城下町の反応
現国王の在任期間は、四十九年にも及んだ。
もうすぐで五十周年の節目というタイミングでの退位発表に、城下町は大きく騒めき立っている。
その中心部、ぶよぶよ騒ぎでお世話になった町一番の酒場で、俺とリルは人々の声に聞き耳を立てていた。
近くで立ち飲み席の丸いテーブルを囲む、三十代か四十代といったところの男性三人組が、昼間から飲んだ酒で上機嫌にベラベラと喋ってくれている。
「国王が退位かー。十字大陸の統一を果たした名君だったよな」
「俺たちは、前の国王を知らないからなぁ」
「大陸統一だけじゃない。賢者を擁立したのだって、今の国王陛下だ。ほんと、凄い人だよ」
困ったことに、内情を知らない国民からは、爺さんは本当に好かれている。
王族は嫌いだけれど、国王は好き。
これがこの国、少なくとも中央区の基本である。
もっとも、東西南北の半島は統一となったと言っても、様々な事情を抱えているわけで。
今回の総選挙を大きく動かすことができるのなら――と、王族に取り入ろうとする権力者も多くいるだろう。
「ねえハヤトくん。こんなことして、何か意味があるの? ここにいるよりも城の中で、王族とか貴族を説得して回ったほうがいいんじゃ……」
「説得に応じてくれるのか?」
「……くれないと思う」
王権制度で育ったリルは、恐らく、選挙というものを感覚的に理解できていない。
王族も貴族も平民も、個人へ与えられるものは等しく一票だ。一人で何票も投じることができるわけではない。
しかし、こんなことは言いたくないけれど、王族や貴族は人を管理する側にいるわけだ。だから自分の影響力を最大限に使って、票を集めることが可能となる。
確かにリルの言っていることは、この国の状況だけを見ると正しい判断なのだが――。
「日本っていうのは、やたらと選挙ばかりする国でな」
「うん。学校で教わった」
「もちろん、ほとんどは権力者が勝つ。地盤・看板・鞄って言ってな。地盤は出身地とかで確実に投票してくれる人を指していて、これは俺たちには無い」
「看板は?」
「知名度だ。俺の場合は『英雄』であること。リルなら『王族』であることが看板になる。まあ、これに関しては俺のほうが多少有利だ。王族と言ってもリルには爵位も領土もないからな。知名度という点では他の候補者も王族だから、リルにとってはむしろ弱みだろう」
「じゃあ、鞄っていうのは……」
「ズバリ、金だ。俺にはこれっぽっちもない」
選挙が全ての人に公正だというのは、全くの詐りである。
地盤が固ければ安定して勝てる。
看板があれば、大逆転が狙える。
鞄に金がたくさん入っていれば良質な広報活動ができ、更にリスクを負うなら悪巧みも可能だ。
「私、全部無いんだけど……」
「だからこそ、こうして地道に活動する」
「目立つために、派手に動くんじゃなくて?」
「人は押し売りを嫌うからな」
「そっか……」
「日本は選挙の国。――だからこそ、俺は何度も見ているんだ。不利と目された候補者が、大逆転の勝利を収めるところを」
懐かしさ半分に語る俺へ、リルは上半身を乗り出して問うてくる。
「勝った人は、どうやって戦ったの?」
「そういうときは必ず、国民が大きな波を作るんだ。それまでの不平や不満、心の奥底に溜めていたものを解消してくれると期待させる候補者が出てくると、人はそこへ票を投じる」
「王族や貴族の命令に逆らってでも?」
「誰に投票したのかが後からわからない仕組みなら、こっそり違う人に入れることもできるからな」
日本の選挙における最大の公平性は、『誰も監視していない』というところだろう。
これが崩れると、地図でちょっと左上にある得票率九十九パーセントで国家元首が決まる国とかいう、怖いことになってしまいかねない。残り一パーセントのその後を考えると本当に怖い。
「でも、今は国に勢いがあるから――。不平や不満なんて、そうそうないんじゃないかな」
「そうか? 耳を澄まして、よく聞いてみろ」
俺たちは一旦話を終えて、先ほどの三人組の会話へ耳を傾ける。
「陛下は尊敬できるけれど、王族の横暴をもうちょっと減らしてから、退位して欲しかったなぁ」
「これでも減ったほうみたいだけどな。ただ、次の国王が悪化させる可能性もあるから、まだまだ油断はならねえよ」
「選挙なんつっても、どーせ俺たちは王族貴族の言いなりだからな。そこの根本的なところがわかっちゃいねーんだよ。王族が横暴なのも働かないのも、こーして俺たちが昼間っから酒飲んで嫁さんに叱られるのも、ぜーんぶ上のせいだ! 上の! 上が悪い!」
最後の人はかなりお酒が回っているようで、他の二人から「まあまあ」「飲み過ぎだぞ」と窘められていた。
この場にお忍びの王族が、リルの他にいたならば、彼は最悪『打ち首』である。
…………大丈夫かな、この世界で選挙なんかやって。これまでは王族の中でしかやってこなかったそうだけれど。
しかしどこの世界でも、酒に酔って本音が出たり、時にはダメ人間化したりするのは、共通のようだ。
ちなみにこの世界のお酒がアルコールなのかは、俺にはわからない。
なにせ十六歳で来ちゃったから、日本の酒の味なんてわからないわけで。
酔っ払うための別の何かが入っていたとしても全く不思議じゃないわけだが、俺は『アルコールだと信じて!』という勢いで全てを吹っ切って飲んでいる。
いやまあ、果実を発酵させてるから、多分アルコールだと思うよ! 多分!
「なんか、自分たちが悪いのを全部上の所為にしてるだけじゃない?」
リルは不満そうにぼやいた。
まあ彼女も一応は『上の人間』なわけで、昼間から酒を飲んで奥さんに叱られることまで理不尽に上の所為にされていては、たまったものではないのだろう。
「深層を聞くようにするんだ。本気で国に文句が無くて感謝している人間が、いくら酒が入っているからって、ああやって何もかも上が悪いなんて言うと思うか?」
「あっ――、そっか。元々何かの不満があるから、ああやって口に出ちゃうんだ」
「そう。ああいう酔っ払いの愚痴にこそ価値がある。素面の人間は、みんな何かしらの仮面をかぶっていると思っておけ。それを剥いでくれる至高の存在が、酒だ。だからこうして――ヒック。俺も、昼間っからだなぁ!」
「ハヤトくん、そろそろやめておいたほうが……」
「うるせぇ。酒でも飲まなーと、やっとられうかってんだ。だいていよー、この国の人は真面目すぎんだよー。もぉっと不満をぉ、こーぉ、どかーんって爆発させりゃぁいいんだ。それなのに全くよぉ……」
そのあと、急激に眠くなっていき、これは記憶無くなるパターンかぁ……と覚悟した。
ただ、リルが呆れと愛情の混じった声で「仕方のない人ね……」と呟いていたことだけは、なんだか、飲んで返ってきた親父を介抱する母ちゃんを思い起こして、脳に留まった。




