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マノン⑫ ひきこもり、家事をする

 俺はマノンという少女を、甘く見ていたのかもしれない。


「ハヤトさんっ、(わたし)の手料理を食べてください!」

「…………ヤンデレの手料理とか、どう考えても死亡フラグだろ」

「やんでれ……?」


 そこに疑問をもたれてしまうと、説明しづらいな。『病的なほど俺を好きと言うことだ』なんて言えるわけない。恥ずかしすぎる。


「あ、じゃあ俺も一緒に作ろう!」


 これでもサバイバル環境で調理手順は多少覚えた。特に野生動物の血抜きはクロシードで特技継承済みだ。クロシードは対象者の『最も得意とすること』が対象となる。

 まあ、血抜きは継承できたのに料理は誰からも継承できなかったあたり、戦地に来る人って……、と思わなくもないけれど。

 奥さんとか子供の話ばっかりする人なら、いくらでもいた。でも『戦闘より料理が得意です!』なんて人は、そもそも師団の調理班に回されるだろう。

 戦時と言えど常にサバイバル環境であるはずもなく、非常事態を除けば(すべ)て、調理班が食料を食べられる状態にして用意する。戦地での食事は命と同義だと言ってもいい。

 専門の特定された人間が常に調理を担当をすることで、細菌やウイルスの感染リスクを減らし、更には毒を盛られる可能性も最小限とする。

 ライカブルを使って調理班の中に好感度が低い人を確認した場合、即刻、好感度を上げにかかっていたぐらいだ。


 だからこそ断言する。

 マノンに料理を任せるのは、命を握られることと同義だ――と。


 いやまあ、好きな人を殺したりはしないと思うけどさ。病みすぎて『一緒に死にましょう……』なんて展開になったら本当に洒落(しゃれ)では済まないわけで。


(わたし)一人(ひとり)で作らないと、手料理と呼べないじゃないですか!」

「共同作業ってことじゃ、だめか?」

「共同……っ。そ、それは魅力的ですけれど、次に取っておきます!」


 妙に意地になっている気がする。


「なんで、そんなに手料理を食べさせたいんだ?」

「それはその……。(わたし)、魔法を抜いてしまったら、家事ぐらい(・・・)しか特技がないので」

「……………………………………………………は?」

「ああ! その間は信じてないですね! おっぱいの時と同じ間ですよ!!」

「いやだって、お前、マノンだろ!?」

「すっごいバカにされてます! 不愉快です! 引きこもっていて親が貿易商で、家事ぐらいできなくてどうやって生きていけると思ってるんですか!?」

「お、おぅ……。言われてみれば、その通りだな」


 食ってかかってくるマノンに対して、俺は両手を胸の前に(かざ)して距離を保ちながら、首を縦にして(うなず)いた。


「わかった……けどさ、一応、横で見ていてもいいか?」

「不愉快ですけれど、そこまで言うなら仕方ないです」


 不愉快と繰り返す割に、好感度が一ミリも動かない。ずっと百パーセント。好意は嬉しいけれど受け止めきれないから、申し訳ないとは思いつつも困ってしまう。


 とりあえず、この客室には料理をする施設がなく、俺たちは城にある調理施設へ向かった。

 城にはいくつかの調理専用施設があって、国王と来賓のためにある最上級のものから、地下牢(ちかろう)へ配給する率直に言って粗末な食事を作る施設まで、様々だ。


「で、どこを借りる?」

「学校に調理設備があったので、そこを使わせてもらいます」

「閉校した後のほうが学校に通う生徒ってのも、珍しいもんだな……」

「ではっ」


 マノンは急に魔法を展開して、周囲に黒い幕を張った。四角いボックスの中に閉じ込められたような感覚になる。


「なんだこれは」

「視界を遮るためです」

「お前、まだ引きこもり体質治ってなかったのな」

「治す気がないですから」

「あっさり絶望的なことを言いやがって……」


 まあ仕方がない。このまま行こう。

 俺たちはドアを開けて客間を出て、通路を歩く。


「これ、周りからはどう見られているんだ?」

「最初は黒い塊にしていたのですが、歩くブラックボックスと呼ばれたり気味が悪いあまりに攻撃されることすらあったので、今は透明化しています」

「透明だと、人が入り込んでくる可能性もあるだろ?」

「バリアだと思ってください。外からの侵入は不可能です」


 改めて思うけれど、平民には生活魔法しか使えないってのに、この子の魔法の才は群を抜きすぎて異常なレベルにまで達している。

 マノンが引きこもることも性格がアレになることもなく普通の大人(おとな)に成長していれば、ほとんど被害を出さずに十字大陸統一だってできただろうに。

 まあそれをやらせてしまえば、次の国王はマノンに決まってしまうわけだから、王族が保身のために彼女を認めなかったことにも、一応の理解は及ぶ。


「じゃあいっそ、内側から外も見えるようにすればいいんじゃないか? 結構歩きづらいぞ、これ。透明のほうが絶対にいい」


 何せ数メートル先までしか視界が無いから、急に壁やら階段やらが現れてしまう。


「はぁ……。わかってませんねえ。(わたし)は人から見られたくないだけではなくて、人を見たくもないのですよ。特に王城なんて、汚れた大人(おとな)だらけじゃないですか」

