マノン⑤ 日本語!
軽く胸焼けを起こしそうな朝食を食べ終えた後、日本の文明文化について軽く知識交流を交わして、午後からは早速新しい仕事を始めることに決めた。
俺は一旦部屋へと戻る。
ここには日本にいた頃に買った法律に関する書物が置かれている。召喚の際に身の回りのものが一部、この世界へ渡ってきたわけだ。
ちなみに召喚されたのは誕生日の夜だったわけだけど、俺は一人で自室にいた。あー、周りに友達とかいて巻き込まなくて良かったなー。一人で良かったなー。
大陸制覇の五年間に気心の知れた友達がいたら、どれだけ心強かっただろうか……。そんなもしもを考えると酷く切なくなる。
国王だけが使える召喚術――。果たして、どうやってるんだかね。妙なものを対価にしたり、元の世界を巻き込んでいなければ良いけれど。
「しかしまあ、六法全書なんてよく持ってたよなぁ。この世界じゃ唯の勉強道具だと思ってたんだが……。ひょっとしたら今回の仕事に役立つかもしれない――か」
「ん……、なんですかその鈍器? 沢山あるです?」
「おっ、もう起きるのか」
マノンが上半身を半分ぐらい起こして、眠そうに目を擦っていた。まだ二、三時間程度しか寝ていないと思うが。
「ううん、もう一回寝ます。物音がしたから……何事かと思いました」
「あー、引きこもってるとそういうの敏感になるからな。悪い、すぐ出て行くよ」
「その重そうな本は、何に使うんです?」
「日本の法律がここに全部載ってるんだ。使えるかはわからないけど、とりあえず――」
「日本の!?」
急に飛び起きて、珍しく大きな声を出した。
「興味あるのか」
「それ、私も読んでいいです?」
「持ち歩くわけじゃないから、別にいいけど……。でもマノン、日本語読めないだろ?」
「暇だから習得します!」
「いや、いくら何でも……」
しかしこの子には王族や賢者すら凌ぐ魔法の才があるからな。魔法の力とかで解読してしまう可能性もある……か。
この世界の魔法というのは基礎部分が学問化されている。つまり解明や理論体系化が進んでいるわけで、科学との違いはあまりないとも言えるだろう。
あくまで基礎的な部分は、と限りが付くが。
難しい魔法となれば種類も強さも段違いで、どうやって習得すれば良いのか全くわかっていない。
その中で唯一わかっていることは、王族は魔法の才に優れた血族であり、異能とも呼べる力を扱えるからこそ王族である――という程度。
だから王族のリルがその血に基づいて魔法を使えることと、賢者たるパティが本当に努力で基礎的な魔法を会得し応用によって効果の拡大を図っていること。この二つは十分に理解できる。
しかしマノンに関しては理解不能だ。王族でもなく勉学も積まずに国を滅ぼせるほどの魔法が扱える。完全な例外。
……とは言っても、その例外的能力で日本語が読める人間が増えるというならば、心強い。
俺は旅の荷物から一冊の分厚いノートを取り出して、マノンの前にトン――と静かに置いた。
「このノートは、俺なりにこの世界の言語と日本語を訳した、自作の辞典みたいなもんだ。使ってくれ」
「いいの!?」
「ああ。もう必要ないからな」
こうして好感度をちょちょいと上げて、
「まっ、高々十四歳の引きこもりがどうこうできるとは思っちゃいないけど、できるもんならやってみな」
「むぅ……っ」
煽って、
「もしマノンを日本に連れ帰るなら、日本語が読めると助かるんだ」
ちょっとした餌をまいておけば、
「日本に連れ帰るとして…………わっかりましたっ!!」
マノンは簡単に釣れるなぁ。張り切っちゃって、可愛いのう。
あと四年待てばこの子も十八歳になる。
日本で婚姻関係を結べて、今のパティ(十九歳)ともそう変わらない年齢に達するわけだ。
胸の発育は期待できそうにないけれど、まあそこは好みがあっても誰かを好きになるときに最重要というわけじゃない。好きになればちっぱいでも愛せる。
「日本での引きこもり生活、楽しみだなぁ。ふぇふぇふぇっ、ふえふえふえふ」
問題はこいつ自身の目的がそもそも俺と相違してるってところだ。
可愛さだけで養うなら、愛猫を撫でるだけで十分である。
改稿作業の最終話となります(2020月3月2日)




