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クロシードと、受け継げないもの


 思えば戦場と訓練以外で戦うなんて、はじめてのことだ。

 日本にいた(ころ)は大人しすぎるぐらいに大人しい性格で、(けん)()なんて(いつ)(さい)()(えん)。戦うのは対戦ゲームぐらいで、スポーツも特に深くは経験していない。体育では鉄棒とマット運動が苦手な、どこにでもいる普通の子供だった。

 ただ、引きこもっているときに父さんが『頭と体だけは(きた)えておけ』と言っていて、それが引きこもる条件のように思えたから、(おれ)は勉強と筋トレだけはキッチリやっていた。

 引きこもりはガリガリのもやしっ子という(いつ)(ぱん)(てき)なイメージから()けたかったということも、あるかもしれない。

 ……でも、まさか自分が戦争の道具になるとは一度たりとも考えなかったわけで。もしもわかっていたなら、筋トレなんてきっとやらなかった(・・・・・・)だろう。

 そういう性格である。


「お()(やわ)らかに」


 対面した状態から一歩前へ出て、(あく)(しゆ)を求める。

 これでも(えい)(ゆう)なわけで、少しぐらい尊敬されたりとかしていないかなー、なんて思っていたのだけれど。

 ミューレン家の三男は、この家系にしては(めずら)しいのか、脳筋っぽさが出るほどの筋肉質ではない。ある程度の細さも保ち、身なりだけは(しん)()(てき)(ふう)(ぼう)だ。

 しかし俺の言葉は意にも(かい)さない様子で、口角を気持ち悪く上げてニヤけた。


(あい)(にく)ですが、その手を(にぎ)るほど汚れた(・・・)手は、持ち合わせておりませんので」


 貴族は戦場へやってこない。当然だ。平民を差し置いて命を()す必要なんて一つもないのだから。

 (あん)(ぜん)(けん)にいてゲームのように戦争を楽しむ。

 少なくともこの世界では、それが常識。


「戦場へ出た者の手は汚れている――と?」

「ええ。三男と言えど貴族は貴族。大会で優勝を重ねれば自然と名声は手に入りますから」

「あなたは名声を得たから、戦場へ出る必要が無かった」

「その通りです。ヤーマンは私に勝てないから戦場へ出向くしかなくなった、ただそれだけのこと。王族貴族になれない平民が殺し合うだけの場で死ぬとは、まあ、(たが)いの家の(めい)()()けて(せつ)()(たく)()してきた仲としては、本当に残念な結末ですね」


 全く切磋琢磨してきたなんて思っていないのが丸わかりである。(かく)す気も無いのだろう。


「――で、英雄様はその棒で、私と戦うおつもりですか?」

「ヤーマンさんから教わったのは、棒術だけなので」

「ああ。そういえば(・・・・・)彼は棒術を得意としていましたね。全部勝っていたので、何が得意だとか、忘れていました」


 白々しいなあ。

 ……でも、ここで本気で(おこ)れる人間がきっと、英雄らしい人物なのだろう。

 俺は根っからの喧嘩(ぎら)いなのか、争いごとを好まないにもほどがあるのか、ここまでの発言を耳にしたところで『(たた)きのめしてやる!』とはならないんだ。

 ただただ、こんな最低の人間とは永遠に関わり合いたくないと、思うだけで。


「俺の棒術はヤーマンさんの域に達していません。それでももし、あなたが負けた場合。――二度とチェンバーズ家と、関わらないでもらえませんか?」


 この言葉は真実だ。技術だけを()()いだところで体力が(ちが)う。筋トレだけをしてきた引きこもりと武術の家に生まれ育った本物の()(とう)()では、(きた)(かた)の次元が完全に異なる。


「私に今後の(しん)(ぼく)(かい)や武術大会へ参加するな――と。そう(おつしや)りたいのでしょうか」

「ええ。ヤーマンさんをねじ()せる強さがあるのなら、あなたにリスクはないでしょう」


 ふむ、と(かんが)()んで、こちらの目をチラリと見てくる。


「……確かに、戦場においてヤーマンの右に出る武闘家はいなかったと聞いています。英雄と言えど、ヤーマンには勝てなかった――と。…………しかしそういえば、英雄様は(こう)(しよう)ごとがお得意だとか」

「俺の言葉は信用できないですか?」

「いえ。事前に伝え聞いた(うわさ)(ばなし)までコントロールすることは不可能でしょう。しかしそのような条件を、勝てない相手に()き付けるとも思えない。私の知らない技で不意打ちを(ねら)ってくる可能性があるでしょう? 例えば、ヤーマン以外から教えられた武術などがあるのなら、それを使ってくる可能性がある」

