手合わせ
親睦会というのは本当に名前だけで、道場の中ではすぐに試合が始まった。
この世界の武術は『術』であって『道』ではない。剣術と剣道が異なるように、より実践的な戦いとなるわけだ。
そういうこともあってか、真剣では無いものの、剣と槍と棒、武器はどれを選んでもよく、異種格闘技戦のような状況となる。
最初はチェンバーズ家の長男が剣術、ミューレン家の長男は槍術。この世代ではチェンバーズ家のほうが強かったという噂通りに、チェンバーズ家の長男が一瞬の踏み込みで距離を無くすと、槍の根元を跳ね上げて無防備になったところに首へ寸止め。チェンバーズ家の勝利に終わった。
「迫力あるわね」
「さすが武術の名門同士――ってところだな」
「魔法の前では無力ですけれどね」
次いで次男同士の対決。こちらはミューレン家がリーチの長さを活かしに活かした槍術で、強引にねじ伏せた。
三戦目はレイフさんとゴルツさんの戦いだ。
「当代同士の対決って……。ねえ、大丈夫なの?」
「あくまで親睦会だからな」
マノンは無言でいる。あまり武術への興味はなさそうだ。
「お手柔らかに」
「ふんっ――」
槍を持ったレイフさんは一礼をして、棒を持つゴルツさんは礼をせずに構える。道として正しいのはレイフさんだが、これは道じゃない。礼節に拘わらず、勝ったほうが正義となる。
「棒術は力が命だと聞くけれど」
「技術だけで軽く当てたところで、棒じゃ斬ることはできないからな。だからこそ柔術を組み合わせることも多いわけだが、そこでも力は必要になる。基本的に、剣術は速さ、槍術は間合い、棒術は力――――。だが」
あれだけの棒術を扱えるレイフさんが、槍を構えた。槍術に相当な自信があるか、あるいは――。
先に仕掛けたのはゴルツさんで、長めの棒を力業で振り回してくる。武闘家としては痩身のレイフさんと、年齢に似合わぬ分厚い肉体のゴルツさん。
一見すると力でガンガン押し込んでいるゴルツさんが有利に見えるだろう。
しかしレイフさんは距離を保って棒を打ち捌いて、一瞬の隙を狙ってゴルツさんの棒を跳ね上げると、そのまま一瞬で喉元に槍の先を突き付ける。
棒は手元から先まで同じ太さで同じ重さ。しかしそんな棒にも最も力がかかる『芯』が存在し、レイフさんはそれを避けて捌いていた。
そして槍の芯は矛先にあり、その矛先で相手の芯でないところを打ち付けたわけだ。
そうすれば腕力差など無かったかのように、芯で打ち付けたほうが勝てる。
一礼して引き上げてくるレイフさんに、リルが語りかけた。
「凄いですっ……。力では圧倒的にゴルツさんだったのに」
「振り回す力を暴力と呼びます。チェンバーズ家は代々守りの型を受け継いでおりますので、暴力への対抗手段を豊富に持ち合わせているのですよ」
暴力的な武術――。確かに、ゴルツさんを筆頭にミューレン家はそういう印象だ。
まあゴルツさんの息子さんはゴルツさんが鍛えているわけで、当然と言えば当然なのだが。
「さて。――ロニー、頑張ってくるのですよ」
レイフさんの言葉に、ロニーくんは静かに頷いた。
ここまでチェンバーズ家の二勝一敗。四戦勝負になるからロニーくんが勝てば完全な勝利を決めて、負ければ引き分けとなる。
負ければ敗北というプレッシャーを背負うよりは良いだろうけれど――。
「相手の子、大きいわね」
「本当に一歳差か疑わしいな」
ロニーくんの身長は百三十センチ程度。多分、年齢なり。
だが相手の子はマノンよりも大きく、リルと同じぐらい。少なく見積もって百六十センチはあるだろう。
礼をしたロニーくんを、相手は不敵に笑いながら見下げてくる。
試合をする前から勝敗は決まっていると言いたげな顔だ。
先手を打ったのはロニーくんで、得意の棒術を華麗に披露する。だが――。
「棒術って、力がないと難しいのよね?」
「ああ。でも力がなければ戦えないというわけでもない。見てみろ」
さすがにレイフさんが鍛えただけあって、筋が良い。隙のない棒捌きで相手に反撃の機会を与えていない。
「本来、棒術と槍術には共通点が多いんだ。棒術で最も強い攻撃は『突き』だからな」
