リル⑧ 不確かな想いに寄り添って彼女は○○を信じる。
玉座の間を出て、リルの部屋へと向かう。
ドアをノックすると三秒ぐらいで開けてくれた。基本的にこいつは、ノックをしてから開けるまでが早い。常に準備ができていると言わんばかりである。
「どうしたの? ――って、珍しい組み合わせね」
「色々あってな」
リルは可愛らしく小首を傾げる。ほんと、たった一つの仕草がすんごい可愛いのが困る。さすが養殖ヒロイン、よく訓練されたものだ。
俺とパティは一緒に旅をした仲間であり、マノンは俺の部屋に入り浸っているから、それぞれとの組み合わせは珍しくない。けれどパティとマノンが一緒にいるというのは、確かに珍しい。パティはマノンを嫌っているし、マノンはパティを蔑むかの如く煽るからな。『ぷぷっ。そんなに一生懸命勉強して私の下なんですか? ふえふえふえふ』――――ってな具合に。
「ちょっと俺の部屋に来てくれないか」
「ここじゃダメなの?」
「いや、その……女の子の部屋とか、緊張するし」
「なんでいきなり純情キャラみたいになってるのよ。気持ち悪っ! ――別に、ハヤトくんに見られて困るものなんて全部仕舞ってあるから、問題ないわ。入って」
見られちゃ困る者はあるんだな。――って、そりゃ下着とか色々あるわな。
俺としてはマノンの魔法が展開できて人の目に触れない場所であればどこでもいいから、この際部屋がどこかはあまり関係ないか。造りは同じだし。
「じゃあ、お邪魔します」と軽く緊張しながら言って中へ歩を進める。後ろからマノン、パティが続いた。
うわーっ、なんかすっげえ良い匂いがするんだけど!
めっちゃキレイに片付けられてるし、一個だけとはいえザ・女の子の部屋の定番、ぬいぐるみも置いてある。大きめの姿見もあって、こんな中世ファンタジー世界なのにきっちり『女の子の部屋感』が醸し出されている。
ちょっとした感動ものだな……。ここへ住み始めた日に少しだけ中を覗き見てしまったけれど、あの時は衣装ケースやら調理道具やらが散乱していて、今の様子とは全く違っていた。
初日に部屋を覗かれたくなかったのは、まだ女の子の部屋になっていないから。今入れてくれたのは、もう女の子の部屋が完成しているから――ってことだろうか。
過剰にフェミニンじゃないのが凄く良い塩梅だ。これも俺の好みを把握してのことだろう。
「――あっ、なんか変なこと考えてる顔してる!」
人差し指をちょっと上に向けながら、のぞき込むような姿勢で言われる。そのあざとい定番ポーズやめてくれ。見目が良いと破壊力あるから。
「へっ、変なことは考えてねえよ! ……ただその、この部屋も俺の好みに合わせたのかなぁ…………って。もしそうだとしたら、なんか悪いな、って、な。そう思っただけだ」
「んーっ、確かにハヤトくんの『理想の女の子の部屋』は教えられたわ」
なんか個人情報が筒抜けになってるみたいで、精神的に堪えるものがあるな……。
「田舎から上京してきたばかりの大学生が住んでる部屋――だっけ? お祖父様は『地方の村から城下町に引っ越してきた学生のイメージじゃ!』って言ってたけど、全然想像が付かないのよね。だからこれは、私流のアレンジ」
「…………なんかごめん。ほんとごめん」
「具体的なところは、ピンクのカーテンとちっちゃい折りたたみ式テーブル。あとシングルベッドにぬいぐるみが少々――。観葉植物とマグカップがあるとなお良し。部屋に男を入れたのは初めて――」
これ、ヒロイン養成という名の性癖暴露じゃねえか……?
「一応、全部ご希望通りにしてありますけど?」
言われて一つ一つの小物を見ると、確かにぬいぐるみ(この世界で人気の、猫耳の熊っぽい獣を元にしたマスコット)はシングルベットの枕横にきっちり置かれているし、ちっちゃい木製の折り畳みテーブル、そして観葉植物とマグカップもあり。
ただその木製テーブルが、いかにも腕の良い木工職人が作りました――って感じで、俺の思い描く『とりあえず安くて軽いのを選びました』とは真逆になっているのが痛い。和室に欲しいぐらいの良いテーブルなんだけど……ね。
観葉植物も、小さくて丸っこいサボテンぐらいでよかったんだけど、全高二メートル近い南洋系のものがドデンと部屋の隅に構えている。部屋そのものが俺の思い描いていたものより二倍以上広いから、大きさの割に目立たなくて済んでいるけれど。
…………ちょっと違うな。
もうちょっとこう、百均とニ○リで集めた家具で仕上がってる感じをイメージしてたんだけど。
「この匂いは、香水か?」
「えーっと、ちょっと待っててね」
そう言うとリルはベッド横の小振りな棚へ向かって歩き、引き出しから一冊のノートを取り出した。
「香水……香水……。あ、あった! 『香水は二十台中盤からが好ましい。特に十代の女の子はシャンプーの香りがベスト』。――私は十八だから、香水は使わないようにしてるわ」
「ごめんなさい。プロヒロインを侮ってました。本当にごめんなさい……!」
学校で教わった『俺の好み』をしっかりノートに書き写して勉強してた――ってことだろう。首席の名は伊達じゃないな。
「なんかさっきから謝られてばっかりなんだけど。――ふふっ、まあ可愛いから、いいわ。で、要件ってなに?」
おぅ……。年下に可愛いとか言われてしまったよ。
マノンは俺とリルの会話の最中、遠慮なくベッドにドサッと乗っかかって、靴を放り出してから思う存分に足を伸ばして座っている。これはこれで小ささが強調されてて、ぬいぐるみみたいに可愛い。
他方、パティは散々泣いて疲れたのか、立ったまま首の角度を保持できず何度もカクッと頭を落としていた。子供かお前は! うちの母ちゃんが『あんたは立ったまま寝る子でねえ』って言ってたの思い出したわ!