「大陸統一の名誉に賭けて、ヤーマンさんから(けい)(しよう)した技以外は使わないと約束しましょう」

「ほう……。――――ふむ。ここで英雄をねじ伏せることができれば、私の名声は(さら)に上がる。悪くはないですね」


 舐めるような視線をこちらに送って、彼は頷いた。


「その条件、飲みましょう。(ただ)し、折角ですからここはヤーマンの技に()らわれずに全力で戦っていただきたい。私の名声を上げるには、力を出し惜しんだなどという言い訳は邪魔ですから。相応のリスクを負いましょう」


 ここでヤマさんだけの技を使うと意地を張ったところで、交渉が()(たん)するだけ――か。


「わかりました。では、全力でいきます」


 俺は棒を構え、彼も同じく棒を構えた。棒術と棒術。互いの力量を比べ合うには最適の組み合わせだ。


「――本当に、ヤーマンの生き写しのような構えですね」


 この手合わせには(しん)(ぱん)がいない。ただ両家の人間が見守るのみ。

『はじめ』の合図もないが、さすがに武術の家系同士、不意打ちをしたところで名が落ちるだけという(あん)(もく)(りよう)(かい)があるからこそ、成り立つのだろう。

 俺が気を張って止まっていると、呼び動作ゼロで顔面へ棒が()かれる。ギリギリで(かわ)すと(まえ)(がみ)が風で()れた。

 そのまま俺がいるほうへ棒が()(もど)されて、波状(こう)(げき)が始まる。

 ――――だが。

 チェンバーズ家は守りの型。対処法は無限にある。

 俺は全ての攻撃を(はじ)(かえ)して、(いら)()ってきたところで相手の棒を()()げ、大きな(すき)を作らせた。


「……どうして、決めに来ないのですか」

「わかりませんか? これはレイフさんの使った技です」


 俺の意図を察したのか、三男が感情的に攻撃を再開した。

 さすがに()(りよく)がある。このまま続けていれば、俺の筋力ではいずれ分が悪くなるかもしれない。

 ――――でもロニーくんは、これ以上の筋力差を、(くつがえ)したんだ。


「ふっ!!」


 息を()いて()()された突きを半身でかわして、俺は棒を(ほう)()。そのまま(ふところ)()み込んで、コマのように体の(じく)を使って背負い投げた。

 そのまま上から()さえつけて、制圧。棒術と柔術の組み合わせはロニーくんが見せたものである。

 だが、このまま大人しく終わる相手ではないだろう。


「このっ――!!」


 ロニーくんがやられたのと同じように固く握った拳でこめかみを狙われたわけだが、俺はより速く、目の前の高く伸びすぎた鼻っ柱へ()()きを()()った。


「ぐぁ――――ッ、アアぅッ!!」


 (もん)(ぜつ)する相手から体を(はな)して、スクッと立ち上がる。

 そして乱れた(えり)を正した。


「ああ、すみません。最後の頭突きだけ(・・)、オリジナルでした」


 この人は戦場で生き抜いた人間を甘く見すぎだ。ヤマさんより力に劣る俺は、ヤマさんほど綺麗に敵を制することができない。だからこうした荒っぽい手段も覚える必要があった。


「この……ッ」


 鼻血を(ゆか)へ落としながら、(ひざ)をついてこちらを見上げてくる。


「まだやりますか? レイフさんとロニーくん、二人がやったのと同じようにやられて力の差を感じないほど、バカではないと思いますが」

「――――くそっ! ヤーマンに教わった程度でなぜ――ッ!!」

「自分では気付けないんですね……」


 この人は、ある意味では()(わい)(そう)なのかもしれない。

 対戦して気付いた。

 俺が守りの型であるはずのヤマさんから守りの型の(けい)()を付けてもらうということは、ヤマさんが本来とは異なる攻撃役を演じなければならなかったわけだ。しかしそれでも、ヤマさんは今の彼より遙かに洗練された動きで、何よりも力が強かった。

 ミューレン家の仲で、一人だけ筋肉質ではない体格。それはきっと、父親や上の兄弟ほど力を付けずとも勝ててしまったからだろう。

 …………ヤマさんが、(やさ)しすぎたから。


「あなた、勝ちを(ゆず)られていたんですよ」

「なっ!?」


 念のためにミューレン家の当代の表情を(うかが)ってみたが、(どう)(よう)して(あわ)てたり身内を守ろうとする様子は、全く見られなかった。

 ただただ(もく)して、俺たちの話を聞いている。


「きっと、当代であるゴルツさんも、二人の兄上も、気付かれていたのでしょう。あなたが弱いことに」

「そんな――」


 彼は慌てて、助けを求めるように家族の顔を()()ったが、(だれ)(ひと)()として彼の顔を見ようとはしなかった。


「同じ武術の名家に生まれた、同じ(さん)(なん)(ぼう)。名声を上げなければ貴族として地位を上げることは(かな)わず、そうなれば戦地へ(おもむ)いて戦果を上げる必要に(せま)られることも、あるかもしれない。ヤーマンさんはきっと、そこまで考えた」


