サラマンダーとヒロインと
城の南側にある広い中庭からは、城下町の半分を一望できる。
この部分は観光地化されていて、眺望を目当てに城を訪れる地方在住の国民も多くいる。ちなみに有料。きっちりしてんなぁ。その金がゲームに費やされているとは、国民は夢にも思っていないだろうに。
「――――ッ。これは、デカいな」
正直、全くもって洒落になっていない。
全長は優に十メートルを超えているだろう。城に常駐する衛兵は皆が皆、尻餅をついて、あまりにも為す術がないものだから、逃げ惑っている姿すら見える。
前線に派兵されたのは志願兵で、割とまあ、色んな理由があって命を賭ける覚悟をした人たちだった。
でも城を守っている人は『国に尽くす兵にはなるけれど命は惜しい』という、まあ割と公務員的な感覚の人間が多い。ほどほどの地位と名声と金と余暇。高倍率で大人気の職業だそうだ。
だからまあ、こんな事態に見舞われるなんて、思ってもいなかったのだろう。
『ぶよ』ですらパニック状態だったのに、いきなりドラゴンって……。
「マノン、魔法で攻撃できるか?」
「できる……けど」
「けど?」
「下手したら城ごと吹き飛ぶけど、大丈夫?」
「大丈夫なわけあるかっ!! もうちょっと調整してくれよ」
「んー……。実は……ですね……」
「おい。なんでさっきから、ちょくちょく口籠もってんだ」
躊躇……。いや、なんだかこう、股のところをもじもじとしていて……。恥じらっているようにも、見える。
「トイレか!?」
「ストレートに言わないでください! 引きこもりでも女の子なんですよ!?」
「よくこの緊急事態にそんな――」
「いえ、だってその……。魔力がすっごい漏れていったので、その……」
「水の音を聞いたらトイレに行きたくなる、みたいな感じか!」
「だから言うなぁぁぁっ!」
おう。本気で顔が真っ赤になっておる。でも好感度が下がらないのは、どういうことだろうか。
「とにかく、早く行ってこい! ここは…………俺がなんとかする」
「ハヤトさんが――? …………はいっ、じゃあ、お漏らししていい年齢ではないので!」
緊張感がないなぁ。
「ハヤトくん、空に浮かんでいる相手をどうするの?」
「そりゃ決まってるだろ。魔法を使えない俺ができることなんて、物理攻撃しかない」
伝えて、兵に事情を説明する。
鉄製の弓を一本と、大量の弓矢を持ってきてもらった。死んでいった弓の名手から技術は引き継いでいるし、これで――っ。
「ハヤトよ、待つのじゃ!」
「なんだよ爺さん。制御できるなら早くやってくれよ。兵隊も観光客も、大パニックだぞ」
そもそも国王が召喚したわけで、国王が制御するべき話である。できないのなら討伐するしかない、というだけの話で。
ただ……。どうにも嫌な予感がするんだよなあ。
だって、俺こそが召喚されし者なわけで。この通り、制御なんて一切されていない。それなのにドラゴンだけは大丈夫? そんなにうまい話があるのかね。
まあ、さすがに一つの策もなしに召喚するほどの阿呆でもない……と、思うんだけど。
「サラマンダーよ、翼を収めるのじゃ」
危険を顧みずに、威風堂々と兵より前へ出てドラゴンへ語りかける、王の姿。
俺とリルを含めた、この場にいる全ての民が息を飲んだ。
「ほれ」
手を差し伸ばすと、サラマンダーがゆっくりと降下。そのままスッと翼を収めて、口先を国王の差し伸ばした手に寄せていった。
「……なんだよ。ちゃんと制御できるのか」
「よかったぁ――」
マノンはトイレで、パティは再び行方不明。とりあえず俺とリルは、二人で国王の側へ行った。
「おい爺さん、取引の続きだ」
「なんじゃ」
「サラマンダーを兵器利用しないのなら、俺の持っていたパソコンを譲ってやる。いくつか条件はあるが、基本的にはそれだけでいい」
「ほっ、本当か!?」
「そりゃ嫌だけど、かといって人の命には代えられねえだろ!!」
なんだかなあ。多くの命とパソコン。これが取引として成立してしまうことが、ちょっと怖い。
「だいたい、国を守るってだけなら、サラマンダーを飼い慣らしているだけで十分すぎる」
「ふむ。それもそうじゃな」
これで取引成立――と。
犠牲は払ったけれど最悪の事態は回避した。上々の結果だろう。
「……ハヤトくん、それ、大切なものじゃないの?」
リルが真顔で語りかけてくる。
「そりゃ大切だよ。両親が一生懸命働いて、なけなしの金で俺に買い与えてくれたんだ。めちゃくちゃ大切だ」
「めちゃくちゃ大切……。なのに、人に譲っちゃうんだ……」
ん? なんかリルの頬が赤らんでないか?