「とりあえず、これを見て欲しい。――マノン、頼む」
「りょーかいですっ」
珍しく張り切って敬礼のポーズまでしてくれたマノンが、例の盗撮魔法で問題の場所を映し出した。壁一面の映像はやはり圧巻の一言である。
「うわっ……。凄いわね、マノンちゃんの魔法」
「ほんとにな。こいつが真面目に勉強して社交性を身につけたら、この世界は激変すると思うよ」
引きこもりを希望しすぎる言動から、期待をかけられないのが悲しいけれど。
「――これ、映ってるのは魔方陣よね? 起動中みたい……だけど」
魔方陣は手のひらサイズからある、魔法の補助道具みたいなものだ。書く素材によって効果や持続期間が変わってくるから、魔方陣専用のインクとかは庶民じゃ手が出ないほど高価である。
しかし最も効果が高いのは、自分の血で描いた魔方陣――。ファンタジー世界のお決まりだろう。いや、日本でも血判があるぐらいだから、そう変わらないかもしれないな。
「少し前まで、国王がこれに魔力を注いでいた」
「お祖父様が? ……ん、でも召喚術は使わなくてよくなったんじゃなかったっけ? ハヤトくんに帰る気がないから」
「そう。んで『ぶよ』の召喚で痛い目を見たから、もう召喚術は使わない――。そういう話だったよな」
「じゃあこれ、何をしようとしているの……?」
俺は部屋のドアを開けて貰った瞬間からずっと、ライカブルでリルの好感度を確認し続けている。
後ろめたい秘密を抱えている人は、そこに近づかれると警戒心から好感度を下げるんだ。だからライカブルは嘘発見器代わりにもできる。
しかしリルの好感度は下がるどころか、むしろ上がっている。六十パーセント強から始まって、今が七十パーセントほど。ほどほどの高さと言えるだろう。
普通に、自室に招いての会話を楽しんでいる――ってことか。
「その様子だと、王族でも知らされてなさそうだな」
「えっとぉ……。ごめんなさい? 話が見えてこないのだけれど……」
俺は一旦斜め下を向いて溜め息を吐いてから、再度リルの顔を真っ直ぐ見据えて、核心に迫る。
「最初から気付くべきだったんだ。俺と国王の契約がおかしいことに」
「ヒロイン報酬のこと――だよね」
「ああ。召喚魔法で物品を取り寄せるに当たって、爺さんはこの世界の金品を対価とした――。そうだよな?」
「無条件召喚は不可能とされているから、間違いないと思うけれど」
「俺がずっと抱いていた疑問は、『じゃあ人間を一人呼び寄せるために、何を対価としたのか』だった。…………五年の間、ずっと疑問に思っていたんだ。けれど、怖くて踏み込めなかった。知らずに帰るのがベストだとさえ考えていた」
自分が異世界召喚されるに当たって払われた『犠牲』。
物を召喚するために物を対価として支払うのなら、人を召喚するためには人を対価として日本へ差し出したと考えるのが、最も普通で理屈も通るだろう。
「――――その件に関しては当時、色々な憶測が城内を駆け巡ったわ。実際に『忽然といなくなった人』もいましたし……ね」
リルは物憂げに語った。
「やっぱり、対価は人と考えて良さそうだな。――じゃあ訊くが、俺が元の世界へ帰ったら、どうなる?」
「対価となった人が戻ってくる――?」
「そうだ。だから俺は早く帰って、不幸にも日本へ飛ばされた人が――、もしちゃんと生きているなら、早く元の世界に帰してやりたかった」
言った言葉に、リルは軽く目を丸くした。好感度が更にグイッと上がる。
「召喚したのはお祖父様で、ハヤトくんは巻き込まれた身でしょ。それなのに、そんなことまで考えてたの?」
「これでも割と善人のつもりなんだよ。一応」
十字大陸統一だって、できるだけ犠牲を払いたくなかった。これはもう、俺の主義みたいなものだ。
……というか、日本に生まれて平和な中で育ってきた人間がいきなり『中世の戦争ひゃっほーい!』ってなるわけがない。なるとしたら、そいつはちょっと怖いやつだろう。
生首が飛んだら一瞬で嘔吐いて数日はメシが喉を通らなくなり、そんな形で人が死ぬところなんてもう二度と見たくないと心の底から思うほうが、きっと、普通だ。
「――じゃあさ、俺がヒロインを連れ帰ったとき、国王は『対価としてヒロインに変わる何か』を受け取らないといけなくなる――。いや、受け取ることができる。そうは考えられないか?」
