内政
「国が乱れておる!」
「はい?」
玉座の間に入って、なんかもう色々面倒くさいから堂々と王座の横まで行くと、突然、国王が眉根を寄せて威厳を漂わせる表情で語り始めた。
「どうも最近、不倫を原因とした離婚が多くてのう。滞りなく離婚となればそう問題はないのじゃが、現実には裁判所は元より孤児院まで悲鳴を上げておる。このままでは国の未来に拘わるじゃろう」
「そりゃ国家レベルでネトラレヒロインを育成してりゃ、そうなるだろ……」
こんなもん、朝っぱらから溜め息しか出ない案件だ。
この世界の婚姻関係は全て裁判で決着を付ける。不倫だろうが性格のすれ違いだろうが全て。
王族が元々『神の子』とされていた宗教的背景もあって、結婚も離婚も、裁判という形で王族に許しを請う形になるわけだ。
まあ王族がそうした細事で実際に働くなんてことはそうなくて、極めて業務的に処理されるか、賢者の出番となるか、だが。
「十字大陸を統一したと言っても、元は中央と東西南北の五カ国。人種や文明、文化、様々なものが間違った形で混じり合ってしまうと統一国家としての礎が揺らぎかねん」
あっ、このジジイ、自分の非は認めない気だな?
しかし――なるほどねえ。
俺としては十字大陸統一を果たしてヒロインを頂き、そのまま日本に帰りゃ終了だったわけだけど、統一後の内政問題ってのも大変そうだ。
ちょっと一苦労――なんてものでは済まないだろう。
これでも俺は割と平和主義者で、できる限り円満な形での統一を目指した。
とは言え、全ての武力衝突を避けるなんて不可能である。
特に最初の頃は交渉事を上手く進められずに沢山の死者、負傷者を出してしまった。
そして宗教観の違いが原因で熾烈な争いとなった、最後の東半島統一――。
結果として、この国には多くの未亡人や孤児が生まれたはずだ。
兵は全て志願兵。衝突は俺だけの責任ではない。何せ最初の頃はまだ十六歳程度で、交渉ごとなんて務まるはずもない。
できることは全てやった。そもそも、俺が始めた戦争じゃない。
…………それでも、申し訳ないと思う。
数々の失敗とそれに伴う犠牲は、日本へ帰ったとしても生涯忘れることができないだろう。
「獣害と犯罪の報告件数も増えてきておる。特に獣害は顕著であり、獣を手なずけた輩が犯罪に利用しているという可能性も高い。――現在、我が国が有する賢者は十二人。賢者は国王の権利代行者として裁判を執り行い罪を裁く権利があるが、犯罪に離婚裁判と、十二人では間に合っておらん」
「賢者を増やせばいいんじゃないのか?」
「国王の権利を代行する者を、そう簡単に増やすことはできぬ。根本的な解決にもならん」
「まあ、そうか……」
そう考えたらパティって凄いんだな。
国王の権利代行は確か、王族にも認められていなかったはずだ。
この爺さんは血縁より自分の眼力を信じているんだろう。国家が同族経営のような状態になれば、王族と言えど、不適格者が権力を乱用し国を乱す可能性がある。
下手な形で権力が集中して汚職や不正、混乱を招くよりも、厳しい基準で定めた数人で確実な国家運営を行うというのは、一つの最適解に感じる。
ついでに言えば裁判をこなせる数を増やしたからと言って犯罪が減るわけもなく、根本的な解決に至らないという判断は至極真っ当だ。
やはりこの爺さんは王としての器を持っているのだろう。ただただ変態であることだけが残念である。
「そこで、の」
中途半端なところで言葉を切って、国王は侍従に目配せをする。
すると侍従が徐に口を開いた。
「五つの国がまとまる統一国家として、我々は早急に現状の把握と根本的な原因の解消を謀りたいと考えております。そのために、ハヤト様の力をお借りしたいのです。全国土とは言いません。せめてこの中央区域だけでも」
「そんなこと頼まれてもなぁ」
「お願い致します」
うーん。好感度ゼロの侍従に頭を下げられてもパフォーマンスだってわかっちゃうし……。
しかしこの人も不憫だ。
ここまで嫌いな人間に正面から頭を下げるのは吐き気がするほど嫌な筈なんだけど、それでも国王が直々に頭を下げるなんてことがあってはならないのだろう。
王権制度ってのは単純に見えて、実は難しいところもある。
「俺は十字大陸の東西南北に出ずっぱりだったからな。この中央区の事情には明るくないんだ」
十字大陸は元の国の形をほとんどそのまま残し、東部、西部、南部、北部、そしてこの城がある中央区に区分けされた。
これは、元々それぞれの国にいる王族や貴族が、それぞれの地域で権力者のままいられるための措置でもある。