「でもレイフさんとの稽古で、突きはやってなかったよ? 今だって――」
「ああ。ヤマさんも突きはほとんど使わなかった。だからチェンバーズ家の棒術というのは恐らく、護身術に近いだろう」
「守りの型――ってこと?」
俺は頷いて、ロニーくんの戦う姿に目を細める。
「ヤマさんは味方を殺させず、敵を殺すことも嫌ったんだ。だから――」
言いかけた瞬間、ロニーくんが初めて突きを繰り出し、相手はそれを横へ躱した。しかし大ピンチと思えるこの状況を作り出して大振りを誘うことこそが、きっと、チェンバーズ流の戦い方。
ロニーくんは突き出した棒をそのまま投げ捨てて相手の懐へ入ると、胸へ肩を当て、体勢を崩させる。そのまま服を掴んで足払いを決めた――。
ヤマさんの棒術はこうして柔術と組み合わせることで、敵を、無傷のまま制圧する。いたずらに力を振り回すよりもよほど難しくて、勇気のいることだ。
「勝負あり――か」
相手の子は槍を手放して、両手を広げて大の字になった。
ロニーくんの勝利――。
俺がホッと一息吐いたところで、ロニーくんの頭を硬い拳が襲った。『ゴッ!!』と鈍い音が鳴る。
「なっ!!」
「ちょっと! もう勝負は付いていたでしょう!?」
大の字になって降参を示してから、勝敗が決したと思って離れようとしたロニーくんを、ただ単純に『殴った』。
これではもう試合や手合わせとは呼べない。道を説きたいわけでは無いが、ただの暴力なんて、武術ですらない。
俺とリルの抗議に、ゴルツさんは高笑いを浮かべた。
「んー? これが戦場であれば、果たして、どちらが勝っていましたかな。武器を捨てて柔術に頼り、あまつさえ勝利を勝手に確信して手を抜くなど、正に愚の骨頂――。さすがあのヤーマンの息子! 親に似て弱いのう!」
がっはっは、と笑うゴルツさんは更に言葉を続ける。
「さて。これで今年も我々の勝利」
仮に今の勝敗をロニーくんの負けということにしたところで、二対二で引き分けだと思うのだが。
「今年もヤーマンの不戦敗によって我々が勝った。全く、武術で勝てずに、貴族にも拘わらず戦地へ赴き死んでしまうなど、これぞ一族の恥ですな。不出来な息子を持つとこうなるのですよ、ぐぁーはっはっは」
うわぁ。悪い奴の見本みたいな性格してるな。
レイフさんは体格の違う相手に殴られたロニーくんに駆け寄って、グッタリしていることを確認するとすぐに抱え上げ、黙って引き返してくる。
「言い返さないんですか?」
「元々、親睦会は五対五の対決で続けられてきた伝統があるのです。戦える力を持っていないのはこちらの都合。――あそこでロニーが背負っていたものは、親の……。ヤーマンの不在、そのものなのです」
「だからと言って、横暴だと思いますが」
「今年はあと一歩のところまで追い詰めました。この子は強くなれるでしょう。――――っ、しかし!」
はじめてレイフさんが、苦しそうに言葉を吐いた。
「もし勝ち抜き戦であったなら、私が全員叩きのめしていたところです」
明確な闘志の籠もった声は、悲痛でもあり、息子を失った苦しみを延々と味わい続けることをも意味していると悟った。
「――――レイフさん、俺が代わりに出てもいいですか?」
「ハヤト様が? しかし、いくら英雄と言えど――」
「俺はヤマさんから色々なことを教わりました。その中には武術も含まれます。…………恩返しの機会を、与えて欲しいんです」
特技継承については黙っておかなければならない。
それでも、俺が全てを黙っている義理も道理も、ない。
「……わかりました。よろしくお願い致します」
言うと、レイフさんはロニーくんを手当が受けられる場所へ運ぶと言い残して、一旦場を去った。そして俺は、手合わせに名告りを上げる。
ミューレン家でずっと余裕の表情をひけらかしながら控えていた、三男坊――。もちろん、彼を指名した。
このままでは、レイフさんは息子の死を。ロニーくんは、父親の死を。延々と背負い続けることになってしまう。
人のために生きたヤマさんの家族がそんなものを背負うなんて、納得できるはずもない。
――――これは俺なりの、罪滅ぼしだ。