「ダメな(やつ)なのか純粋すぎるのか、理解に困るわ……」


 ぼやきながら一緒に歩き、しばらくすると学校へ辿(たど)()いた。


「ちゃんと上履きに履き替えるのな」

「土足厳禁だそうなので」


 ルールもちゃんと守る。素直さはあるってことか。

 廊下を()()ぐ進んで奥手の左側に、調理室があった。キッチンそのものは日本とそう変わらない。水道が通っているからシンクには蛇口が付いているし、ガスで火を扱うこともできるからコンロの役割を果たす場所もある。まな板や包丁は多少お国柄のようなものが出ているが、大差は無い。

 この世界の主食は、固いパンとジャガイモ、あとは練り物。もちろん利便的に俺がそう呼んでいるだけで、パンの原材料は小麦じゃないし、ジャガイモだって味と形が似ているだけで違うものである。


「エプロンまで着けるのか」

可愛(かわい)いですか!?」

「そりゃ可愛(かわい)いけど、十四歳じゃ色気がな……」

「むぅ……エプロンに色気を求めるとは、難しいことを言いますね……」


 なにか誤解をされたような、そもそも俺の思考が間違っていたような。だって裸エプロンというものを発明した偉人がいるわけで。

 そりゃ、マノンにそんなことをされても困るだけだけどさ。リルなら……似合いすぎて、逆の意味で困るだろう。


「食材はどうするんだ? とっくに閉校しているんだから、置いてあるものなんてないだろう」

「ちょっと待っていてください」


 言うとマノンは空間に円状の穴を開けて、手を突っ込んだ。

 中からパンとイモと、数種類の野菜。調味料、そして紙包みの獣肉を取り出す。


「おい、なんだそれは」

「保存魔法です。この中にしまっておけば、生肉でも五年は保ちますよ」

「どこで覚えた」

「なにぶん、小さい頃の話すぎて。思い出すのは難しそうです」


 なんでもありだな、この天才……。

 まあ隕石(いんせき)を降らせるぐらいだし、これぐらいは造作(ぞうさ)もないのかもしれないけれど。特に害も無いし、(ほう)っておくのが吉か。


「じゃあ、ちょっと待っていてください」


 そして俺は適当な椅子に座り、マノンの腕前を拝見することとなった。

 驚くことに手際が良く、もちろんレシピなんて手元にないし(すべ)て目分量。それなのにとんでもなく香ばしい匂いが漂って、鼻腔(びくう)を繊細に(くすぐ)ってくる。これはどう考えても美味(おい)しいだろう。


「できました!」

「お、おう」

「ここで食べていきますか?」

「そうだな。折角だから、温かいうちに食べたい」


 調理用の台に向かい合って座り、二人(ふたり)で食事を口へ運ぶ。


「うまっ――! ちょ、これマジで美味(うま)いぞ!?」

「よかったです」


 なんだろう。ヤンデレ感も消えているし、この子、もうちょっと待てば(すご)く良い嫁さんになるんじゃないのか!?

 完全に胃袋を(つか)まれた気分だ。


「淡い味付けなのに、肉に獣臭さが全くない。この国の料理はソースで獣臭さを押さえ込むのが主流だと思っていたんだが――。これ、どうやったんだ?」

「それはですねぇ、父と母が手に入れたスパイスを――」


 それからマノンは、楽しそうに料理の説明をしてくれた。

 貿易商は香辛料や食材を取り扱うことに慣れていて、マノンはそこから国の各所に行かなければ手に入らないようなものを、(いく)つも手に入れることができたそうだ。

 そこに例の保存魔法が加わり、保存期間という概念を超越したことで様々な組み合わせの料理が可能となった。

 ――――この国で引きこもるのは、きっと、日本よりずっと難しい。

 わかっていたことではあったけれど、まさか引きこもることで家事スキルを(みが)いていたとは想像もしなかった。


「おかわり!」

「はいはい。ちょっと待っていてくださいね」


 こんな妹がいたら最高。

 引きこもっていても、仕事と家事をやる気はある。――そう考えると、なんとなく、引きこもりはそれほど悪いことでもないように思えてきた。プログラミングとか得意そうだし、案外、こいつと生きていくことは可能なのかもしれない

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