リル⑥ 王族と使役
酒場のお姉さんはピレスと名乗った。
パティ曰く、この町で一番有名な店主だそうだ。
中世世界には会社と呼べるような組織が少なく、ほとんどが自営業。店は無数にあり、その中で最も有名というならば、かなりの名声を得ていると言えるだろう。
「獣害なんて話になってるのかい。そりゃあ、誰も助けに来ないはずだよ」
そして酒場に人がいない理由を聞き出すことができた。特に隠しているわけでもなく、むしろ他の王族へ伝えてほしい――とのことだ。
「男衆は市街区域の外側で朝から晩まで警備の毎日。みんな生活がかかってるんだ。気を抜く暇がないから、この店へも来ない。単純な話だよ」
両隣に座るリル、パティと同時にザクロ味のジュースを飲み終えて、俺は勘定をカウンターに置いた。
「ちょっ、多すぎるって!」
「国王からの謝礼だと思ってください。情報提供、感謝します」
こうして王の名を出せば、受け取らないなんて言えなくなる。
「……そうか。悪いね、気を遣ってもらって」
「これが仕事ですから」
結構、本気で頭のスイッチが切り替わった。
獣害……ねえ。
真実が国民から国王へ伝わる間のどこかで、誰かが情報をねじ曲げたってことだな。
明るみになればとんでもない問題になる。だから隠した――。となれば、この中央区を治める王族や貴族の誰かだろう。
しかし今は犯人捜しよりも現場の確認と、できることならばその場での即時解決である。
「行くぞ、パティ!」
「はいっ」
俺はいつも通りにパティを引き連れて、問題の起こっている町の外郭へ急いだ。
「ちょっと、あたしは!?」
「リルは王族だろ。王族は王族らしくふんぞり返って結果を待っていればいいんだよ」
それもいつも通り。英雄なんて言ったって、実態は王族の代わりに戦争の矢面に立つ人間だ。彼らはいつも安全圏で陣取りゲームを楽しむのみ。さぞかし暇なんだろうな。
だがリルは明確に機嫌を悪くして、怒鳴った。
「あたしはそんな王族になんて、なりたくないの!! ちゃんと連れて行って!!」
……ほんとこいつ、なんでネトラレ願望なんて仕込まれちゃったんだよ。王族なのにそれを歯牙にもかけず、何事にも真剣に取り組む。どう見たってすんげえ良い奴じゃん。
まあちょっと気性は荒いし、人に死の魔法を仕込む奴だけど。
見目は最高で根の性格が良いとなれば………………。
ん? 俺、なんでこいつに死の魔法なんてかけられたの? そんなに怒らせてたのかな。
まあリルは国王のことを、王としては元より祖父としても尊敬しているようだから、ジジイ呼ばわりされて本気でキレた――ってところだろうか。ヒロイン養成学校なんてとんでもない場所での努力が、一瞬で無になった場でもあったしなぁ。
「パティはどう思う?」
「王族を危険には晒せません。……しかし、王族が希望することを断る権利もありません」
「――――嘘吐け。国王の権利代行者が何を言うか」
呆れて言うと、パティは軽く口角を上げて無言で笑った。
賢者も俺と同じく、王族に使役される存在だからな。王族のリルが自ら望んで行動することを嬉しく感じているのは、俺だけじゃない――ってことだ。
パティに寄っていって、耳打ちする。
「その調子で、リルの魔法も解いてくれよ。な?」
「私は国王の権利代行者ですから。あの場で国王が解こうとしなかった魔法を私の独断で解くなど以ての外です」
この奴隷賢者め……っ。