「そ――それって、本当に大切なのよね!?」
「ああ。本当の本当に大切だ」
「はうっ――」
……おーい。なんか反応がおかしいぞー?
好感度が、ついに百パーセントだ。どこに好感度アップイベントが潜んでいたんだよ。
人のために大切なものを譲り渡す精神――とかか? そりゃ常識人なら、普通にそうする。人の命とパソコンを天秤にかけてしまう爺さんが変なだけで。
国王や王族みたいに、権力をずーっと握っていると、色んな感覚が狂うみたいだ。
そんな人間に囲まれてリルは育ったわけだから、常識的対応を見せる俺のことが必要以上の紳士に映っているのかもしれないな。
「――まあいいや。じゃあ爺さん、細かい交渉に入るぞ。…………ヒロイン契約では痛い目に遭わされたからな。確実に俺が有利な内容にしてやるから、覚悟しておけ」
「ふんっ。パソコンゲームさえあれば、英雄など用済みじゃ」
俺の価値とは一体……。
「そういや、日本の法を取り入れてこの国の治安を――とか、言ってなかったか? 爺さん、あれは一体なんだったんだよ」
「…………ゲームを楽しむために最も必要なもの。それは時間じゃ。国王を中心とした王族が統治するなど、非効率にもほどがある。賢者を働かせてワシはゲーム三昧。これが最良の一手じゃろう?」
「うっわ……。マジで、もう二度と爺さんのことを国王として敬ったりしないからな? 俺の中では最低の人間だ」
「どうとでも言うがよい」
そんな会話を繰り広げて、なんとなーく、エンディングモードというか、これで事件も幕引きでやれやれだぜ――と、思っていた。
「あの――っ」
「どうした、リル?」
リルが顔を赤らめたまま、近寄ってくる。
見た目の可愛さなら百点満点。……だから、あんまり寄るな! 危険なんだよ!
だが、俺はてっきりいつものプロヒロイン行動かと思っていたのに、どうも様子が違うようで――。リルは迫真の表情で、訴えかけてきた。
「私を日本に連れて帰って!!」
明らかに嘘偽りのない、本気の言葉である。
「……いや、何を今更。ネトラレヒロインなんて、連れて帰れるかよ」
「ネトラレは…………諦め、る」
「なに?」
耳を疑った。あのリルが、ネトラレを諦める?
「だって、その……。少なくとも今は、ハヤトくんのことが……っ」
「言うなよ。俺だって結構、ヒヤヒヤの綱渡りで惚れないようにしてんだ。絶対に言うなよ」
「で、でもっ」
「そもそも『少なくとも今は』って、それじゃダメなんだよ! あとで気が変わったら寝取られる気満々じゃねえか!」
「そう……だけど」
「少しは否定してくれないか!?」
――――いや、ちょっと待てよ。
こいつを日本に連れて帰ることはできない。絶対だ。今になって気付いたけれど、もしリルが今更『ネトラレは諦める』と言ったところで、信用できるはずがない。
……だが。
連れ帰るヒロイン以外とは恋愛しちゃダメだなんて、誰もそんなこと、言っていないのでは?
とりあえず付き合ってみて、こいつの本性を十分に確かめる。そういう手段も、ひょっとしたら、あるんじゃないか?
その間にもっと良い人が出てきて俺が浮気をしたって、寝取られの成立だ。文句は言うまい。あくまで本気にならない中での、危険なお遊び…………。
――――――――ごくり。
俺ももう、二十一だ。どういう大人の選択をしたって、誰も咎めはしまい……。
「…………リル、ちょっと二人きりで、話をしようか」
大人になろう。大人になって、そのあとのことはそのあと考えよう。
「ハヤト――くん?」
とくり、と、心臓が不思議な脈を打った。やばっ……。色んな制限を外して真っ正面から見ると、やっぱこいつ、可愛い――っ!
「トイレから戻ってきましたぁ!!」
リルと見詰め合って良い感じの雰囲気だったのに、いきなりマノンの声が響いた。
そういやいたなー。このロリっこ。
お前とは火遊びができないから、今は用がないのだけど。
「途中でパティさんから教わってきましたよ! 究極の攻撃魔法を!」
あれ? こいつの情報、そこで止まってるのか?