順を追って核心に迫っても、リルから嘘を吐く素振りは見られない。
王族だけどヒロイン報酬の対象にされていたりして、俺としては彼女が国王の傀儡となっているのではないかと怪しむ気持ちもあったんだけど……。どうやら、完全に蚊帳の外だったようだ。
「――――確かに、そうじゃないと計算が合わない……わ」
「だろ。リルなら何か知っているんじゃないか――って思ったんだけど」
「私は、何も聞かされてない……」
意気消沈というか、凹んでるのが目に見えてわかる。
対価ってことは、信頼しているお祖父様に、自分を売り物扱いされていたってことだ。そりゃ、凹んで当然だろう。ただでさえ王族なのに報酬扱いされて気の毒だったけれど、そこは『妾の子として疎まれている孫に、日本での豊かな暮らしを――』という善意だと思えたわけだ。
でも対価があるんじゃ、本当に物扱いである。
「リルは一度、ヒロインに決定されかけただろ? 俺が思うに、養成学校も、そこに王族の令嬢が通うことになったことも、全ては『日本へ渡すヒロインの価値を高めるため』じゃないか――って」
「そんなっ! お祖父様はそんなこと――ッ」
「まあ待て。この話には続きがある」
感情的になりかけたリルを制して、落ち着いた調子を心掛けながら丁寧に言葉を紡ぐ。
「ぶよ被害の一件――。あれの対価がわからない。爺さんはゲーム内のキャラクターを召喚するために、何を対価としたのか」
「空想上の生物ということなら……。いえ、でも、空想上の生物を召喚なんて、できるはうがないわ。対価を渡すための世界が空想なのだから、不可能なはず――」
「そうだ。だがそこへ、不可能を可能にする人間が現れた」
俺はベッドの上のマノンを指差した。
「マノンの魔法力は異次元だろう。対価なしで空想世界からの召喚ができるようになった可能性がある」
「じゃっ、じゃあお祖父様は、今もぶよのような何かを召喚しようとしているってこと!?」
「その通りだ。だからリルに訊いてみたい」
声音を据わらせて真剣に問おうとする。リルの喉が、覚悟を決めるかの如く、ゴクリと鳴った。
「憶測でもいいから答えてくれ。――十字大陸制覇の次に、爺さんが抱く野望。それは『大陸外への進軍』……。合ってると思うか?」
俺の問いに、リルは一度躊躇いを見せたあと、こくりと頷いた。
十字大陸は、この世界の中では大海の中にポツンと存在する大陸とされている。それ故に海を越えての進軍は、したこともされたこともない。
僅かな交易船がどうにか行き交う程度だから、人を送り込んで戦争を働くというようなことは土台不可能なわけだ。
でも…………。もし、空から襲えるようになればどうなる?
爺さんが愛好したゲームには、沢山のドラゴンが出てくる――。
「みんな、聞いてほしい」
それから俺は、この世界に召喚されてから十字大陸制覇に至るまでの想いを、リル、マノン、パティの三人へ伝えた。
「…………この世界に英雄とかなんとかで召喚されて、当たり前だけど、最初は断ったんだ。戦争とか馴染みがないし、馴染みたくもない。その先導をするなんて、どんな名誉や金を貰ってもやりたくなんてない。……それでも引き受けたのは、俺が日本へ帰りたかったことと、ヒロインという対価、俺の代わりに日本へ送られた人がいるなら、その人の帰還。――そして何よりも、何百年と続いた争いを『俺の手で終わらせることができるなら』と考えた。十字大陸が統一されて平和になったら、遠くの大陸まで侵攻を開始する。そんな国のために働いたなんて、信じたくない」
珍しく、場がしんみりとした空気に包まれた。
ヒロインを誰にすればいいか、ネトラレ願望、引きこもり願望、盗撮魔。そういうのは全部個人で解決する問題……いや盗撮は違うけど! とにかく話の規模としては個人であり、大陸外への侵攻計画に比べれば小さいものだ。
だが国王の企みが、俺たちの想像通りだとすれば。
それは個人どころではなく、何千何万の人間の命がかかる問題となる。
「リル、頼みがある。――俺に、養成学校のことを教えてほしい」
思うに、爺さんの企みは五年前から、すでに始まっていた。
ならばヒロイン養成学校だって、何らかの意図を持って作られた可能性がある。




