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マノン⑩ 食べる

 緊張気味にマノンが夕食を口へ運ぶ。手が震えているけれど、スプーンやフォークの使い方は問題ないどころか、綺麗だ。


「美味しい……」


 些細(ささい)なことかもしれないけれど、再びリルと見合って破顔(はがん)してしまう。妹の面倒を見る兄夫婦とか、そんな気分になってくる。


「遠慮なくどんどん食べてくれよ。――って俺が作ったわけじゃないんだけどさ」

「よかったら今度、お(はし)の使い方も教えてあげましょうか?」

「ちょっと待て。箸の使い方なら俺のほうが教えられるだろ。生粋(きっすい)の日本人を舐めんなよ」

「日本向けのプロヒロインを(あなど)らないでほしいわ」


 こいつ、本気でプロヒロインって言葉を気に入ってやがるな。

 しかし養成学校では箸の使い方まできっちり教えていたのか……。抜かりの無さはさすがだ。勝手なイメージだけれども、綺麗にお箸を使える女性というのは、良妻賢母(りょうさいけんぼ)になりそうな印象がある。


「…………なあ、リル。一つ()いてもいいか?」

「どうしたの? 改まっちゃって」

「お前の寝取られ願望なんだけど……。本当に学校で叩き込まれたことが、全てなのか?」


 養殖ヒロイン、プロヒロイン。

 なんにせよ、ろくでもない学校で仕上げられたはずのリルという令嬢は、寝取られ願望以外は本当に完璧なんだ。

 日本のことを知って俺の好みを把握し、そして努力を重ねた結果、ヒロインの座を射止(いと)めた。

 そこに俺の意思が介在(かいざい)していなかったことは問題ありだけど、本当に好みを把握されていた俺は、初見で一目見て()れてしまうほどに彼女を気に入ったわけだ。そこについては文句の付けようがない。

 でも良妻賢母と寝取られヒロインなんて、絶対に結びつかないだろう。そこに矛盾(むじゅん)を感じる程度の頭の良さぐらいは、リルなら確実に持っている。


「例えば……。寝取られ教育が始まって、生徒の中に混乱の一つぐらいは、あったんじゃないか」


 言うと、リルは可愛らしく首を(かし)げて疑問を(てい)した。


「無かったわよ? ああ、そういう性癖(せいへき)の人なんだ――って。特に問題なく、すんなり」

「そ、そうか……」

「もちろんドン引きする人はいたけれどね。うわぁ……って。まあ、『そういう人』のヒロインを育てる学校なんだから、納得するしかないよね――って感じかな」

「そうかよ! つか俺のじゃなくて爺さんの性癖だからな!?」


 この国は英雄をなんだと思っているのだろうか……。できることなら生徒だった全員の誤解を解いて回りたい。俺にそんな特殊性癖はないんだから。


「でも……。私は、本当に好意的に受け止めたの。多分、私だけ……ね」


 ということは、そもそもの素養のようなものがあったと言うことだな。


「――(めかけ)の子だから……か?」

「うん――。私のお母さんは、元々別の人と結婚していた普通の平民だったの。それをお父さんが寝取って、産まれたのが、私…………。寝取られがなかったら、産まれてなかった命なのよ」


 重い……。

 もう寝取られ願望を否定しちゃいけなくなるんじゃないかな、という覚悟を決めて問うたわけだけれど、実際にリルの口から語られると想像以上の重苦しい事情だ。


「リルの両親は、仲が良かったのか?」

「良かった――から、正妻や他の王族からは(うと)まれたわ。王族は王族としか子供を作らないのが、この国にある暗黙の了解ですし」


 王族は王族と――――。そうでなければ『王族だけが持つ魔法の才』が、世に出回ってしまうわけだ。王族が王族でいるためには、合理的で必要なことだったのだろう。


「この国は歴史が古くて王族の数も多いからな。近親にもならない――か」

「ええ。でも父は、暗黙の了解を(おか)して、母に当時の結婚相手がいても、構わずに母を愛した。……そのことを否定するなんて、私には無理。だって…………。それが愛じゃなかったら、なんなの?」


 だから重いって!

 ――――と、人の人生を重いとか軽いの一言で片付けるなんてのは、残念なことに俺の主義に反するわけで。

 戦場で沢山の仲間が死んでいく中、俺はライカブルではない、もう一つのユニークスキルの特殊性もあって、人の生い立ちを沢山知ることとなった。


 特技継承スキル、『クロシード』。


 目の前で死んだ人間の特技を継承するという、とんでもないユニークスキルだ。こんなものを強制授与されて、やっぱりあの国王は頭おかしいんじゃないかと思った。

 ただ……。

 死んでいく人の特技を受け継ぐと言うことは、俺が使い方さえ間違えなければ、その人の人生をより意味のあるものへ昇華させることができる――。徐々に、そういう前向きな(とら)え方をするようになっていった。

 努力で手に入れた特技、才能で持って生まれた特技、種類も会得(えとく)過程も十人十色で様々だ。

 でも総じて言えることは、死にゆく人の人となりを知れば、その特技がどういうもので、どう役だったのかを知ることができた。この情報は特技を使いこなす上で必要不可欠だ。

 そうして他人の人生に全力で触れようとして、気付いた。


 ――――重くない人生なんて、そうそうない。


 どんだけチャラいように見えても、どれだけ豊かな家庭環境で育っていても、人生という長いスパンで物事を観察すると、何かしら、重い部分がある。

 それがリルの場合には、『産まれ』や『生い立ち』にあったという話――――。


「一度、リルの親父さんと会って、話をしてみたいな」

「それは無理よ……」

「どうしてだ」

「五年前に、失踪(しっそう)しているから――」

「王族が失踪?」


 それはおかしな話だ。王族は途轍(とてつ)もなく恵まれた地位にいて、権力もあり、不自由なく暮らしているはず。失踪なんてする必要がなさそうだし、そもそも、大事件になるだろう。


「じゃあ、母親は?」

「私が七歳の頃に、病魔で――」


 ……こいつ。王族なのになんで、こんな重い人生を歩いてるんだよ。

 それじゃあ俺がこの世界に召喚された辺りからずっと、親がいなかったってことじゃないか。それで妾の子だから嫌われてるとか、身の回りのことは自分でやってるとか……。こんなの、王族令嬢どころか、むしろ不幸少女なんじゃないか?

 ――――俺だって召喚後は、とんでもない五年を経験させられてしまったからな。重い人生というものに、共感できるようになってしまった。


「あの…………」


 ついに俺が言葉を失っていると、遠慮気味にマノンがしゃべり出す。


「はじめて他人と食事する子がいる席で、する話なの?」


 土下座する勢いで頭を下げた。


『はじめて人と一緒にご飯食べる。わーい』

『親父さんは』

『失踪』

『母親は』

『亡くなりました』


 …………イヤすぎる。

 しかし、五年前に失踪、ね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 事情はあるのだろうけどやっぱりそれってシタ側の考えでしかないんだよなぁ…両親を否定したくはないのだろうけど もし前の夫との間に子供とかいたらその辺りの歪んだ考えを見直すきっかけになりそう そ…
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