「頭上に煌めく星達よ――」
おい。なんか詠唱しはじめたぞ。
「今、砕けて降り注げ!!」
「ちょっ、待てマノン!!」
耳にしたことのない轟音が空で鳴り始めた。
見上げると、どう見ても隕石以外の何物でもないものが、城へ向かって落下してきている。
サイズはドラゴンぐらいかもしれないけれど、衝突したら周囲が丸ごと吹き飛んでしまうだろう。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!! これはドラゴンにダメージを与えるだけじゃ済まない!
「リル! 魔法を止める方法は!?」
「うぇえっ!? そんなの――」
知るわけないか。基本的に戦闘用の魔法が存在しない世界だからな。
だいたいパティは、なんて入れ知恵をしてくれてんだ! マノンがめっちゃ鬼気迫った顔してるじゃねえか! あいつが本気を出せば、最悪、この世界ごと――っ。
「物理攻撃じゃ」
「爺さん!?」
「詠唱中に物理攻撃を受けると最初からやり直し――。それがゲームの基本じゃろう」
「今ゲームとか言ってる場合なのか!?」
だが他に方法がない――!
俺はマノンに向かって全力で駆けた。足が千切れ肩が外れそうになるほど必死に走って、一発殴ってでも、このアホな魔法を止めるしかないと、覚悟を決めた。
「メテオストラァァァァァァァィック!!」
でもダメだ。間に合わなかった――。
サラマンダーの上に隕石がぶつかる寸前、ドラゴン特有の技や魔法なのか、結界のようなものを作ってサラマンダーが隕石の衝突を防ぐ。
しかし隕石は結界ごと押し込んでいって、ゴオオオオオオオッと空気を破壊するかの如き音が、世界を支配した。
仕方がない。最後の賭けだ!!
「マノン! 一緒に――――っ。一緒に、日本へ行こう!!」
「――ふぇ?」
鬼のような攻撃魔法を使うに相応しい形相から、急に十四歳相応の表情に変わって、ボワッと顔を赤くした。
同時に、この世界を丸ごと壊してしまいそうな音が収まっていき、サラマンダーが結界で防ぎ止めていた隕石がキラキラと煌めきながら消失した。
「止ま……った?」
「あの――。今、なんて――」
「えっ、いや、その――。マノンと一緒に日本へ帰っても、いいかなぁ……と」
「本当ですか!?」
一気に笑顔を咲かせられてしまう。
まずい。これは『魔法を止めるために仕方なく言ったんだよねー。嘘に決まってんじゃん』とは言いづらい。俺が殺されそうだ。こいつの力が半端ないことは、今さっき身をもって知ったわけで。
まあ、でも……。日本に魔法はないから、マノンも少しは普通になるのかな。
――――――――――仕方がない。
五年を費やして命を賭けた報酬が、ロリっこの引きこもり? そんなの嫌だ。嫌だけど……。この世界を守るためだったと思えば、まあ、納得できてしまう。
大人の判断だ。
早く日本へ帰りたい気持ちも、ある。
色んなことを仕方ないと思うことができれば……。
俺の行動で助かった命が沢山あったと思えば、まあ、――うん。仕方がない。
「――ああ。マノン、一緒に」
「ちょっと待って!!」
リルが口を挟んでくる。ねるとんか? ねるとんを知っているのか?
「二人きりで話があるって言ってたじゃない! あれは……なんだったの?」
「…………そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。仕方がないんだ」
そう。これはエンディング。幕引きのイベントである。
俺はここで精一杯の格好を付けて、この世界を去るのみ――。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、なんつーかもう、とりあえず帰りたい。こんな国はもう嫌だ! どうせまともなヒロインなんていないし! 爺さんがネトラレとか仕込んじゃったし! もういっそ気心の知れたパティでもいいかなとか思ったけど、あいつが一番リアル路線でヤバいやつだったし!!
「仕方、ない?」
――――ん? 気のせいだろうか、マノンの声に怒気が……。
「ハヤトさん、仕方なく、私と帰るんですか?」
「えっ、いや――。だってマノンの目的は、日本での引きこもり生活だろ? それなら仕方なくでも、何でもいいんじゃ……」
あれ? ライカブルで見える好感度がきっちり百パーセントになっている。いつ? どこでそうなった?
「仕方なく――とは、何かを諦める時の台詞ですよね? 一体、ハヤトさんは何を諦めたのでしょうか? ねえ? 教えてください? …………言えますよね?」
ヤバい。なんかこの子、普通に異性として怖い気がしてきた。ドス黒いオーラみたいなものを隠し切れてない。
ゆらーり、と、揺れながら近寄ってくる。――――目が、怖いッ!
「リルとの恋愛でしょうか? それとも他の女? ひょっとしてハーレム? まさかあのパティ? 嫌ですよ、私だけを見てくれないと。ほら、私はこんなにも純情にハヤトさんを好きになっているのですから。それならハヤトさんも私と同じように……ねぇ?」
怖い怖い怖い怖い怖いッ!! こいつ、この土壇場でヤンデレに進化しやがったのか!?
