というか、苦労させられました」


 させられた?

 なんだか()(ろう)感たっぷりで口にしているし、あいつ、何をやらかしたんだ。


「……というと?」

「彼女はその……、事情通すぎる嫌いがあったので」


 ほうほう。その頃から既に――。

 これは前科が増えたな。


「誕生日も近いことだから、王族や平民といった関係は無しにして、お(たが)いに敬語はやめよう――という話をした時も」

「ああ。あいつのことだから、絶対に王族のことを呼び捨てになんてできなかったでしょう? 権力には無条件で従うんですよ。困ったことに」

「いや、その逆です」

「逆?」

「王族の命令は絶対なので、と。そりゃあもう『よっ、リディア! 今日も女みたいな顔しやがって――』みたいな感じで……」


 なんでいきなり親友みたいなノリになってんだ。

 平民と王族なんていう関係じゃなくたって、いきなりそれでは()()れしすぎるだろう。容姿の話なんて本人が気にしている可能性だってあるわけで。


「さすがにそれでは周りとの(あつ)(れき)が生まれてしまいますし、僕の周囲の者は(おさ)えようとしたのですが」

「まさか、逆らったのか?」

「はい……。『王族の命令に逆らうとは無礼者め!』と、逆にパティが(いつ)(かつ)してしまう始末でした」


 賢者とは一体。


「以来、彼女が英雄の補佐となるまで、その関係は続き……」

「それはその……、大変だったな……」


 俺は(ねぎら)うつもりで、彼の(かた)にポンと手を置いた。


「ひやっ!?」

「ん、あ――ごめん! 俺も、初めて会った仲なのに馴れ馴れしかった!」


 握手を求められたからスキンシップを好むものだと(かん)(ちが)いしてしまった。あれは社交()(れい)だから、(さら)()()まれると、(おどろ)いてしまうこともあるのだろう。

 (うわ)()った声がちょっと()(わい)らしく感じてしまったのは、胸に(とど)めておこう。性の多様化とは言うけれど、俺の多様化はしていないわけで。


「……ん?」


 しかし念のため(かく)(にん)した好感度が、ゆっくりと高まっていっている。

 まるで彼の驚きが、(れん)(あい)(こう)(よう)感に見えるほどに。

 ――――これ、まさか(めん)(どう)ごとになる(やつ)じゃないだろうな!?


「念のためなんだけど、リディアは女の子が好きなんだよな?」

「えっ? ――も、もちろんだ!」


 今の()(まど)いは、当然のことを聞かれたことによるもの――。そう信じよう。

 そもそも、この国の宗教はカトリック的というか、保守寄りで同性愛は固く禁じている。子を作ることは神に許された(こう)()として神聖視されている一方で、そうでない性的な行為は全て罪なのだ。

 よく働く真面目な国民性に、この宗教。もう少し人間らしく(くだ)けても良いんじゃないかなと個人的には思うところだけれど、よその世界の文化や歴史、宗教に口を(はさ)むほど()()でもない。

 男でないと神父になれないというのも、カトリック的だと感じる一因だ。

 そしてルート家の当代が、教皇(きょうこう)となる。教皇は限られた一人だけが()く聖職の頂点だ。


「ルート家は聖職者の家系って聞いたんだけど、リディアも将来は神父や教皇になるのか?」

「そういう前提で生きているよ。弟たちには、(けつ)(こん)や子育てもして()しいからね」

「というと?」

「教皇はもちろん、神父も結婚ができないんだ。人々を『全て等しく神の恩恵を授かった子』として見なければならないために、自分の血を分けた子は(じや)()となる。しかし子供が全員神父になっていたら血が途切れてしまうから、当代が教皇に、そして次期教皇が一人か二人神父となる決まりだ」


 邪魔って……。

 まあ実際そうなのだろうし、きっと、彼の言っていることは教えとして正しい。

 でも結婚の自由ぐらいあってもいいのに――なんて思ってしまうのは、俺が現代日本に生まれた特にこれといった宗教を持たない人間だからだろうか。

 (いつ)(ぱん)(てき)な日本人は、イエスキリストの降誕祭(こうたんさい)をケーキで祝ってから年末を過ごし、年が明けるとすぐ神社へ行って(さい)(せん)を投げ入れ、拍手(かしわで)を打ったり合掌(がっしょう)をして神に祈る。この間、最短で一週間強。宗教に関してはとことん()(たら)()な国だ。


「じゃあリディアはもう神父なのか?」

「二十歳になれば資格が与えられる」

「そっか。――――それなら、質問があるんだけど」


 そして俺は、ここへ来た理由を打ち明ける。


「どうして神父になることが決まっている人間が、王位(けい)(しよう)選に立候補するんだ?」


 問うと、リディアの(さわ)やかな()(がお)に、(わず)かな(かげ)が差した。

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