 王族貴族は子供が多い(けい)(こう)にある。では子供が(たく)(さん)生まれたから全ての子供に親と同じ地位が()(わた)るかといえば、そんなことをしていたら(しやく)()持ちだらけになって、価値が(うす)まってしまう。

 そこで『貴族落ち』という現象が発生するわけだ。

 例えば、貴族にも(かか)わらず戦地へ赴くことが、それに(がい)(とう)する。貴族らしからぬことをしなければ名声を上げられないのだと、名指しで()()される。


「弱いあなたが戦地へ出ることになったら、生き残れますか?」

「弱い……だとっ!?」

「ヤーマンさんは(だれ)よりも優しく、誰よりも強く、北半島統一では立役者となった。――無血で城を制圧した、(はな)(わざ)の立役者です。……あなた程度の人に、戦場で前線に立って死ぬことも殺すこともなく敵を制するなんてこと、できるはずがありませんよね。だってあなたにできるなら、あなたに勝てる俺がやっているはずですから」


 統一の順番は、南から時計回り。北半島は三番目だった。

 そしてヤマさんは、北半島統一に際して英雄と呼ばれた。

 俺ではなくてヤマさんが英雄と呼ばれたのは、単純に戦功が違いすぎたからである。自ら鍛え上げた少数の兵で相手国の総本山に乗り込み、敵兵を完全制圧し、俺に交渉の(ゆう)()と材料を(あた)えた。

 無血開城なんてものは、(あつ)(とう)(てき)な武力差があってこそできることだ。戦力のピークが北半島の統一に重なったとも言える。

 その後、ヤマさんは東半島統一の最中に亡くなり、俺がクロシードで技術を継承した。


 だが継承して気付いた。

 ああ、俺には無理だ、と。


 死を覚悟して戦いに臨むというのは、戦場なら誰でも同じだろう。でもヤマさんは多分、自分以外の犠牲者が一人でも少なくなるなら自分の命は投げ捨てるという、特別な覚悟を持っていた。

 そうでないと無血開城なんて不可能。捨て身の姿勢が結実した成果だった。

 俺はもちろん、自分が死なないことが最優先である。英雄らしい勇敢さとか、一つも持ち合わせていない。自分が死なず相手も殺さない方法を考えて、でも『仕方がない』と割り切る必要には何度も迫られて、何度も割り切った。

 実際、最後の東半島統一は激戦となって、多くの血が流れた。

 技術を受け継いで、覚悟の違いに気付かされたわけだ。


「――――くそぉ、……なんで……」


 さすがにもう勝敗は決しただろう。

 背後の気配を察知するのは大得意な俺に、後ろから(なぐ)りかかってきたところで、(かえ)()ちにできるわけで。

 俺は堂々と背を向けて、正座をして観戦していたレイフさんの前へ向かい、目の前で同じように正座をした。


「……すみません。レイフさんにだけ、秘密を明かします」


 それから俺は特技継承スキル『クロシード』で、ヤマさんの棒術を受け継いだことを伝えた。


「なるほど。それで生き写しのような……」

「あのっ、ロニーくんにはやっぱり、(だま)っていたほうがいいですよね」

「…………そうですな。ハヤト様はいずれ元の世界へ帰られる身です。父親の術をそのまま()()いでいると知ればきっと、ロニーにとって他人事(ひとごと)ではなくなってしまいます。別れが(つら)くなってしまうでしょう」

「――わかりました」

「お(こころ)(づか)い、痛み入ります」


 互いに向かい合って礼をして、親睦会とは名ばかりの、両家の名誉を賭けた一戦は終わった。

 するとすぐに、リルとマノンが()()ってくる。


「ちょっ、くっつくな!」

「だって……っ。あんな危ないことして、本気で(こわ)かったんだからね!?」

「あぅ。ごめんなさい……。ま、マノンは、どうした?」


 右腕にリル、左腕にマノン。

 やばい。何このハーレム!? 手合わせよりこっちのほうが(きん)(ちよう)するんですけど!


「危なかった……」

「なっ、何がだ」

「あと一歩で、()(ほう)で殺すところでした!」

「おぅ……。そりゃ、なんとか()(まん)してくれてよかったよ……」

「ハヤトさんの顔に少しの傷でも付けようものなら、あいつの顔を地獄の(ほのお)で焼いて永遠に痛みを刻んで最後に――」

「待て待て! 怖いっ、発想がめちゃめちゃ怖いから!」


 最後に、のあとは聞きたくなかった。

 今後はマノンの前で戦うことは、(ひか)えたほうが良いのかもしれない。

 レイフさんが満面の()みで「ほっほっほ。英雄様はさすがにモテますのう」なんて言っているけれど、完全に(ちや)()している顔だった。

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