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パティ③ しっぽならいくらでも振れる

 マノンの魔法は夜を昼にするだけでなく、昼を夜に変えることすらも(かな)う。

 すでに夕暮れ時に入っているから余計に()(やす)いようだが、しかし、光を失ってしまえば印象が良くないだろう。

 太陽が隠されれば人々は恐怖を覚える。

 神と悪魔は紙一重である。

 彼女には、あくまで希望の光として教皇のトリックを(あば)き、信者の信仰心を自らへ引きつける必要があるんだ。


「ハヤトさん、行くんですか?」


 相棒の女賢者に問われて、俺は一度だけこくと(うなず)いた。


「このまま夜まで殺し合うのを、黙って見ているわけにもいかない。一人でも犠牲者を減らしてくる」


 その言葉にパティは、俺と同じように頷いて同意をしてくれたのだが。

 結局空間を歪めた出口から飛び出してきてしまったリルとマノンは、暗い表情をしている。

 リルは戦闘向きではない。ハッキリ言って、ここにいることが場違いだ。こいつは戦場に出る人を家で待つ側の人間だろう。

 しかし、マノンは――。


「あ……あの!」


 十四歳の少女は、俺ではなく、女賢者に向けて言った。


「パティ……()()


 そして彼女の言葉に、俺とリル、なにより言われたパティ本人が驚いて「「「さん?」」」と声を(そろ)えてしまった。


「わ、私の魔力を使って、この場を収める方法が……あれば。…………その……教えてほしい…………です」


 あのマノンが、見下しているはずのパティに対して敬語を使って、お願いをしている。

 彼女の成長を示すに十分な言動だった。妹を見守る兄のような立場で言わせてもらえるなら、お兄ちゃんちょっと泣きそうだ。

 しかし――。


「はぁぁあ?」


 女賢者はものすっごい嫌そうな顔で、自分よりも更に身長の低いマノンを見下し返した。


「『教えてくださいパトリシア様』……だろ?」


 嫌な賢者だ……。というか性格が悪い。

 それでもマノンは口をギュッと真一文字に結んで、慣れない所作で頭を下げた。


「教えてくださ――」

「ちょっと待った!!」


 俺は彼女の言葉を制止する。

 ここで頭を下げたり下げさせたりする展開は、きっと、今後の二人の関係性を考えると問題になる。


「パティ、こっち来い」

「なんでしょうか」


 相棒の手を引いて、マノンから少し引き離す。

 聞こえない程度に絞った声で、このヒエラルキーが大好きな奴隷賢者へ現実を突き付けてやる。


「お前、まだマノンのことを平民だと思ってるだろ」

(まが)うことなく平民でしょう」

「王位継承の権利が与えられているんだぞ」

「王になったら堂々と(へりくだ)ってやりますけど」

「ほんと権力に弱いなお前……。――――だが俺の見込みでは、次の国王はマノンで確定だぞ」


 確定という言葉に、彼女の耳がピクリと動いた。


「理由を聞かせてください」

「あいつは今、東半島で太陽神として(あが)められている。これだけで十字大陸の五分の一は確実にマノンへ票を投じるはずだ」

「リディアだって中央の支持を得るでしょうし、ハヤトさんだって中央以外の知名度では勝っているじゃないですか。確定とするには全然足りません」


 そう、足りない。

 だがそれは、現時点での話だ。


「先を考えてみろ。この場を収めるために、あいつは教皇のトリックを曝いて自らが太陽神だと名乗り出ることになっている。そうすれば中央の票も流れるぞ」

「それは……」

「同じ手法を各大陸でやったらどうなる? あいつは空間移動すらできるんだ。布教活動なんて一瞬で終わる」

「ハヤトさんは、それに抵抗しないのですか?」

「いくらなんでも方法がない。あの力を前にしてはもう、お手上げだ。――――あいつが国王になって、魔法の指南役がパティだとすれば…………お前の地位は、今とどう変わる? 十二人いる賢者の一人か、それとも人見知りの激しい国王様に頼られる唯一の賢者様か?」


 そこまで説得して、パティは何の感情を飲み込んだのかわからないが、ゴクリと喉を鳴らした。

 引き締まった表情で、黙ってマノンの前まで歩き戻り、機敏かつ見事な所作で(かしず)く。


「マノン様、先ほどは大変、失礼致しました」


 こいつはもう賢者の称号を返還したほうがいいと思う。

 新しい魔法を編み出す力は天才的でも、権力に弱すぎだ。


「あの……パトリシアさ」

「パティで構いません。いつも通り侮蔑してくださって結構です」


 侮蔑されている自覚もあるんだな。

 なのにこうして(ちゆう)(ちよ)無く頭を下げられるとか、いっそ(すが)(すが)しくすらある。

 悪く言えば(かけ)()ほどのプライドも持たない奴隷賢者だが、良く言えば中世の王権制度で生き抜くには適した世渡り上手なのだろう。

 目上の人から命令されれば、笑顔で三回回ってワンと言える奴だ。


「……パト」

「パティでございます」

「パティさ――」

「呼び捨てで結構です」


 マノンの口端がヒクヒクと引きつりはじめた。

 他方、リルに目をやると、ただただ()(わい)(そう)なものを見る目で見下げている。権力や立場がどうこうではなく、人としてこうはなりたくないという思いがひしひしと伝わってくる目だ。


「じゃあ、パティ」

「はいっ」

「この場を収める方法を教えなさい」


 十四才の少女は、これまでの侮蔑する風でもなく、ただ扱いに困るものを丁寧にコントロールするような調子で命ずる。


(かしこ)まりました!」


 ほんとプライドとか無いんだな。

 彼女は一瞬だけ思考する素振りを見せ、すぐに二の句を継いだ。


「一度世界を暗くして混乱を生み出し、現教皇に力が無いことを見せつけましょう。そして本物ではない太陽を打ち上げれば、マノン様の力を知らしめることができるかと思われます」


 自分で闇にしておいて光を打ち上げるとか、完全にマッチポンプじゃねえか……。


「今から効果的な段取りをお伝えします」


 ただ、まあ、さすがに賢者だけあって即効性のある案を思いつくものである。これなら日が暮れるまで待つ必要が無い。

 傅いたパティにマノンが近寄って、二人は近い距離で短い打ち合わせをした。

 そして最後、パティは手持ちの中から一つ、鉄でできた魔法陣をマノンに手渡し……せずに、やはり傅いて献上する姿勢を取る。徹頭徹尾、権力の犬だなぁ。


「マノン、できそうか?」

「魔法は……。あとはその、人の目を見ないようにすれば、なんとか」

「――――――そうだな。俺もひきこもりだったし、英雄として召喚されてすぐに人前で堂々としているなんて無理だった。……苦しくなったら、いっそ遠くの景色を見ながら喋るといい。そのほうが神々しさが増すと思うぞ」


 こいつがやるのはプレゼンテーションではない。

 一人一人に語りかけるような言葉遣いも、わかりやすくオーバーな身振り手振りもいらないだろう。

 むしろ人間離れした雰囲気を醸し出すには、常人には理解不能な『遠い未来』を見ながら喋っているように受け取られるぐらいが、丁度良い。

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