つまるところ、彼らの地位を確保することは、最小限の被害で統一を進める上での有効な交渉材料だったわけだ。
俺は更に発言を続ける。
「それに法律を熟知しているわけでもない。犯罪の判断基準もよくわからないのに、原因の究明も解消もあったものじゃないだろ」
「我が国の法律であれば、賢者であるパティが全て把握しておる。そしてワシが欲しているのは、日本の文明文化じゃ」
「日本の……?」
「ハヤトの話から聞く日本という国家が、我が国よりも遙かに繁栄し安定していることを、ワシは常々羨ましく思っていた。人々は真面目に働き、規律を持ち、犯罪も少ない。誠に素晴らしい国じゃ」
「そりゃ……どうも」
自分の生まれ育った国をこうストレートに褒められると、反応に困るな。実際のところそんなに良いところばかりじゃないってことも、身に染みて知っているわけで。
それでも文明のレベルで言えば、流石に天地の差だ。
「引き受けてはくれぬか?」
引き受けるべきかどうか、まずは――。
「元々、俺の仕事は十字大陸の制覇。もう終わっているんだ。新しい仕事を求められるなら、報酬を明確にしてほしい」
仕事に対価を求めない人はいないだろう。
「続ける限り、今までと変わらず国費を財布にしてもらって構わぬ。これでどうじゃ?」
「実質無制限――ってことか。悪くないな」
差し詰め、クリア後のおまけクエストってところだ。
しかし爺さんめ……。金を握って俺を都合良く使役する気満々だな。召喚獣じゃねえっての。
だがこれは交渉事。なら、こっちも言いたいことを言わないとな。
「俺の目的はあくまで、ヒロイン報酬を連れての異世界帰りだ。仕事に追われてそれどころじゃなかった――なんてことになっちゃ話にならない。割と単細胞な自覚はあってな。二つのことを同時に進行できるほど器用じゃない」
「無論、新たなヒロイン探しは国を挙げて執り行おう。其方が自分で見つけてきても構わぬ」
「国家レベルで探してネトラレ要素を叩き込むとか、いらんことはしないよな?」
「……………………多分」
「おいっ。そこ最重要だぞ!」
「――わかった。今後寝取られ教育はやめよう。口惜しいが仕方がない」
この人、性癖に基づく悪政なんてとんでもないことを布いてるって、気付いているのかな? 割と本気で気付いてなさそうな気がしてきた。
…………そういや俺、この世界に来てからずっと戦ってきたなぁ。
息抜きにお店のお姉様方に遊んではもらったけれど、英雄が昼間っから顔を晒してそんなことできるわけないし、これを機にこっちの世界を満喫してみるのも乙なものかもしれない。
ヒロインが決まるまでの時間を暇で持て余すよりは、遙かに良質な時間を過ごせるとも考えられる。
どうせ城の中じゃ話し相手も限られてしまうし、城内での好感度めちゃ低いし、かと言って賓客の扱いじゃ城下町へ出て酒を飲むにも一々許可がいるだろう。
そんなの全く以て面白くない。
さてどうしたものか、と腕を前で組んでわざとらしく悩んで見せて、俺は、それとなくリルとパティの顔を見た。
「お祖父様、その仕事――私も一緒にやらせて頂きたいのですが」
「勿論構わぬよ。王族として民を治めることは義務のようなものじゃ。リルとハヤトの仲が深まるのならば一石二鳥じゃし、の」
深まらないと思うよ?
――でも、なるほどな。確かにこの王権制度の中では、王族がしっかり仕事を果たすことが重要だ。
それにしてもリルは本当に働きたがり屋だ。マグロやカツオのように、絶えず動いていないと死ぬ生き物なのかもしれない。
…………いかん。刺身を醤油で食べたくなってしまった。ワサビもほしい。日本に帰ったらまず米が食べたい。
続けて、パティはどうするのか、と表情を伺ってみたが。――こいつの場合はそもそも伺う必要もなかった。
国王は言う。
「パティ、其方が賢者として導くとよい」
「仰せのままに」
パティが国王に逆らうはずも無く、至極当然のこととして受け入れている。こいつの場合は通常営業みたいなものなのだろう。
俺は頭を掻きながら「仕方ないな……」と呟いて、発言を続ける。
「ま、やるだけやってみるか。タダ飯食らいみたいになるのも嫌だからな」
自信はないけれど、この世界は何もやることがないと本当に暇なんだ。国王が持っているゲームも結構古いのばかりみたいだし、ヨヨにもう一回傷を抉られるのはイヤだ。
五年間がむしゃらに、本当の意味で命を賭けて働いて、いきなり無職になるってのは落差が大きすぎる。
「まずは城下町で民の声を聞くがよい。情報を得るには酒場が打って付けじゃろう」
酒場で情報収集……ね。その展開は仄かに王道RPGの香りがして、結構好きだ。




