バスタブで飼われた人魚 ④
縄は人と人の心を繋ぐ――。
いやいやそんなアホな。
――――なんて思っていた時期が、ありました。
「僕だって、こんな真似をしたくはなかったんだ! でも……っ」
本当は自分の正当性を押しつけるようなことをしたくは無いのだけれど、リディアの弱点がそこにあって人命がかかっているとなれば話は別である。
俺は徹底的に正しさを説き続けることが、向かい合った矛を収める唯一の解決手段だと信じて、とにかくその一点を突破しようとした。
しかし俺が攻めでリディアが受けという単純な関係性では心が繋がらない。正しさを説くと同時に、彼女の言い分も受け入れなければならなかったし、最大限の理解を示したかった。
――結果、徐々にではあるものの、リディアが事情を打ち明けてくれるようになる。
「教皇様の『復活』で、頭の中の何かが切り替わった――。神のためなら死んでもいい……。相手を殺すことも、やむを得ないと考えてしまった」
「復活……? 東で死んだんじゃなかったのか」
そういやマノンの元に集められた手紙の中には、教皇の死を疑うものがあったな。
「……僕は王族を神の子だと信じている。そして人は死ねば生き返らないことも、自然の摂理として理解している。……しかし教皇様は、一度殺されたにも関わらず、堂々と復活なされた」
ふむ。死んだと見せかけ、更に生き返ったと見せかけ、騙す。
死んだ場所が遠く離れた東半島の都市部ならば、死んだように偽装することは割と簡単だろう。現場を目撃した人がいないとも聞く。
素朴というか、演出の少ないトリックだ。
……だからこそ違和感がある。そんな子供だましで、争いを止めに入った彼女が人を殺すようになるのだろうか。
「リディアは目の前で復活するところを見たのか? それとも――」
「この目で見た! 昨日の夜、急に東の空が明るくなったんだ!」
……………………ん?
「僕やパティが説得したことで、一度信者たちの足は止まっていた。しかしその夜、教皇様は夜に太陽を昇らせて、光の中で復活を遂げられたのだ!!」
んー…………。
心当たりがありすぎる。
アランさんの光操作魔法。カメレオンのような擬態魔法を打ち破るために使ったマノンの超強力な発光魔法は、太陽と見紛うに十分な光量を持ち、相応の高さに打ち上げられたわけだ。
それを後光として、壮大な復活を演出した――ってことか。
どうやら機転は利くようだ。
「そして教皇様はこう仰った。
『私が殺されたことで、まやかしの統一に気付いた信者たちよ。本物の平和を知らしめるため、神は再び、私を現世へ遣わせた。――戦え! それが神の『御心』である!!』
――と。僕は……、いや、全ての信者がその瞬間に信仰心を取り戻したのだ」
ふむ。
こうして聞かされている限りでは、確かに神への信仰心をより強めて戦いに赴くに値するだろう。
夜中に舞い登った太陽のせいで、マノンなんか太陽神様になってしまったわけで。
そもそも彼らは東半島へ、復讐に出向こうとしていた。ならば着火もされやすいだろう。これには理解が及ぶ。
――だがリディアは違った。
俺に『信者を止めてくれ』と頼み込んできた彼女が、戦いに加わって、降伏と死の選択で死を選ぼうとした。
やはり異常に感じられる。
「なあ、リディア。今でも死んでしまいたいか?」
「……わからない。こうして全てを喋っていることが本当に世界のためになるのか、僕にはもう、わからないんだ……っ」
緊縛されていては手で顔を覆うこともできず、俺も、彼女の辛そうな表情をしっかり見ることができてしまう。
そこに嘘や偽りがないのは、火を見るよりも明らかだった。
確かに緊縛は人の心を繋ぐ…………こともあるのだろう。
「ハヤトさんっ」
「ハヤトくん!」
「おわっ、いきなり出てくるなよ!!」
急にマノンが空間を『うにゅ』と歪ませて、顔を覗かせてきた。横にはリルもいる。
こいつら、置いてきた意味ねえな……。
「いえ。女の子を縛り付けて言葉責めにしているところを邪魔するのは、さすがに気が引けたので」
「二人でじーっくり観察させてもらったわ」
「お、おう……」
おかしいな。平和的な手段を選んだのに、二人の目が少しジトってる。
「ところで――。リディアさんには、魔法がかけられていますよ」
「……やっぱりそうか」
王族に伝わる、特殊な魔法の才。
ここを訪れるまでの間に、教皇にはどんな魔法が使えるのかと考えていたが、彼女の言動から察せることは一つしかなかった。
俺は言葉を続ける。
「精神操作だな?」
「はい。恐らく私の光魔法と自分の精神操作魔法を、上手く掛け合わせたのだと思われます。洗脳とも言えますが」
再びリディアへ向かって、問う。
「……リディア。教皇の魔法は精神操作で、間違いないか」
「ルート家では魔法の才を他人に明かすことを禁じているんだ。例え、身内でも。直接の子を作らない教皇だけが全てを知る決まりになっている」
「それならリディアも、知らなかったんだな」
「知らなかった。――けれど、きっと、当たっている」
さて、もう一つ疑問がある。
「マノンは、いつから気付いていた? もし俺がそんな魔法を使えるとしたら、次期教皇の精神をできる限り常時操作したいと考えるが」
「教会で会った時にも、微かな残存は感じられました。でも本当に僅かすぎて、特定は不可能な程度です」
「そうか……。ならリディアが俺達に助けを求めてこられたのは、教皇自身が東半島まで離れていたから精神操作ができていなかった――、ということかもな」
しかし成長の過程で何度も精神操作をしていれば、十分に洗脳できるだろう。
正しさを説かれると弱いというのも、ひょっとすると、それだけが彼女の本心へ届いていたのかもしれない。
無宗教の俺が説く正しさというものは大抵、この国の宗教に反することだったのだから。
「…………僕は、ずっと操られていたのか……?」
リディアは呆然として、言葉を溢した。
俺はこいつが本当に教皇を信じていたことを知っている。それが魔法を織り交ぜた洗脳だったとすれば、気の毒にもほどがあるだろう。
しかし、この動乱の理由はわかった。
解決策も見えた。
「マノン。結局お前の力が必要みたいだ」
「はぁ……、仕方がないのです。光魔法を再現して、私こそが神だと主張すれば良いのですよね」
「そういうことになる。――悪い」
「ハヤトさんが謝ることではないのです。……ただ」
「ただ?」
「…………いえ、なんでもありません」
難しい顔をするマノンは、複雑な胸中であるように見えた。
初めて空間を歪めて空中へ出てきたときには、まるで未来の猫型ロボットみたいな登場だと思ったものだが。
彼女は猫型ロボットも顔負けなほどに圧倒的で、悪く言えば俺は、それに頼って、利用しているのかもしれない。
そうしてしまうほどにマノンの表情は――――。
少なくとも東半島へ赴く前と比べると、遙かに凜々しくなり、明確な成長を隠していなかった。




