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マノン⑰ 太陽神、降臨する。

 急な雨でも降るのかという黒い影が、人々を飲み込んでいく。

 そこからわずか数秒。

 マノンの作り出す闇は一瞬で世界を浸食した。

 まあ、ひきこもるために作るブラックボックスの巨大版で囲っただけなんだけれど。本当に太陽光すらシャットアウトしてしまえる魔法というのは、恐ろしい。

 わかっていた俺ですら、驚くほどの真っ暗闇にはつい、警戒心を高めてしまう。

 所々から立っていた(けん)(げき)の音も()()んで、戦闘が一時停止したことを知った。

 そして人々の戸惑う声が上がる。


「おいっ、なんだこれ!?」

「太陽はどこへ消えた!」

「おおおおおぉぉぉぉ、こ、これは神の(たた)り…………」


 パティはマノンに対して、暗闇を作ってからしばらく『間』を置くように進言したそうだ。

 恐怖と同時に『考える時間』を与えるためだ。

 光が失われた世界はどうなってしまうのか。そして、このような状態に陥っているというのに――。


「教皇様は!? 教皇様!!」

「た、助けてくれぇぇっ!!」

「怖え……っ、怖え……っ」


 よし。

 この世界は魔法が存在する世界だが、効果が微弱。屋外で光を閉ざされた経験は誰にも無く、そうなれば神に(こいねが)うしかない。

 そしてその神は、教皇ではない。

 教皇がこの場をどうするのか――。


「皆のもの! 武器を持てえ!!」


 おっと――。

 耳を(つんざ)くような大音量で、教皇と思わしき、シワの入った声が鳴る。


「拡声の魔法か?」

「そのようですね。ただ少々やりすぎです」


 パティも拡声は扱える。

 元々ある程度大きな音を更に大きくするというのは、少量の魔力でも達成できるそうだ。

 しかし大きすぎるっての……。

 俺は耳を軽く塞ぎながら言葉の続きを待つ。


「敵は目の前にいるのだ!! 立ち上がれ、神の使徒よ!!」


 完全な暗闇で武器を取って立ち上がれって、()(ちや)()(ちや)言いやがるなあ。

 動揺を声に表さないのは立派なものだけれど。


「マノン、もういいだろ」

「いいのですか? あのまま墓穴を掘ってくれると助かるのですが」

「いいんだよ。――というか、本当に武器を振り回す奴が現れてからじゃ、遅いんだ」

「なるほど」


 俺もこうして真っ暗闇に身を置いて考えて、ようやく理解したが……。

 広い戦場で等しく全員が暗闇の中にいるのなら、遠距離射撃は的が見えず無効化しているわけで、柄の長い武器をハンマー投げのように振り回し続ける奴が最強である。

 気付いて行動に移す(やから)が出てからでは遅い。


「頑張れよ」

「――はいっ」


 マノンの声に芯が通っている。

 姿は見えずとも、彼女が成長していることは実感として伝わってきていた。


 ――――――ゆっくりと、天に日が昇っていく。


 同時にマノンの姿が宙に浮き上がって、見上げたところに強烈な後光が()す。


「み、ぃみ、皆のもの!!」


 震えているけれど、ちゃんと声になっている。

 さっきパティから教わった浮遊魔法のコントロールも完璧だ。

 ……頑張れ、マノンっ。


「わわわ、わた、私は太陽神、マノン!! この国――――――いっ、いえっ、この世界を統べる者である!!」


 もう、こいつが次の国王で確定だろう。

 英雄? 次期教皇? そんなもの一息で蹴散らされてしまう。

 …………ヒロインがどうこうという問題は、俺にとって最重要だけれど。

 それ以上に、この国にとっては次代の導き手を真剣に選ばなければならないわけだ。

 むしろ俺がヒロインを選べずにいるというのは、マノンが国王の座にいる時間を長引かせるわけで、国にとって好都合になるだろう。


「偽物だ!!」


 教皇の()れた声が、夕刻に訪れた朝焼けの世界で鋭く響く。

 ――だが、誰一人として耳を貸そうとはしない。

 目の前に、明らかに異常な存在がいる。髪は生後一度も切っていないのではないかと思えるほどに長く、グラデーションがかかっていて、背丈は子供。

 白人と黄色人種の中間のようなこの国の人間の肌と比べても、焼けがなくて明らかに白く、透き通るようで、(はかな)い。

 神秘性を(まと)うには彼女以上の存在などいない。

 マノンはスッと腕を上げて、空から教皇を指差した。


「……この動乱を引き起こした罪人よ。み……自らを神だと言い張るのならば、あなたがこの世界に光を射して見せなさい」


 言うと、ふっと光が消える。

 再び闇に包まれた世界で、マノンの声が響いた。


「できないのですか」


 しかし問いへの答えは、なく。

 それを全員が確認するための間を置いて、再びマノンに後光が射した。

 瞬間、教皇の声が鋭く鳴る。


「放てッ!!」


 後方へ配置されていた数人の弓士が、マノンに目掛けて弧を描く矢を放った。


「マノンっ!」

「マノンちゃん!!」


 俺とリルが声を上げ、ほんの一瞬、景色がスローモーションに映り、マノンの薄い身体を細い矢が貫いた。

 だがパティは一言、「大丈夫です」と(つぶや)く。

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