リル② 好感度
今こいつ、魔法を唱えた?
確かにこの世界には魔法が存在するが、一般レベルでは『生活にちょっと便利な程度の単純魔法』しか広まっていない。
複雑な魔法は賢者の持ち分だ。
とは言っても、そもそも人間の持つ魔力量が少ないのか、例えば火の魔法はマッチ棒がいらなくなる程度のもの。火起こしがいらないというのは革命的に便利だけれど、持続も強化も不可能という、その程度。
これは賢者も変わらない。もちろん、鍛錬と創意工夫で、一般レベルよりは遙かに強力になるが。
しかし王族は、『魔法の才』を生まれ持つ。
何か一つの魔法で秀でるというのは、王族が王族である証だ。
「リミデス――。それは、呪いの魔法」
おい解説し始めたぞ。
っていうか、呪いの魔法!?
「あんたは、私からの好感度が下がったまま朝を迎えた瞬間、死ぬわ」
美少女は親指を立てて自分の首を切るような仕草を見せた。
目は据わり、本当にもう、最初の印象なんて欠片も残っていない。
――っておい! 死ぬ!?
「ちょ――ぉ。ちょっと待て! おまっ、俺は英雄だぞ!?」
「あら。私がハヤト様のことを好きになれるような言動を取って頂けたら、何も問題ないじゃありませんか」
ふふっ、と、リルは穢れのない微笑みを浮かべる。
だが言っていることは鬼畜極まりない。
死にたくないなら私の思い通り振舞え――ってことになる。
「それにハヤト様は、相手の好感度を視認できるユニークスキルをお持ちと聞きます。その力を持って諸国の猛者を相手にも上手く交渉事を進めてきたとか――。なら、私のような小娘の好感度を上げることぐらい、赤子の手を捻るようなものでしょう? 可愛い悪戯じゃないですか。……くすくす」
偽りの清楚キャラの中に隠しきれない毒気を混ぜ込んでやがる。隠す気が無いというのが正解だろうけれど。
確かに俺には好感度視認スキル『ライカブル』が与えられているし、それを使って交渉を有利に進めてきた。
だがそれは限られた人間だけが知る情報だったはず。
「おいジジイ。なんでこいつが、国家機密レベルのことを知っている?」
こんな交渉に置けるチートスキル、最大限隠されているべきだ。
「王族じゃからのう」
くそぅ。王族なら何でも許されると思いやがって。この中世め!
俺は面倒くさくなって、溜息と同時に侍従へ言う。
「おい。扉の外で待ってる賢者を呼んでくれ」
「パトリシア様でございますね」
「ああ」
「かしこまりました」
パトリシア――。愛称はパティ。
大陸制覇に長く付き合ってくれた女賢者で、歳は下だが賢者と呼ばれるだけあって頭脳明晰。頼り甲斐のある良い相棒だ。
しばらくして彼女は王座の間に入り、下のほうで傅いた。
元々身長が低めのパティを相手にするとどうしても視線が下がるのだが、それにしてもこうして堂々と上から眺めるというのは、妙に偉くなった気分になる。
「パティ。俺にかけられた呪いを解いてほしい」
「……呪い、ですか?」
賢者らしく場と立場を弁えているのだろう。
普段より少しトーンを落とした声で、パティは訊いてきた。
「ああ。こいつにかけられたんだ」
俺がリルを指差すと、パティは驚いて目を丸くする。次いで中指をメガネに当て、くいっと上げた。
「リル様が――、呪いの魔法を?」
「お前なら解けるだろ」
パティは国を代表する賢者。
魔法の扱いにも長けていて、特に解除は得意としている。
必要なのは知識と解析能力で、絡まった糸を解いていく作業と似ているのだとか。
「……申し訳ありませんが、それは不可能にございます」
「なっ、そんなわけないだろ!」
「一介の賢者に過ぎない私が王族の魔法を解くなど、赦されることではありません」
この中世め――っ!
人の命が懸かっていることをあっさり上下関係で割り切りやがって。
「わかった。じゃあ、あとでこっそり――」
「どうやったところでバレます」
そりゃそうだろうな。
好感度を下げたまま朝になって『なんで死んでないのよ!?』みたいな話になったら、俺と仲の良いパティが真っ先に疑われる。
諦めてリルの顔を見ると、悪魔のような表情でほくそ笑んでいた。さっきの清楚キャラはどこへ飛んだ?
「わかったぁ? あんたはもう、私から逃げられないの。…………くすくす。あー、いい気味」
ジジイ、さっきこいつのこと性格も器量も良いとか言ってなかったか? どこがだよ! どう見ても性悪じゃねえか!!
悪の帝王みたいな女は、ビッと俺を指差した。
「死にたくないなら大人しく私を愛して、そして誰かに寝取られなさいっ!」
俺はとりあえず、ライカブルを使って変態少女の好感度を確認してみる。
グラフ表示の割合で、四十パーセント程度ってところか。
…………想像よりだいぶ高いな。
半分近い好感度が残っている相手に、死の呪いかけちゃったの、こいつ? ……まあネトラレを望むぐらいだから、相手の感情なんて構っていないのだろう。
最悪だ、ほんと。
好感度が下がったまま朝を――という言葉をそのまま受け取ったとして、好感度グラフを高中低に分けた三十三パーセント辺りがデッドラインだろうか。
現状では安全マージンを取れていないが、慌ててこいつの好感度を上げる必要にまでは迫られていないようだ。
好感度ってのは一瞬で上がり一瞬で下がることもある厄介なもので、微調整は難しい。下手に触れて刺激しないほうがいい場合もある。
ついでに周囲もぐるりと見回してみる。ジジイも案外、八十パーセント程度と高い。
侍従や近衛兵たちは殆どゼロだ。
目の前で国王に楯突いて、あまつさえジジイ呼ばわりしているのだから、無理もないか。
んでパティは百パーセント――と。見捨てやがったくせに。王族の言うがままにするのが当然だと思ってる証拠だ。
なら、この状況で利用すべきは、権力を持つ国王の好感度だな。
「――わかった。じゃあ爺さん、ヒロイン養成学校とやらに所属する全てのヒロイン候補をここへ集めることはできるか? 俺だって契約は履行したい」
「一声で集まるわい」
ナイス中世。国王の命令は絶対――ってやつだ。