大会
お孫さんが「ハッ!」と気合いを入れた一撃を見舞い、レイフさんが完全にいなしたところで、二人の動きが止まった。
俺とリルはすでに観衆状態だったので拍手で応じる。
「レイフさん、お孫さんの名前を伺ってもいいですか?」
ヤマさんの息子さんとあれば、俺だってちょっと、関わってみたい。
…………特技継承スキル『クロシード』でヤマさんから受け継いだ技を、この子に教えたら、ヤマさんは喜んでくれるのだろうか。
でもレイフさんの腕前を見ると、簡単に事情を見抜かれてしまいそうだ。
――やらないほうがいい、か。
そもそもヤマさんの棒術自体、レイフさんから教わっているはずだし。その痕跡も沢山見ることができた。
優しいお祖父ちゃんが身を張って親の代わりを務めているのだから、俺が出しゃばる幕ではないだろう。
「ロニー……です」
ん? 見るからに表情が曇ってしまった。ライカブルで好感度確認――――っと、ゼロ!? 初対面なのに、心底嫌われているってことか。
「あー……。ロニーくんは、棒術が好きなのかな?」
「――――父さんが、負けたから。僕は父さんより強くなって、ミューレンの奴らを見返したい」
負けたから……か。
ヤマさんは剣術、槍術、棒術全てにおいて二位だったと聞く。恐らく一位がミューレン家の人間だったのだろう。
この子の好感度が低いことには、もっと早く気付くべきだったな。
きっと、俺の正体をレイフさんから知らされている。
十字大陸統一の英雄、勇者。
――――彼のお父さんを、死なせてしまった人。
極端な話、俺にたった一人で国の勢力バランスを崩すような力があったなら……。例えばマノンのような魔法の才があれば、犠牲者をもっと減らすことが叶ったのだろう。
でも現実は、引き継いだ特技でどんどん万能化して何でもできるようになっただけで、個人で大軍を壊滅させるほどのことはできず――。
前線にいて、死なないで、最速で交渉をして、衝突を最小限にする。
徐々に相手の弱みを握っていき、交渉を有利に進め、利益と権力の確保を条件に統一を申し出て合意を得る。
いかにも人間臭いというか、こういうものは讃えられるにしても英雄というより軍師とか、策士とか、計略家だとか。そういう表現の方が合うと思える内容だった。
そりゃあこれだけの力を引き継いだのだから、一騎当千とまでは言わずとも、百人ぐらいなら捨て身で引き受けることはできるかもしれない。
でも衝突する両軍の総勢は万を超えることすらあって、百というのは『たかがその程度』の範囲内である。
命も惜しい。
「ロニーくんは、お父さんのことが好きじゃないの?」
「――嫌いだ。母さんと僕を家に残して、勝手に戦場へ行って、勝手に負けて死んだ! そのせいで僕が、どれだけバカにされてきたか……っ」
「じゃあ、バカにされるのが嫌で練習してるのかな」
「ちがっ――。…………お前には、言わない!」
好感度ゼロだから、これは仕方のない反応だ。
「これ! 国の英雄に向かって『お前』とはなんだ!」
レイフさんが、どう見ても溺愛しているお孫さんを、厳しく叱りつけた。
これも愛情の一種だと思うのだけれど、今のロニーくんには受け入れられないのだろう。棒を捨てて、走り去ろうとする。
「お父さんは逃げなかったぞ!!」
それを引き留めるように、強く言ってみた。
「戦場は逃げた人間が助かる場所だ。お父さんは、仲間を守る仕事から一度も逃げはしなかった」
こういう子供の対応なんて、一度もしたことがない。
英雄らしく振る舞ったり、統一の過程で知り合った子供というのはいたけれど、彼は俺が父親を殺したように思っているわけで。
敵兵の家族で、俺のことを殺しにかかってくる子供は、いた。でもその場で立ち去ってお終いの関係だ。胸を痛ませながらも、目の前に転がる小さな関係改善に力を回す余裕は、些かもなかった。
――でも、できることなら、ロニーくんとは少し話をしてみたい。
「…………じゃあ、逃げたらよかったんだ」
振り絞るように言った彼の後ろ姿は、明らかに肩が震えていて、ああ、こっちが本音か――と察するには十分だった。
「逃げてくれたら、僕と母さんは――ッ!!」
感情的な声を残して、今度こそ走り去ってしまう。
「ハヤトくん……」
「そんな悲しそうな声を出すなよ。英雄なんて言ったって、これが現実だ。大陸統一の裏で沢山の人を死なせてしまった。正直、恨まれることにはとっくに慣れたよ」
「そんな――っ」
「だけど……。一緒に命を賭けた仲間が、愛する家族から誤解されているってのは…………。辛いな」
俺が選挙で勝とうとするなら、残された家族から買っている反感は、確実に痛手となる。
いくら本人が前線兵へ志願したとは言え、自分の家族を失うというのは感情的になって当然のこと。
更に加えて俺だけが凱旋パレードをするほどの英雄となって、王族を差し置いて王位を継承しようとしていたら、殺したくなるほど憎む人だっているだろう。
困り顔で孫の捨てていった棒を拾って片付けるレイフさんに、語りかける。
「レイフさん、稽古はいつものことですか?」
「ええ。この家に生まれた者の宿命でしょう。――――しかし、今日は少し事情が違っていました」
「と言うと……」
「明日、チェンバーズ家とミューレン家の親睦会が開かれるのです」
「親睦? 二つの家はライバル関係なのでは」
「武術を嗜む家と家ですから。親睦というのは『お互いの今の力を知ろう』ということです。一年に一度、両家から何名かが手合わせをして、どちらが上かをハッキリさせる機会を親睦と呼んでおります」
貴族同士の仲違いなんて、両家の足を引っ張ることになるのだろうから、そういう体裁を取った――ってところかな。
「なるほど……。――――って、え? まさかロニーくん、出るんですか!?」
「子供であっても、家の一人には違いありませぬ。――ただ、あれの不幸なところは、一つ年上の相手との戦いを強いられてしまうところでしょうな。下には相手がいないので、致し方のないことですが」
両家の親睦会……か。
「あのっ、私たち、その場にお邪魔することはできないでしょうか!?」
「リル?」
こいつは本当に、積極的に面倒ごとへ絡んでいくタイプだな。
「その……。ハヤトくんは、犠牲を出さない道を選ぶように努力してきたはずです。このままお父さんのこともハヤトくんのことも誤解し続けるのは、きっと、ロニーくんにとっては――」
リルが言いかけて飲み込んだ言葉を、レイフさんが代弁する。
「最大の不幸、でしょうな」
「じゃあ尚更――!」
「リル様は王族です。観覧にいらっしゃれば、誰も止めはせぬでしょう。ハヤト様も英雄であり、同様にございます」
面倒ごと……か。
さすがに召喚騒ぎとかヒロインが決まらないとかは、勘弁願いたいぐらい面倒で嫌なことなんだけれど。
今回の件に関しては俺自身、ヤマさんの名誉のためにも吝かではない。
「それでは明後日の夕刻、この家にてお待ちしております」
こうして俺たちは二日後、両家の親睦会へお邪魔することとなった。




