ヤマさん
マノンと一緒に、俺とリルは二度目の夕食を食べ終えた。
さすがに量は少し減らしてもらったけれど、満腹どころか、腹十二分目ぐらいまで食べてしまった感じだ。
「私、普段は腹八分目を心がけているのよね……。どこかの英雄様が、スレンダーでちょっと胸の大きい女の子が好みだったから」
「俺だっていつもは腹八分だっての。満腹になって動けないとか、命に関わる可能性もあったからな」
我ながらよく五年もそんな生活を続けたもんだ――と感心する。
マノンは少し緊張していたのか、それとも単純に食後だからか、ベッドの上に座って眠そうに何度も欠伸をしている。
そんな中、ドアが紳士的な調子でコンッ――コンッ――とノックされた。
ノックというのは、ただドアを打っているだけなのに音調やリズムに人柄が表れるから、不思議なものである。
ただ、ここは俺の部屋じゃないわけで――。なんて思っていると、思わぬことにマノンが「どうぞ」を招き入れる。
事情は食事中に少し伝えてあるけれど、マノンはこの部屋に置いて移動しようと考えていた。この行動は想定外だ。
マノンへ問う。
「なあ、俺への好感度も最初からそこそこ高かったし、やっぱり人が嫌いってわけじゃないのか?」
「そっそれは――――! …………ううん。なんでも、ない」
んん? 何かを隠しているみたいな口振りだ。
「失礼致します」
しかしマノンにそのことを問う時間はなく、レイフさんは一言を置いてから室内に足を運ぶと、音を立てないよう丁寧にドアを閉めた。
さすがプロフェッショナル。仕事人だ。
俺は「それじゃ、少しお話をしましょうか――」と告げて、まずはヤマさんとの思い出話を紡ぎはじめた。
感慨深げに息子さんの話に耳を傾けるレイフさんの表情は、普段の凜々しい仕事人の表情とは少し違って、温和なお父さんそのものだった。
「剣術、槍術、棒術――。ヤマさんは色々な格闘術に長けていたので、兵士の指導も凄く上手でした」
「倅が人に物を教えている姿は、想像が付きませぬ」
謙遜だということは、嬉しそうに綻んだ表情を見れば、明らかだ。
「特に棒術が得意で、国の大会では準優勝した――と」
「ははっ。あれは何をやっても二番、三番で。……一番好きだった棒術だけは一番になれると、親として期待をしていたのですが」
「色々なことができるというのは、凄いことです。実際のところ、実戦となるととんでもなく強かったですから。――――俺だって、何度ヤマさんに守ってもらったことか。あれで二番や三番だなんて、信じられないほどです」
最終的に、俺はヤマさんから棒術を継承した。
圧倒的な力をこの手で実感して、ヤマさんはもしかして敵を制圧するときでさえ手心を加えたのでは――とさえ、思ったんだ。
ただ、このスキル『クロシード』に関しては、『ライカブル』と違って絶対に口外したくない。
もしも英雄のためなら、十字大陸統一のためなら――――と、命を惜しまない人がいたらどうなる?
そして統一を終えた今、例えばレイフさんが『息子の棒術をもう一度見てみたい』と思ってしまったら、俺はそれを、きっと、断れない。
死んでいった家族の特技をもう一度この目で――という願いは至極真っ当なものだ。日本で脳死後の臓器移植をしても、移植された人の情報を一切教えないのと同じだろう。家族がこの人の一部となっているなんて考えてしまったら、どういう結果が待っているか想像も付かない。全部が全部ハッピーエンドになるわけでは、ないだろう。
「――レイフさんは、ヤマさんが何故、棒術が一番好きだったか――知っていますか?」
秘密にすることに後ろめたさはある。
だからせめて、知る限りのことを、伝えたい。
「いえ……。得意だったから、では、ないのですか?」
俺は、ヤマさんが生前に語ってくれた話の中でも、飛び抜けて思い出深いものを語り紡ぐ。
「剣術は剣がなければ戦えない。槍術は槍がなければ戦えない。素手では間合いと威力が足りない。……でも、棒なら大抵どこにでも転がっているし、人を守るために十分な間合いと威力を持つことができる。相手も殺さずにすむ。だから棒術が好きなんだ――――と。そう言っていました」
「…………そうですか。あれは優しい子でしたから……。ああ、それで――――」
レイフさんが胸のポケットからハンカチを取り出して、涙を拭った。
やはり子供の話というのは、特別なのだろう。俺まで泣きそうになる。リルの顔を見ると、レイフさんと同じようにハンカチを目に当てていた。マノンは…………普通に話を聞いている。この辺りは人生経験の差なのかな。
そして俺は、満を持して、こちら側の本題を切り出した。
「――レイフさん。俺は最前線にいて沢山の人が死んでいく光景を、五年も見続けました。もう二度と、そんなものは見たくないし、元の世界に帰ったらここでのことは知らぬ存ぜぬと言うわけにはいかないぐらい、この世界の人を知りすぎたんです。――――教えてください。国王陛下が何をしようとしているのか」
するとレイフさんは、覚悟を決めたように一度襟を正して、表情に厳しさを宿す。
「この国は元々、十字大陸の中央にあり、海を越えた交易は盛んではありませんでした。しかし東西南北の半島を制した今、大陸外の諸外国がいかに軍事的に優れているかという情報を、得られるようになったのです。――――このままではそう遠くない未来、攻撃用の帆船がやってきて、大陸を脅かすようになる。陛下は、そう案じておられるのでしょう」
なるほど……。
それならば単に欲望に駆られた侵略というよりは、やられる前にやってしまえという、先手必勝の防御的侵攻――というようにも受け取ることができる。
国の頂点に立ち、最も重い責任を背負う立場。
大人になるというのは嫌なものだと思う。そういう事情を訊いてしまうと『仕方ないのかな』という感情が僅かでも沸いてしまった。
しかし、だからといって見過ごせる話ではないわけだ。
「マノンさんの魔力を利用した、召喚術の昇華――。術式は王家にのみ伝わるものであり、私には知る由もありません。しかし陛下の得意とする術が召喚術である限りは、何かしらの強力な人、物、兵器、動物――。そういったものを召喚すると考えることは、適切でありましょう」
ぶよの一件で、すでに空想世界からの召喚は実験済み。
あとは……。爺さんのゲームコレクションでも把握しておくか。先が想像しやすくなる。
「ありがとうございます。少し、謎が晴れました」
「――陛下は、それほど好戦的な御方ではございません。しかし国王として国家の利益と国民の生活を守る義務感は、恐らく、歴代の王の中でも随一かと――。そこだけは、ご理解頂ければ」
「ええ。レイフさんがそう仰るなら、信じられます」
その言葉を最後に場はお開きとなって、俺たちはそれぞれ自室に戻って、眠りについた。
それにしてもレイフさんという人は、国王の侍従で、名家の当代。
立場、継承した家の歴史、そして家族――。守るものが沢山あるはずなのに、こうして俺に、一人の人間として本音を語ってくれた。
これこそが本物の紳士なのだろう。
賢者なのに権力の犬と化しているパティに、爪の垢を煎じて飲ませて欲しいぐらいだ。あいつの飛び抜けた知識や応用力にマノンの力が加われば、俺たちじゃ見えない突破口を探ることもできると思うんだけどな。




