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リル④ 酒場

 城下町というのは開放的な空気にどこかノスタルジックな賑わいが混ざって、非常に居心地が良い。大陸制覇なんて壮大で無理難題な目標を達成し終えた今、俺は初めてこの世界を観光気分で満喫できるわけだ。

 しかし問題は、パティがいらない気を利かせたことである。

 そのせいで俺の隣にピッタリくっついたリルが上機嫌()にしている。


「ふふっ♪ ねえねえどこ行こうかー♪」

「酒場だよ」

「楽しみだね♪」

「おい。好感度大したことないのバレてんだぞ? あと無理矢理に語尾を上げるんじゃない」


 五十パーセント程度の好感度というのは、言わば普通。

 もちろん全くの見ず知らずで初対面の人間というのは、大抵が警戒心を抱いているから好感度なんて二十パーセントもあれば上出来だ。だからまあ見知らぬ関係というわけではないけれど、せいぜい、時々会話を交わす友人――ぐらいの好感度である。


「仕方ないでしょ! お爺様の命令です!」


 うーん。あの爺さん、まだリルをヒロインする気満々なんだよな。仲を深めるためにもデートしてこい――なんて言い出したわけだ。俺に言うと反対されるから、リルとパティにだけ。

 そりゃ、とんでもない美少女で気品溢れる令嬢。そんな子が腕に絡みついてきて嫌な気はしない。命令とは言ってもスキンシップを取っているからか、好感度がじわりじわりと微増していく様子がまた可愛らしくもある。

 だけど…………ね。


「間違ってお前に惚れちまったら、誰かに寝取られるんだろ? 寝取られ前提のデートなんて最悪すぎる」

「愛を深めなければ寝取られの価値が薄まりますからね。私にとっては凄く良いデートです♪」


 寝取られの価値とは一体…………。いや、いい。なんとなく知りたくない。きっと養成学校で徹底的に叩き込まれたんだろう。そりゃマノンも引きこもるっての。というか、むしろこいつに引きこもってほしかった!

 あとリルのやつ、デートになると急に言葉遣いがですます調になりやがった。その方が受けが良いという判断なのだろうけど、少々あざとすぎる。語尾を上げるの直ってないし。


「で、町一番の酒場ってのはどこにあるんだ?」


 俺はリルではなくパティに問うた。王族のリルが城下町の事情に明るいわけがない。


「そこの角に酒樽のマークがあります。立地の良さと美人店主の愛想で人気の酒場です」

「おっ、マジかそれ!? いいなぁ。大人の美人店主――。最高じゃん、ふへへ……」


 先細りに声を小さくして呟いたが、腕を絡ませているリルにはハッキリ聞こえていたようで。


「悪かったわね。大人じゃなくて」


 むすぅと口を尖らせて、頬も膨らませた。そういうところだけはほんとヒロインしてくれるんだな。それとも今のは天然か……? ライカブルって便利だけど人の裏表ばっかり見ちゃうから、俺はすっかり疑い深くなってしまった。


「どーせ私なんてまだまだ子供だって言いたいんでしょ。でもお酒ぐらい飲めるんだからね」

「そういや何歳なんだ?」

「十八」

「それ日本じゃ酒飲めないんだが…………。――いや、別にリルを子供だとは思ってねえよ? でもさ、ほら…………。人妻とかOL(おーえる)って、独特の良さがあるじゃん? わるかなぁ。わかんないかなぁ」

「おーえるって何よ」


 眉根を寄せて問われる。

 しかしすぐに眉の緊張は解かれて、妙に暖かな表情へと変わった。


「…………でも、ちょっと以外。人妻ってことは、何かあったときそこに寝取られが生まれるのよね。……いいの?」


 ああ、そこに反応してたのな。


「いやいや、さすがにリアルにどうにかなるとか思ってないから。会話でそういう雰囲気を楽しんだり……あとほら、動画とか……な? 人妻のあれな動画って個人的に好きなんだよ」


 あれと()かしたし、中世ファンタジー世界で動画とか言ったところで『ドウガってなに?』ってなるのがオチだと思って言ってみたのだが。

 俺の腕が、やたら力尽くでギリギリと締め上げられた。


「よくわかんないけど、不健全な印象だけは伝わってきたわ。女の子とデート中にそんな話するなんて、最低……っ!」


 ――――意味じゃなくて雰囲気で察してしまうのか。怖いな、女の子。好感度がグイッと下がってしまった。こりゃ本気で酒場を楽しんだら、今夜辺りに死ぬな、俺。

 あれ。ひょっとしてこれ、クリア後のおまけクエストじゃなくてただの罰ゲームじゃ……?

 見逃していた可能性に気付いてリルのいないほうの腕を動かし、顎に指を当てて考え込む。すると急に、不満そうな感じでリルが訊いてきた。


「……ねえ、何か反応はないの?」

「反応って?」

「胸、くっつけてるんですけど」


 見ると、確かに俺の肘にリルの大きめおっぱいが触れていた。


「や…………柔らかいです」


 いかん。急に敬語になってしまった。別のこと考えてたし! だって慣れてないし! お金払わないと触れられないものだったし!


「ふふっ――。何それ。案外ハヤト様ってチョロい?」

「んなことねー…………と、思う。――――というか、様付けはやめてくれ」

「じゃあなんて呼ぼっか?」

「様じゃなけりゃなんでもいいよ」

「んー、それなら恋人っぽく――――。…………ハヤトくん?」


 ……俺は、この世界に召喚されたその日から英雄だった。英雄として扱われ、英雄としての仕事を果たしてきた。

 国王が『ハヤト』と呼び捨てするのと、年齢の近いパティに最大限普通にしてくれと頼み込んでどうにか『ハヤトさん』と呼んでもらっていたのが例外で、他は全て『英雄様』や『ハヤト様』――。


「ん? 顔、赤くなってるよ?」


 だから『くん』付けという、たったそれだけが強烈に胸に響いてしまった。顔が、耳までカァーッと熱くなるのを感じる。

 俺に残された選択肢は、反対側を向いてリルの目から顔を逸らすという一択のみ。きっと、見られたらいけないほど緩んだ顔をしている。

 本気で惚れてしまわないように気をつけないと、女の子と恋愛に勤しんだ経験のない俺に、リルは可愛すぎるのかもしれない……。

 すぐ傍の少し低いところで「そんなに照れちゃうんだ。案外、可愛いのね――」なんて呟き声が聞こえた。チラリと見ると、なぜかリルまで恥ずかしそうに俯いている。

 なんでお前まで恥ずかしそうにしてるの? と強気に返そうと思ったけれど、一旦時間をおかないと、これ以上の会話は危険だと察した。好感度は元に戻るどころか、ちょっと上がっている。

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