「私たち、運命的な出会いをしたじゃないですかぁ。ねぇ、そぅでしょう?」
言葉の揺らぎが怖い。あと、こいつの疑問符からはノーと言わせる気配を少しも感じないんですけど!
「いやっ、出会いなんて、マノンがヒロイン養成学校に通っていたというだけで」
「違いますよぉ。通ってなんていないのに、引きこもっているだけだったのに、ハヤトさんから会いに来てくれたんですよぉ。あれは運命でしょう? そうですよねぇ? ふふふふふっ、ふえふえふえふえふ」
マズい。これはひょっとして、過去最大のピンチじゃなかろうか。
世界を滅ぼせるレベルの魔法使いが、ヤンデレ化。
「浮気は許しませんよ? 赤い糸は、一本だけですから」
ちょぉ――っ、なんか、そんなに重いよりはネトラレのほうがまだ可愛い気がしてきた!! むしろ誰か、こいつを寝取ってくれないか!?
「ねぇ、一緒に引きこもりましょうよ。私とあなただけの世界で、ずぅーっと仲良く暮らしましょう」
「お、落ち着け、マノン?」
そもそもどうしてこうなった!?
考えろ。考えるんだ。こいつはトイレに行くまで、普通だった。帰ってきてからがおかしいんだ。いきなり隕石を降らすなんて暴挙に出たり、ヤンデレ化したり。
いつからおかしくなった?
確かに好感度はゆっくり上がってきていた。最初は四十パーセント程度。それがついに百パーセントになったわけだけど、トイレに行く前だって八十から九十ぐらいの好感度はあったんだ。ここまで急に変わるほどのことではない――。
…………って、ちょっと待て。
マノンは引きこもりだ。引きこもりっていうのは、人を嫌ったり恐れたりするから、引きこもるんだ。端的に言えば、他人への好感度が最初からゼロということになる。
それなのにこの子は、最初から俺への好感度がそこそこに高かった。日本の引きこもり環境を伝えたから高いのかと思っていたけれど、よーく考えてみたら、そんなことを伝える前からそこそこに高かった!!
以来、一度も下がることなく、ジワジワと上がり続けて――。
「おい。ひょっとしてマノン……。最初から、俺のこと――、好き……だったのか?」
核心に迫ると、急にマノンは、ぷしゅぅ――と顔から湯気を上げそうなほど赤面して、俯いてしまった。
ああ……。ようやく、わかった。
日本にいる母ちゃん。俺、ようやくわかっちゃったよ。
唐突にリルが腕を絡めてきて、マノンに言う。
「わっ、私だって最初から好きだったから!」
母ちゃん――。これ、ただの修羅場です。
「はあ? リルは死の魔法をかけたじゃないですか」
「いやっ、まあ、その……」
その点に関しては、マノンに軍配が上がるのか……。
「マノンだって同じことをしたじゃない!」
「あれはその……。離れたくなかった――というか」
なにこれ。いきなりモテはじめたんだけど、全っ然、嬉しくない。
あーだこーだとリルとマノンが言い合っていると、背後で、ドサリと人が倒れる音がした。
爺さんがついに倒れたのかと思って振り向いたのだが、視界の大半を覆っていたはずのサラマンダーさんが、姿を消している。
どこ行った? 飛んで逃げたのかな。隕石ぶつけられちゃあ敵わんわー、って。
「ちょっ、ハヤトくん、あれ――」
「人……じゃないですか?」
確かに目をこらしてみてみると、サラマンダーがいたはずのところに、人が倒れている。
「行ってみるぞ」
「うんっ」
「――仕方がないですね」
倒れている人は、どうやら女性のようで、それを視認したリルとマノンは俺の腕をグッと握ってきた。
「この子、サラマンダーでしょ? トラブルの予感しかしないわ。帰りましょう」
「これ以上敵が増えるなんて、ありえませんから」
「お前ら、人として何か失ってないか!?」
ここは助けるべきだろう――と、二人の腕を強引に振り払って女性に駆け寄る。
「おいっ、大丈夫か!?」
警戒して俺たち以外の人間は誰も近づいてこなかった。そりゃいきなりドラゴンを見たあとじゃ、そうなるのだろうけど。
「――――きのこ」
「なんだって?」
「きのこ、ください……」
完璧なまでに謎の言葉を発した少女は、国王の指示で城内の医務室へと運ばれた。
確かにもう、面倒くさくなる気配しかしない!
エンディング……まだかなぁ。




